里奈の幸せ(3)
マスターが里奈のために作って来たものは、ローストビーフだった。
マスター
「ここでも少し試食してもらって」
「里奈ちゃんのお家のものとは、ソースを変えた」
史が、そこで考え、マスターに
「定番は、このテーブルに置いたバルサミコのソースと思う」
「それ以外に、里奈ちゃんのお家に持って行くとなれば、多少和風の風味かな」
マスターは、しかし首を横に振る。
「ふふ・・・近いけれど、違うなあ」
史を試すかのような笑みを浮かべている。
ただ、他の人々は、そんなことは考えない。
さっそく「店用のローストビーフ」を食べ始め、また量が多かったので、店内にいるお客様にも配っている。
洋子
「うん、バルサミコがいいなあ、肉も旨みが・・・」
道彦
「さすが・・・名シェフ・・・これは、開講記念パーティーにも出しますよね」
華蓮
「とにかく噛むごとに美味しい肉汁が・・・」
亜美
「すごいの一言、美味しいとしか言えない」
奈津美、結衣、彩などは目を閉じて、味わっている状態。
マスターが里奈に声をかける。
「本当に里奈ちゃん、おめでとう」
「ずっと、史君を支えて来てくれたお礼さ」
「苦しい時も、辛い時も、史君は里奈ちゃんのおかげで、何度も立ち直って来た」
「俺も、みんなも感謝してもしきれないのさ」
「その里奈ちゃんに、おめでたいことがあった」
「だとしたら、俺もお祝いをしたくてね、もちろん、涼子もね」
話をふられた涼子は、祥子を一旦華蓮に抱かせて
「里奈ちゃん、おめでとう」
「言いたかったことは、マスターにほとんど言われてしまったけれど」
「里奈ちゃんの家に持って行くほうは、里奈ちゃんの家族への感謝なの」
「里奈ちゃんだって、苦しい時に支えてくれたご家族にね」
と、里奈の手をしっかりと握る。
里奈は、家族の顔を思い出したらしい。
また、ウルウルとなってしまう。
「本当に、みなさん、ありがとうございます」
「幸せとしか、言い様がなくて」
里奈の幸せなひと時は、夕方近くまで続いた。
ただ、史が気にした「里奈のお家用のソース」は最後まで、秘密だった。
その後、夜8時に里奈から連絡があった。
「史君、ソースはグレービーオニオンソースだった」
「マスターは、レシピもつけてくれてね」
「玉ねぎ…4分の1個、酢…大さじ1、小麦粉…小さじ1.5、ハチミツ…小さじ2、濃口醤油…小さじ2ってなっている」
「家族全員で美味しく召し上がりました、ほんと、ソースでこれほど違うとはね」
「さすが、マスターです」
里奈のハツラツとした声で、史も幸せになってしまった。




