由紀と清さん(9)
由紀は、史に文句を言いながらも、史には驚いている。
「三つ葉の味の違いか・・・確かに水が違うのは、誰でもわかるけれど」
「つい、気に入らないから、思いっきり文句を言っちゃうけど」
「この味覚は捨てがたい、というか、味覚だけは捨てがたい」
ただ、史は全員に味見を期待されても、あまり顔が浮かない。
「だって、ピアノの練習もあるし、カフェ・ルミエール楽団の練習もあるし、受験だってあるし、合唱部と音楽部と新聞部にも付き合うなんて無理」
「そんなヘトヘトになって、正確な味の判定なんて、無理」
そうまで思うけれど、こうも思う。
「小さなころから、やさしくしてくれた清さんだしなあ・・・」
「マスターも大旦那も期待してくれているし」
「それに姉貴は、慌て者だから、ヘマしても困るしなあ」
「ヘマして帰ってきて、大泣きになって、何もしてない僕に文句言ってくるし、喧嘩しかけてくるし」
「結局、姉貴のやるべき家事も、いつまでもしないから、やっちゃうんだけど」
史は、ようやく顔をあげた。
そして清に
「わかりました、都合がつくかぎり」
と、お手伝いを了承する。
清は、ホッとした顔。
また、大旦那とマスター、洋子もうれしそうな顔。
ただ、由紀だけは「そんなの当たり前」で、ムッとしている。
さて、史の「お手伝い問題」が、決着したので、清は由紀に声をかけてきた。
「由紀お嬢様、少しお付き合いしていただきたいのです」
「ああ、今日でなくてもかまいません」
由紀は、「はい」と答え、清の次の言葉を待つ。
清は、いつもの真面目な顔。
「都内の懐石料理の有名な店を、何店か行きたいと思うのです」
「実際に、どんなものを出していて、どんな味で、どんな料金なのか」
「また、店の外装、内装、調度品も含めて、知りたいのです」
「それで、由紀お嬢様に、お付き合いしていただきたいのですが」
「もちろん、由紀お嬢様の、ご都合の許す範囲ですが」
と、頭を下げてきた。
由紀は、そこで目をパチクリ。
「はい!行きます!」
「清さんに、お任せです」
と、言うけれど
「お金もかかる・・・そのお金は?懐石は高い」
とも、心配になる。
すると大旦那が、由紀の不安を消し去った。
「お金は、研究費名目で、会社持ち、だから心配はない」
「俺の知りあいなら、接待交際費も使える」
由紀は、それで本当に安心して、うれしくなった。
「うふふ・・・これで、やっと清さんと二人きり」
「美味しいもの食べられて、研究とかで、いいなあ」
久しぶりに、由紀の顔が輝いている。




