史と洋子の不思議なデート(12)
ようやく史とタクシーに乗り込んだ洋子は、ホッとした。
そして、ドッと疲れてしまった。
それでも、史が声をかけてきた。
「洋子さん、今夜は、本当にありがとうございました」
「すごく貴重な経験ができました」
素直に礼を言ってくる。
洋子としても、それには応えるべきと思った。
「いえいえ、こちらこそ、美味しい料理も食べられたし、史君のピアノも聴けたし、ルクレツィアに久々に逢えたし」
どうしても、ルクレツィアが一番最後に来るようだ。
史は、感じたままのことを言う。
「ピアノはともかく、料理もルクレツィアさんも、パワー満点って感じでした」
洋子は、少し間があいた。
「ルクレツィアに気に入られたみたいだね、よかったね、これで史君がイタリアとかヨーロッパに言っても大丈夫だよ」
そう言いながら、言葉が上すべりだと自分でも思う。
超人気者になったのはいいけれど、ルクレツィアにハグされまくりのことが、気に入らない。
史は、首を横に振る。
「それは、ヨーロッパに行けば、挨拶くらいはするかもしれない」
「でも、僕自身、まだまだすぎます」
「今日だって、洋子さんの紹介で、ここまで話が進んだのですから」
あくまでも、謙虚な史である。
洋子は、そう言われても、まだ機嫌がなおらない。
「そう?私は、たまたまルクレツィアが史君に興味を持ったらしいから、その場を提供しただけ、後は史君の実力、私とは違うもの」
史は、洋子のそんな表情に少し笑う。
「あまり気にしていません、イタリア人の場合は、全てに愛情が濃い」
「半分以上は、社交辞令です、僕自身、それほど実力があるとは思っていない」
「そんなことより、まずは音楽、語学、音楽史をしっかり磨かないと、どうにもならない」
洋子は、そんな史のマトモな答えが、気になった。
「ねえ、史君、どうして、そう真面目で冷静なの?」
そう言いながら、「この史君だと、そうかなあ」とも、思う。
その史は、洋子への言葉で少しためらった。
「洋子さん」
と言って、次の言葉が出ない。
今度は洋子が、首を傾げた。
「え?何?史君?」
ついつい、次の言葉を急かす。
史は、顔が赤くなった。
「あの、あまりほめないでください」
「憧れの洋子さんにほめられると、どう返していいのかわからない」
そのまま下を向いてしまった。
洋子の「機嫌」は、途端に変化した。
「あらーーーー!私に憧れてたの?」
「もーーー!もっとはやく言ってよ」
「ほんと、史君、可愛い!」
洋子は、うれしさ余って、史の手を握ってしまった。
まったく、さっきまでの、不機嫌はどこへやら状態。
洋子は思った。
「最後に、大ごほうびだ、これでスッキリした」
「棚から牡丹餅じゃないって、残り物に福?まあ、いいや」
結局、ことわざまで混乱している洋子に、史のさらなる一言があった。
「洋子さん、今度は洋子さんのケーキ修行時代の文を書きたいんです」
「その時は」
洋子は、次の言葉を待っていられなかった。
「うん!その時は、二人きり!誰もいれない!」
こうして、今回の史と洋子のデートは、何とか終了したのである。




