由紀の部長昇格(3)
翌日、合唱部の練習がいつも通り、始まった。
由紀が「超難敵」と嫌う、音楽講師は、今日も機嫌が悪い。
その腹いせなのか、よくわからないが、由紀の親友の愛華を突然、いびりはじめた。
「おい!愛華!お前!口がしっかり開いていない!」
「歌の基本のカケラも出来ていない!」
「ソロで歌ってみろ!他のみんなもよく聞いておけ!」
「いいか!少しでも間違ったら最初から、何度でもやり直しだ!」
「お前がしっかり出来ないと、練習がいつまでも終わらないぞ!」
音楽講師は、無理やり愛華にソロを要求し、歌わせるようである。
愛華の表情は、あまりの「イビリ」に怯え、こわばっている。
見守る合唱部の同僚も、いつ自分がそんな目にあうか、不安でならない様子。
ただ、心配して、愛華を見守るしかない。
そんな状態で、愛華が歌い始めても、音楽講師の叱責はやまない。
「おい!音が低い!」
「ふらついている!」
「それでも合唱部か!」
「日頃から、たるみきっているから、こんな歌い方しか出来ない!」
由紀をはじめ、合唱部の同僚がヘキエキし始めた時、音楽室の扉が開いた。
まず、見えたのは、学園長、そしてカフェ・ルミエールで知りあいになった、元プロの榊原氏である。
そして、その後ろにまた見覚えのある有名な男性オペラ歌手、それと一人の紳士が入って来た。
しかし、音楽講師は、入って来た四人には気づかないらしい。
相変わらず、愛華をソロで歌わせ、「イビリ」を続けている。
「おい!下手くそ!」
「こんなんだったら、合唱なんぞやめちまえ!」
「みんなの迷惑だ!」
・・・・ものすごい大きな声で、イビリ続ける。
愛華は、あまりのことに、とうとう泣き出してしまった。
「この野郎!泣けばすむと思っているのか!」
泣いた愛華に、音楽講師が再び怒鳴った直後である。
学園長から、音楽講師に声がかかった。
「そこまでにしてもらえませんか」
「あまりにも、ひどすぎます」
学園長にしては、厳しい声である。
「え?」
音楽講師はようやく学園長に気づいたらしい。
そして、学園長の隣に立つ、三人の男性にも目をむけた。
「あ・・・榊原先生・・・え?」
「あ・・・岡村先生まで・・・」
「え?・・・田中さん・・・」
今度は、音楽講師の顔がコワバッテいる。
その音楽講師に榊原が声をかけた。
「おい、音楽講師とやら」
「君はいつも、こんな指導をしているのか?」
有名なオペラ歌手である岡村は厳しい顔である。
「学園長室のモニターで君の指導を見ていたけれど、まあ、ひどいもんだ」
「あんな、イビリみたいな指導で、生徒の心が開くはずはないだろう」
「心が開かない音楽家に、何の音楽が出来るって言うんだ」
音楽講師に「田中さん」と言われた紳士が口を開いた。
「私も、うちの学園で採用する前に、あなたの指導を実際に見ようとね、ここまで来たんです」
「しかし、今の指導を見ると・・・」
今までの威勢はどこへやら、音楽講師の顔は青ざめ、脚もガクガクと震えている。




