カフェ・カルヴァ
マスターはカウンターの中で、いろいろと考えている。
「そうだなあ、洋子さんも新作メニューを試してみたり、史君の提案でケーキビュッフエか」
「ここも、たまにはイベントだな」
「そうなると・・・こっちでも新作メニューを作るか、それとも別の・・・」
「新作メニューはともかく、あまりやかましいことをやるのも難しい」
「お客様の中には、静かに飲みたい人もあるのだから」
いろいろと考えるけれど、なかなか考えがまとまらない。
そんな悩むマスターの前のカウンター席に、一人の若い女性が座った。
時々見かける女性ではあるけれど、来る時は数人の職場仲間とまとまってくる。
ただ、今日は一人だけの様子。
それだから、カウンター席に座ったのだと思う。
「いらっしゃいませ」
マスターは、考えをやめて、そのOLに声をかけた。
「何になさいますか」
その若い女性は、声をかけても少し沈んでいる。
顔を下に向けたままの状態が続いた。
「何かあったのかな」
マスターは、声を出すまで待とうと思った。
いつもはカウンター席には座らない女性だけれど、遠目に見ていた時には明るく笑っている顔だけが記憶に残っている。
それでも、少しして、その若い女性は
「あの・・・身体が温まるようなお酒を、いやお酒じゃなくても・・・」
本当に小さな声である。
マスターは、やさしく微笑んだ。
「はい、それでは・・・少々お待ち下さい」
少しして、マスターが、その若い女性客に出したのは、一見では深煎り豆で淹れたフランス風珈琲。
しかし、その珈琲の香りに加えて甘く爽やかな香りが混じっている。
若い女性は、まず鼻でクンクン、そして目を丸くしてマスターに
「え・・・マスター・・・これって何ですか?」
マスターはやさしく笑い
「はい、フランス風珈琲はわかると思いますが、その中にカルヴァドスを入れたものです」
「ノルマンディーの名物、カフェ・カルヴァです、まずはお召し上がりに」
そこで若い女性も、そのカフェ・カルヴァを一口、またその目を丸くした。
「うわ!美味しい!すごく温まります!」
「ほーーーーこんなの知らなかった!」
マスターは一言
「お店に入られた時よりは表情が明るくなりました、少し安心です」
若い女性客は
「はい、この3月で人事異動の季節で、私も対象者で不安で仕方なくて」
少し顔を曇らせたけれど
「でも、こんな不思議な珈琲初めてです、身体も温まりますし」
またすぐに、明るい顔に変化した。
マスターは
「そうですね、なかなか、こういう時期は不安だと思います」
「異質な場所とか、知らない場所に飛び込むのは、大変ですから」
「ただ、こんなカフェ・カルヴァのような見知らぬ面白い世界もあります」
ここで、言葉をとめた。
若い女性客は、顔が落ち着いた。
「そうですね、異質な場所で、また面白い発見とか新しい自分を見つけられるかもしれません」
「マスター、本当にありがとうございます」
頭まで下げている。
マスターはニッコリ。
「それでは、そば粉のクレープとシードルワインをお出しします」
「今夜は、ノルマンディーとブルターニュの風と力強さを感じてください」
どうやら新メニューの一つは、決まるのかもしれない。




