史の悩み(5)
マスターと生徒たちが驚いてしまった「先生」は、大柄、鼻の下から顎のところまで髭を生やしている。
「まさか、榊原さんが来てくれるとは思いませんでしたよ」
マスターは頭を下げ、「榊原」という男性と握手をする。
「いやいや、地元のことだからな、そういう話を聞いたら黙っちゃいられないさ」
「マスターにも涼子さんにも世話になったからな」
榊原は、話し方も大らか、とにかく安心感がある。
涼子が、生徒たちに一応説明をする。
「みんな、知っていると思うけどね、榊原さんは超有名なオーケストラでヴァイオリンを長年弾いていて、その後は指揮者として活躍、テレビにも数多く出ている」
榊原が涼子に続いた。
「ああ、最近は引退した、適当に金も稼いだしさ」
「そういう金に関係がない音楽をしたかったのさ」
「そしたら、マスターと涼子さんが、そういう話を持ってきてくれたからさ」
「二つ返事さ」
榊原は、マスターの顔を見た。
「練習後にはさ、マスターの酒も飲めるしなあ」
「これは、一挙両得だぜ」
そう言って笑っている。
「そうなると・・・声はかけてあるけれどね」
マスターは少し考えた。
涼子はマスターの気持ちがわかったらしい。
「史君が入ってくれるかなあってこと?」
「そうだよね・・・来てほしいよね」
「史君のピアノとか聞きたいし、一緒にやりたいからだよね」
「ちょっと先走り過ぎたかなあ」
「ここで音楽はできるし、先生公認だけどさ」
生徒たちも、少し不安な様子。
榊原が、その不安な声を引き取った。
「大丈夫、俺に任せろ」
その胸をポンと叩いている。




