史の音大見学(4)
「え・・・弾くんですか?」
史は、史らしく、ここでも尻込み、後退りしようとするけれど、高名な音楽家三人に囲まれてしまっては、それもできないようだ。
顔が真っ赤、身体をカチンコチンにしながら、ピアノの前の椅子に座った。
「モーツァルトか・・・」
内田先生がピアノの前に置いた楽譜はモーツァルトのピアノソナタ第一番。
「この曲、初見ですので」
一応、ミスの場合の言い訳も先に言ったりする。
しかし、そんな言い訳をしても、通用しない音楽家たちである。
史は、もはや弾くしかない、「いいや、失敗したら誘われないですむ、楽譜の通り、素直に弾こうっと・・・」そんな感じで弾き始めた。
「ふむ・・・なめらかで」榊原
「最初は緊張していたけれど、数小節で乗ってきたね、音が大きくなった、いいモーツァルトだ」岡村
内田は何も言葉を出さない。
目を閉じていたり、時々史の指を見たりする。
しかし、二楽章になって、その表情が変わった。
とにかくうれしそうな顔をしている。
史のピアノに合わせて、身体を揺らしたりもする。
「内田先生のこういう姿は・・・」岡村
「うん、史君の音楽に吸い込まれたか、取り込まれたか」榊原
「ああ、確かに、このモーツァルト・・・いいなあ」岡村
「キラキラしていて、それでいて繊細で、どこか力強さもあるなあ」榊原
ただ、岡村と榊原の言葉もそこまでだった。
「聞こう、これはいい演奏だ」岡村
「ああ、そうしよう」榊原
史の初見演奏は、高名な音楽家三人を取り込んでしまったようである。




