表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カフェ・ルミエール  作者: 舞夢
12/760

大旦那とその味覚

マスターから「大旦那」と呼ばれた老紳士は見るからに風格を感じさせる。

その風格ゆえ、大はしゃぎだったカフェ・ルミエール店内全体が静かになってしまったほどである。


「ああ、静かにならないでも」

大旦那はにっこりと笑い、店内の全員に声をかけた。

そして、マスターを手招き、耳元で何かを囁く。


マスターが史に目くばせしようとすると、史は既に気付いていたらしい。

小走りに大旦那の前に立った。

そしてキッチンから、史の母美智子と姉の由紀も出て来て大旦那の前に立った。


「本当に、ありがとうございました」

史がお礼を言うと、母も姉も頭を下げる。


「ああ、いいんだよ、史、そんな頭を下げないでおくれ」

「それから美智子も、由紀も、顔を見せておくれ」

大旦那の声は穏やかで、聞いているだけで安心する感じ。

それに名前だけで呼んでいることに、店内の全員が何かの結びつきを感じている。


「まあまあ、とにかく歩けるようになりましたし」

「本当に事故の話を聞いた時には眠れませんでしたよ」

「史君、それでも大きくなりましたねえ」

「美智子ちゃんも、由紀ちゃんも、懐かしいわねえ・・・」

大旦那の奥様だろうか、史の手を握った。

少し涙ぐんでいる。


「大旦那は、美智子さんの義父にあたる人さ、だから・・・」

マスターが説明を始めると涼子が続いた。

「だから、マスターと史君は、遠縁だよね、どこかで血がつながっている」

パテシィエの洋子も涙ぐんでいる。

「華族の系譜、時代が時代なら、目の前でお目にかかるだけでも、ありえない程のお人」

「とにかく今でもオーラがすごいなあ」


「それじゃ、史にはこの花束」

大旦那はまず、史ににっこりと花束を渡した。

期せずして店内全員から大きな拍手に包まれる。


「それから、マスター!」

大旦那は次にマスターを呼ぶ。

マスターが出てくると、マスターにもにっこりと花束を渡す。

そして、ここでも大きな拍手になる。



「それでは」

大旦那は、全員の前に立った。

「このカフェ・ルミエールをどうぞ、ごひいきに」

穏やかな顔とよく通る大きな声で、全員にお辞儀をする。


そして、その顔をあげ


「さあ、儀式は終わりです」

「これからは、史のピアノと由紀の歌で・・・」

その言葉で、史は花束を抱え、由紀がステージに立った。


「それで、リクエストいいかしら、あれね」

奥様が声をかけると

史と由紀の

「メンデルスゾーン:歌の翼に」が始まった。



大旦那は、カウンターの前の席に座った。

「ああ、それから私にも美智子のケーキを」

今度は少し声が重い。


母美智子が、少し緊張した顔でイチジクのパウンドケーキを大旦那の前に置く。

「あの・・・少し・・・変えました」

どうやら不安な様子。

洋子は腕を組んで見守る。


大旦那は一口食べ、美智子を少し厳しめに見る。

「バターをもう少し増やすこと、せっかくフレッシュバターを作ったのだから」

「コニャックをイチジクに含ませたのは正解、それは評価できる」

「シナモンをもう少し、スプーン半分ぐらい追加するほうがいいかな」


大旦那は、少しうなだれてしまった美智子に一言を追加した。

「しかし、以前こしらえた時よりは数段進歩、もちろん今のニューグランドのものとは比較にならない程美味しい」


「はい、ありがとうございます、御父様」

美智子はまたしても涙ぐんでしまった。


「一口で・・・そこまで・・・」

涼子は、驚くというより呆れている。


「うん、舌の厳しさは天下一品」

マスターは肩をすくめている。


「私も十分すぎるくらい美味しいと思っていました、あれより上は私では無理」

洋子も震えてしまっている。


大旦那はもう一言、美智子に声をかけた。

「もう一度、あのホテルでケーキを焼いてはくれないか」


泣き崩れて大旦那に抱えられてしまった美智子を見て、マスターも一言。

「ああ、人情の深さも、天下一品さ」

「だから本当に困った時は、すごく力になってくれる」


ステージにはいつの間にか、クラスの生徒や合唱部が集まっている。


「次の曲は威風堂々!」

史にしては珍しく大きな声。


それにつられて店内全員、マスターや大旦那も声を張り上げて歌いだした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ