源氏物語談義(3)
史は、結局、姉の由紀と一緒にカフェ・ルミエールに来た。
由紀の言い分としては
「パソコンの操作は、史が得意だし、源氏物語も詳しい」
「でも、資料を配ったりするのは、私の方が手早い」
ということで、一歩も引く気はないようだ。
「まあ、いいか・・・で、母さんは?」
晃が、史と由紀に尋ねると
「後で来るみたい、資料は残しておいてだって」史
「何か、和三盆とか言っていたよ」由紀
晃の前では、史も由紀も素直である。
さて、そんな段取りで、晃を筆頭に雛田、高橋の三人の学者が、カフェ・ルミエールのステージにあがった。
ステージ脇のテーブルには、PCそして史が座っている。
由紀は、さすがに手早い。
ほぼ満員となってしまったカフェ・ルミエールの客席全てに、器用に資料を配っている。
また、その客の中に、学園長や合唱部新顧問の岡村、史の担任の三輪もいるので、頭を下げている。
「さて、思いもよらない展開となりましたが」
「源氏物語の中でも、名品中の名品、若菜上のお話ということになりました」
「研究者として名高い雛田先生と高橋先生もお見えになっております」
「出来る限り、わかりやすいお話にしようかと思います」
晃が、立ち上がり、客席にキチンと一礼。
客席から、一斉に大きな拍手となる。
その拍手を受けて、晃たち三人の学者は、再び客席に礼をし、椅子に座る。
「それでは、公開のお話となりますが、公開なるがゆえ、若菜上のあらすじを。確認したいと思います」晃は、そこまで言って、史に目配せ。
史は、天井からスクリーンを降ろす。
そして、そのスクリーンには国宝源氏物語絵巻の若菜上の場面が映し出されている。
「あらすじについては私から」
テキパキとした口調で、若手の源氏物語研究者として名高い高橋が話し始めた。
「まず、源氏の兄でもあります朱雀院が、六条院に御幸、源氏に逢った後、病を得てしまいます」
「それを不安に感じた朱雀院は、ついに出家を決意」
「しかし、朱雀院には、どうしても気がかりなことがあった」
「自らの皇女の中でも、後ろ盾の実家の力が弱いというか後見がいない女三の宮を源氏に降嫁しようと画策、源氏には紫の上という立派な妻がいたのですが、さすが天皇の娘には身分がかなわない、源氏自身が准太上天皇という位に出世していたこともあり、源氏も、ある程度の好き心はあったにせよ、受けるしかない状況になってしまった」
「紫の上としても、ここで嫉妬やら拗ねた顔も見せられず、仲良くしなければならない、しかし、女三の宮がその身分から正妻となれば、自分は格下になる」
「かといって、女三の宮は身分こそ高いものの、まだ年齢が十三、四歳。性格も何も考えていないと思われるほど、主体性もなく・・・」
高橋は、ここまで話をして一息をつく。
「ああ、そうだねえ、若菜上は、あらすじだけでも、話していると止まらなくなるねえ・・・これは・・・」
齢七十を超える雛田先生は、苦笑している。
ただ、高橋先生の話が面白いのか、客全員が、注目して聞いている。
咳ひとつ立てる客もいないほどである。
晃が、高橋先生の後に続いた。
「源氏としては、少々、持ち前の好き心で女三の宮を引き受けたのだけど、迎えてみると、いかにも幼い、相当がっかりして、結婚そのものを悔いることになる」
「そうかといって、紫の上のところばかりに、入り浸っていると、どんな噂を立てられるかわからない、正妻を結婚当初から無視するなどは難しい、ましてや相手は源氏よりも格上の内親王ですし」
「紫の上は、内心の寂しさ、虚しさを押し殺し、女三の宮の生活やら何やら、六条院の実質上の女君のトップとして、面倒を見るのだけど・・・」
ここで晃は、雛田先生の顔を見た。
雛田先生が、独特の哀感を感じさせる口調で話しだした。
「ああ、ここからが、また難しいところなんだけどね」
「朱雀院が出家後にね、女三の宮と紫の上の三角関係に悩んだ源氏は、こともあろうに、須磨謹慎の原因となった、朧月夜と密通を繰り返す」
「しかも、それが紫の上に感づかれてしまうと、信じられないけれど、その逢瀬のことを、正直にというか残酷にも、紫の上に話してしまうのです」
「これで、ますます紫の上の、苦悩が深まることになるんだけど・・・」
さすが、若菜上の話は、あらすじだけでも、興味深いようだ。
全員が、腕組みをして、考え始めている。




