召喚勇者、出奔後。王国にて
魔王軍の台頭による勇者召喚ブームに乗っかった王国は、現在混乱の極みにあった。
召喚された勇者は予想以上の強さだった。
中型以上の魔物一匹あたりに対し、常人では武装した兵士三人であたってもまだ厳しい。そんな魔物が五万もの勢力を率いて攻め込んで来たのだ。
最後の希望、というよりもはや悪足掻きとして行った勇者召喚。ちょっとでも民が避難できる時間を稼ぐことができるかもしれないと、残酷ではあるが捨て石のつもりで召喚に踏み切った。
それがどうだ、蓋を開ければ一騎当千、兵士たちに魔法によるものと思われる守りの加護を与え、自身は最前線でばったばったと魔物をなぎ倒していくではないか。結果的に、加護を過信して命令を無視し、魔物に囲まれた者が犠牲になったものの、被害はたった三人。今までかの聖国の聖騎士団すら成し遂げたことのない大偉業であった。
報告を聞いた国王はまず自分の耳を疑い、次に茫然自失になり、真実だと判るとその場で王妃と小躍りし、各国へ大々的に広めた。文字通りの、世界の最後の希望として。
帰還した勇者を騎士団長に預け勇者のさらなる飛躍を確信した。今までどの国も滅ぶしかなかったであろう大軍勢を相手に、犠牲を殆ど出さず、あまつさえ単騎で十万を殲滅したことさえあったという。遅ばせながら直々に褒美を、いやいっそ姫の婿にとすら考えたが、騎士団長によれば何故か登城を固辞していると言う。国王はそれを好意的に受け取り、見返りも求めない、なんと高潔な人物だ、彼こそまさに勇者だと、さらに彼の名声を広めた。
故に。
その勇者が失踪したという報告と、騎士団長の勇者へのパワハラが明らかになった時、国王は泡を吹いて気絶した。
◇
さて、予想はついているだろうが、騎士団長は勇者を快く思っていなかった。
テンプレートな野心家でもあり、かつ英雄願望が肥大化しすぎた人間であった。
幼い頃から英雄という存在に憧れ、必死に己を磨いてきた。そして掴み取った騎士団長の地位ではあったが、ぽっと出の勇者に上からの信頼も部下からの期待も何もかも奪われた気になっていたのだ。
もっと言えば勇者という存在への屈折した憧れとナルシズムもあったのだろう。幼い頃から英雄譚に憧れていただけあって、外見もそれ相応に整えていた騎士団長からすれば、『何故あのような平たい顔の凡夫が勇者になど』とずっと思っていた。さらには国王の言い出した“姫の婿に”という言葉でさらに嫉妬は加速した。
なんだそれは、まるきり英雄譚ではないか、と。
召喚当初は多大な嫉妬と、しかし絶望的な状況を救ってくれた感謝が綯交ぜになり、持ち上げはしないが貶しもしない、最低限の対応で済ませていた。
箍が外れてしまったのは、勇者が最初の戦闘での犠牲者の娘から責め立てられていたのを偶然目撃してしまってからだ。
あの時の犠牲者は勇者の加護と己を過信して命令違反をして突っ込んでいった、騎士団長からすれば隊の足並みを乱す兵士ばかりだった。勇者の批はないに等しく、むしろ命令違反した兵士の落ち度、延いては騎士団の練度の低さが原因であった。当然理不尽な物言いをしているのは娘の方であったし、一緒にいた母親も勇者の評判は伝えられていたのか娘を止めていた。
しかし、周りの兵士も勇者当人も何も言えないでいた。兵士たちは娘の気持ちが分かるからこそ止め難く、勇者に至っては、己にとっての命の価値がこの世界の人間の思うより遥かに高かったが故に責任を感じていた。ちなみにだが兵士から見れば、自分から熊の群れに飛び込んでいった人間を止められなかったことを悔いるようなお人好しにしか見えていない。
その時の勇者の顔を見た騎士団長は、不思議と溜飲が下がったような思いでいた。
騎士団長とて勇者の当時の功績がどれほどのものかは理解していた。だからこそ嫉妬していたのだから。しかし勇者の今にも泣きだしそうな顔を見ると、不思議と自分の方が勇者よりも上等な、優れている人間なのではないかと考えてしまった。
それからだ。騎士団長の勇者への物言いは理不尽以外の何ものでもなくなった。特に人命を引き合いに出した時の勇者の顔は酷いもので、今にも自ら命を絶ってしまうのではと思ってしまう程の顔だった。それを見るたび騎士団長は胸がすくような気持ちだった。
最初は兵士たちも勇者に声をかけたり騎士団長に物申す者達もいたが、団長権限による左遷や過剰な個人訓練に屈して何も言えなくなっていった。
そして運命の日。
今までで一番被害を出したーーと言っても敵勢一万に対して五人だがーー勇者をとことんまで罵った翌日のこと。
勇者がどこにも見当たらない。
騎士団総出で前線の砦中、周辺を一日中探し回ったが一切の痕跡を発見できなかった。
当然ながらなんとか隠蔽に走ろうとした騎士団長だが、いい加減堪忍袋の尾が切れた兵士たちにより国王への勇者失踪報告と今までの騎士団長のパワハラ報告、並びにこんな事態になるまで騎士団長を止められなかったとして騎士団幹部達による国王への集団土下座が敢行された。
騎士団長は兵士たちにより拘束、のち投獄。
何度も言うが国王は泡を吹いて気絶した。
人物紹介
騎士団長
昔は英雄譚に憧れる好青年だった。騎士団長まで上り詰めたが、迫り来る魔物と常人である自分、それを一蹴する勇者とのどうしようもない差を思い知り、しかし現代日本人メンタルである勇者の泣き顔を見て悦に浸るようになってしまった困ったやつ。人死にを引き合いに出す不謹慎野郎。
国王様
被害者筆頭。中間管理職の暴走で責任を取らされる社長みたいな人。勇者を生贄に捧げるつもりでいたが、基本的には善人。国益と自国民を第一に考えているだけである。勇者失踪をどうやって穏便に他国に伝えようか、騎士団長の暴走を隠蔽しようか頭を悩ませ不眠気味。