召喚勇者、鬱一歩手前
魔王軍の台頭により、各国に召喚勇者が乱立している昨今、オレもまたその一山いくらといる勇者の一人として日々魔王軍との戦いに明け暮れていた。
「また貴様は我が軍に被害を出したのか!五人だぞ、五人!分かってるのか!?五人も我が精鋭たちが旅立ってしまった!たかだか“一万の魔物の軍勢”相手にだ!私はご遺族に何と言えばいいのだ!?私が不甲斐ないばかりにと、そう言えというのか貴様は!不甲斐ないのは貴様で、貴様のその無能の責任をとるのが私なんだぞ!分かっているのか!?…何だその目は!?貴様のせいで貴い命が失われているのだぞ!魔物相手に槍を振るしか能が無いのなら、せめてそれで味方の役に立たぬか愚か者が!隣国の勇者を見習わんか!私も一目見たことがあるが実に美しかった。彼女はその見目で味方を鼓舞し、戦場でもまた美しく天下無双と言わんばかりの活躍だそうだ。それが何だ貴様は、同じ勇者でもこうも違うか!本当に勇者なのか貴様は!?顔も良くなければ最低限の仕事も出来ん!勇者が聞いて呆れるわ!はぁ…何だいつまで突っ立ってる。話は終わりだとっとと失せろ」
勤務期間一年。自主退職を敢行させていただいた。
◇
魔王を名乗る複数のテロリストの台頭により、魔王討伐後顔が悪いから、王子の手柄にしたいからと放逐される勇者の多い昨今、あまりの扱いの悪さに自主退職した一山いくらの元勇者であるオレは、山越え谷越えついに魔王の根城に辿り着き、念願の裏切りの勇者として活動していた。
「また貴様は我が軍に被害を出したのか!三体だぞ三体!分かってるのか!?三体も我が精鋭たちが旅立ってしまった!たかだか“十万の聖騎士隊”相手にだ!私は邪神様に何と言えばいいのだ!?私が不甲斐ないばかりにと、そう言えというのか貴様は!不甲斐ないのは貴様で、貴様のその無能の責任をとるのが私なんだぞ!分かっているのか!?…何だその目は!?貴様のせいで貴い命が失われているのだぞ!同族相手に槍を振るしか能が無いのなら、せめてそれで我が同胞の役に立たぬか裏切り者風情が!繚乱の魔王の四天王を見習わんか!私も一目見たことがあるが実に強かった。彼らはその見目で味方を鼓舞し、戦場はまさに彼らの物と言わんばかりの活躍だそうだ。それが何だ貴様は、やはり所詮は人間か!だが裏切り者とは言え勇者を名乗っていたのだろう!?本当に勇者だったのか貴様は!?顔も良くなければ最低限の仕事も出来ん!元勇者が聞いて呆れるわ!はぁ…何だいつまで突っ立ってる。話は終わりだとっとと失せろ」
勤務期間約一週間。自主退職を敢行させていただいた。魔王は斬った。
◇
まだ地球にいたころ、ネットで新卒の退職率が高いという記事を目にしたことがあった。オレ自身、ブラック企業なんて迷信と思っていたこともあって、堪え性がないな、と自分を棚に上げてそんなことを思っていたが、成る程。確かにこんな会社が増えていて、運悪く入社してしまったのなら、そりゃ一念発起して辞めたくなる。そして評判のいい会社にまた騙される。
忙しいだけなら耐えられた。なにせ名目上世界を救うためだ。誇らしい仕事だろう。休みなんてなくたって、見返りなんてなくたって、モチベーションは湧いてくる。だが、結局のところどれだけ働いても文句を言われる。もっともっととそれだけを求められ、賞賛されたことなど一度もない。
…いや、よくよく考えればオレは責任転嫁しているのではないか?人の命が失われているんだ。それと比べれば自分の承認欲求を満たすことなんてゴミみたいな…いやゴミなんじゃないか。ゴミじゃんオレ。オレが不甲斐ないばかりに、一年戦い続けて二十人近くの犠牲が出てしまった。父を亡くした娘のオレを責める声は今でも夢に見る。ゴミだわオレ。
その責任転嫁の果てに、ついに人間を裏切ってしまった。他所の兵士たちの会話で、魔王軍で重用されている勇者がいる、魔王は平和な世界を望んでいるなど、不確かな情報に縋って、加えて“地球のネット小説のテンプレート”なんて二次元と現実を混同する愚かな考えで勝手に出て行った挙句、邪神信仰による世界終末に多少なりとも手を貸してしまった。人間の軍と戦ったが大丈夫だろうか。全員致命傷は与えてない筈だが…
しかし、これからどうしようか。
もうずっと寝てない。戦場に出突っ張りなのもあるが、嫌なことばかり夢に出てきて、眠りたくない。召喚されてはや一年と半年。裏切り者の勇者なんかを相手にしてくれる者がいるだろうか。人間は元より、魔物だってオレを信用してはくれないだろう。
今のオレは、安易な考えで身を滅ぼす典型だ。地球にいたころは完全に他人事だったそれにいざなってみると、なんとも惨めだ。
いや、とりあえずこの世界で身を立てるだけの実力はある…のだろうか?元上司によればオレより年下の召喚勇者ですら“オレ以上の活躍しかしていない”そうだし、難しいだろうか。
オレのようなゴミ屑が人並みの生活を望むことすら烏滸がましいだろうか。そうだよな、二十人もオレのせいで亡くなったんだ。それでも死にたくないなんて思うオレは本当に救いようがない。
けれどどうか神様、いるかどうか分からないけど、せめて償いをして生きていくことを許して下さい。
人物紹介
召喚勇者
召喚されていきなり戦場に出された会社員。初陣で五万の魔物相手に犠牲者三人に留めたが、当然ながら他所の勇者はここまで強くない。召喚された王国でもたどり着いた魔王軍でも上司のパワハラの嵐にあった不幸体質。鬱一歩手前をフラフラしている。