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第2ラウンドはあっさりと決着がついた。
というのも司教のやる気が1ラウンドの時点で削がれていたからだ。
アオが提示した条件は数時間前に出した案+αだ。
王に話を通さない限り許可がでないものに関しては司教の方から話をする事になり、司教個人で調達出来そうなものはしてもらう事になった。
具体的にいうとヒーラーの派遣。
これは教会の方から候補者を何人か選び、その中から選ぶという形になった。
戦闘訓練、基礎知識の勉強は、今が秋という事もあり冬の間に準備を整えて春になってから出発するのはどうかと提案をされた。が、これには王の許可が必要という事で本決まりではない。
同じ理由で戦闘訓練の講師役も保留。
建前上、教会は兵を持てないので教えるものがいないというので仕方ない。
魔法の練習はまず自分の属性を知るところから始まり、それにあった属性の先生を呼ぶ形になるので保留。
装備品や馬車は王が用意しない場合は司教の私財から賄ってもらう。オプションで馬もつけてもらいます。
いわゆる名馬は高いが馬車を引くだけならそこそこの値段で買えたはず。…前世の感覚なので、今の相場とどれだけの差があるかはわからない。
それに最後の方はけっこう稼いでいたため私自身の金銭感覚がずれている事もありうる。
まとまったお金が入るたびに大きな買い物をした時期があったんです。
家とか、別荘感覚で良く行く国や街に一軒ずつ。とかね。
あると便利だし~いざって時は隠れ家として使おう、とかいう理由でホイホイ買ってた。
確か…勇者との旅に出るときに仲間の数人に管理を任せたはずだ。戻ってこなかったら好きに使っていいよ~とか軽いノリで。
処分されたとしても、また買えばいいじゃん!とか今思うと殺意がわくノリだった。
先代勇者=私がパーティを組んでた勇者なら50年前という事になる。
造りはシッカリしているのを選んだので、いくつかは残っているかもしれない。
まぁ、職業的に引退=死となる事は多かったし、つるんでた仲間は2,30代が多かったので今、生きているとしたら7,80代という事になる。
日本でなら珍しくない年代だが、こちらでは別だ。
年金制度などないので養ってくれる誰かがいない限り、文字通り死ぬまで働かないと生きていけない。
貯金をしていたとしても、お金を持っている独り身の老人なんてカモにしかならない。
…とか考えると知り合いに会える可能性は低い。
金持ちなら生きている確立は高いが、知り合いとなるとターゲットか依頼人かの二択となる。
会えたところで私がレッドカーペットだったなんて名乗れないし、名乗ったところで信じるものなどいないだろう。元。とはいえ暗殺者とは関わり合いにならない方がいいだろうし。
ただ、異名が残ってるかくらいは調べてみようか。
デマも多分に含まれているに違いないが、私がいなくなった後の片鱗くらいはわかるかも。
どんな一生だったのか、知る機会があるなら知りたいと思う。
過去を思い出しているうちに、今日はもう遅いのでひとまず寝てくれと司教に部屋を追い出されそうになる。
さすがに眠くなってきたし、王がいない状態で話を続けてもこれ以上は決められないし、仕切り直しになるのはわかる。
けど問題が1つある。
引き離されるのは嫌だし、元の部屋に戻されるのはいい。
だがあの部屋にはベッドが1つしかないんだよ!
同室で眠るのには抵抗がない。だてに幼馴染はやってない。
小学生くらいまでは互いの家にお泊りとか、隣の布団で就寝。というイベントだって何度もしている。
互いの部屋に本人が不在時であっても入れるほど互いの両親も含めオープンだ。
今さら寝顔が見られると恥ずかしい☆とかいう初々しさは私たちにはない。
休みの日とか朝に訪ねると本人まだ寝てる。とかお互いにあるし。
ただ、年頃の男女が同じベッドはいかんだろう!という常識はさすがにある。
前世はみんなで雑魚寝とか当たり前だったし、恥じらいとか必要?と思ってましたが!
今はあるんですよね!?年頃の少女らしい恥じらいが!
一般的な女子よりボーダーラインは低いだろうが、それでもあるんですよ。両親の教育の賜物ですね。もしくは社会常識の違い。
3秒ルールとか家でならともかく外でやっちゃダメだよね、とかいうアレだ。
あと、あのベッドだと普通に狭い。あの狭さは普通に緊張するし、落ちそうで怖い。
不安はあるが夜は別の部屋の方がいいかもしれない。
ぐるぐると思考が回る。
私の心を読んだわけではないだろうが、兵士がそっと司教に耳打ちをした。
「…部屋は別にいたします」
「え?一緒でいいですよ」
司教が反論は許さないとばかりに断定口調で言ったのだが、アオはあっさりと拒否する。
「いえ、結婚前の男女が同じ部屋で夜をすごすというのは…」
と最もな理由で反対されてしまう。
数時間前も同じ様なやり取りがあったが、それとは状況が少し違う。
あの時は一時待機だったが、“勇者”として滞在すると決めたのだから、今後はその部屋で暮らす可能性が高い。
旅の途中なら野宿や宿代節約の為に同部屋も当たり前だが、今は違う。
仮にも身分が高いものが生活する場ではありえない。
特に教会関係はそういったものに厳格だ。
「あ、それなら大丈夫ですよ、僕たち結婚する予定なんで」
初耳である。
「ね?」
当人が初耳である以上、もちろん嘘ではあるが…笑顔で頷けと圧を掛けられたので従っておく。
急に心臓に悪い嘘をつかないでほしい。一緒にいる為だとはわかるけど。
動揺を顔に出さなかっただけ誉めてほしい。
「そ…れは、おめでとうございます」
司教もだいぶ動揺しており口調が棒読みになっている。
「し、しかしまだ結婚をされていないなら…」
「ここに呼び出されなければ来月の予定だったんですよね」
それはアレですね、オンラインゲームの話の事ですよね?
…あの時も突然言われたから酷く動揺した。
2人ともプレイしているゲームが結婚システムを取り入れるという通知が来たときの事だ。
「じゃあ結婚しよっか」
と軽く言われた。
話の前後から推察する事は出来たが、たっぷり数十秒はフリーズした。
後から実装されたシステムのため、特別アイテムをもらえるキャンペーンが開かれるという話の途中だった。
つまりはアイテム目当てである。私も欲しくてOKしたので文句は言えないし、今動揺を抑えられたのはその経験があったからだが。
できれば事前に言っておいて欲しかった。無理なのはわかっているけど!
心臓が痛いくらい早い鼓動を打っている。
私が落ち着こうと努力している間に司教が説得を試みるも“お前たちのせいで結婚出来なくなったんだけど?”という圧に負けていた。
相手の妥協案としてはベッドが2つというところだが、こちらの希望通りのものだ。
…強いなアオ。
幼馴染ではあるが、ここまで自分の意見を通す姿は見たことがない。
私や親相手だと大抵は譲ってくれるし。
学校で見る限りは友達相手でもゴリ押しするような事はなかったと思うが…知らないところがあるのは普通だし、頼もしいので良しとする。
部屋を用意しているあいだ、風呂にでも入ってきなさいと入浴を勧められる。
ありがたいがアレ?とも思う。
50年前は入浴の習慣はあまりなかった。
水は貴重なもので“水売り”という職業があったくらい水は貴重なものだったからだ。加えて人が入れるほどの量のお湯を沸かすというのも燃料の関係で難しい。
だから庶民にはハードルが高く、貴族や豪商人による上流階級者の嗜みとして…ってここ王宮、もしくは王宮内に建てられた教会だった。
ならあるか。
ある種の権力者のステータスだし。