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「アオくんカッコイイ!」
私に向けた怒りではないので、遠慮なくからかってみる。
「最初はツキちゃんが頑張ってくれたからね」
予想通りの笑みが向けられて事に安心するが、内心での怒りは結構たまっていたらしい。
付き合いは長いが、怒りが表に出にくい性質らしく、気付いた時には手遅れといった場合も多い。
「それで?どうするの、これ?」
食べるつもりは更々ないが、手を付けずに戻すわけにもいかない。
パンはビニール袋に入れて鞄に放り込む。
「…カビない?」
保存料とか使ってないだろうし傷むのも早いだろう。
食べ物を残すこと自体にも罪悪感はあるが仕方ない。
捨てるにしてもバレない様にしなければいけなくて、スープの対処に困る。
液体を入れられるものはペットボトルか水筒で、未開封のペットボトルを使う気にはなれず水筒しか残らない。
少し勿体無く感じたが、残ってた中身を飲み干してスープを水筒へと入れる。約500ml入る水筒でも全部は入らなかった。残した事にしよう。
…これ、後でどうやって洗おうかな?
スープジャーと違って口が大きくないので洗うときにスポンジが入らないので困る。油汚れが残りそうだ。
着々と偽装工作を進めていき、数十分後に回収しにきた兵士にほぼ空になった食器を返す。
代わりの様に渡されたランプに、辺りが暗くなってきていることに気付いた。
更に放置されること数時間。
ようやく兵士が呼びに来たときには外はすっかり暗くなっていた。
交代したのか食事を運び、回収した兵士とは別の兵士だった。
やはりこの部屋で“話し合い”をするわけではなく、移動をお願いしますと言われる。
「準備をしますので、少しお待ちください」
頷かれたのでドアをしめて準備――といっても大した事はなく、準備していたもろもろの録音機器のスイッチを入れるだけ。
充電がもったいないと思うが、この部屋を出る前にいれなければ怪しまれてしまう。
置いていくのも心配なので荷物は全て持ち、同じ施設内のもっと立派な部屋へと移動する。
質素ながらも質の良い調度品で整えられた部屋にはあの場で私たちに対応した司祭がおり、他には部下だと思える年若い神官服の者が1人。
「お待たせして申し訳ない。また王は忙しい身ゆえ説明は私が1人でさせて頂くことになりました」
「“勇者”への説明より優先させる仕事があるんですね」
単にあの王は墓穴を掘るから外されたに違いない、という偏見のもと軽いジャブを放ってみる。
「そうですね、本来であれば同席するべきではありますが、なにぶん“王”という立場は責任が重く、代えのきかない身なのです――勇者と同じく」
牽制で返されて、やはり王が相手の方がやりやすかったなと思う。
昔の記憶を手繰り寄せるが、教会はなじみがなく目の前の司祭がどの程度の地位を持っているのかわからない。
ただ、この国で一番偉い司祭といわれても不思議ではないが。
「まず、説明をさせて頂けませんか?」
長くなりますのでおかけ下さい。と一歩横にずれ奥にあるテーブルを示される。
「あの場でも言った様にこちらの望みは即刻、元いたところへ帰ることです」
既に長く待たされているが、だからこそ時間をかけたくないと伝える。
「ものには順序というものがあります。
その件も踏まえて説明をしていこうと思っていますので、こちらの事情にも考慮して頂けませんか?」
「とりあえず話を聞かない?」
本題に入る前から“話し合い”の雰囲気を壊していく私たちを止めたのはアオだ。
「おお、さすがは“勇者”様。
どこかのお嬢さんとは違い思慮深い…」
誰が浅慮だ。
私を下げる事によってアオを上げるという見え見えのゴマすりをする司祭。
「あの…お名前を教えてもらえませんか?」
「ああ、これは失礼をしました。
私は司教のアーガスタ・オクスと申します。
…そういえば勇者様のお名前をまだ聞いておりませんでしたな」
あ、司祭じゃないんだ。違いがわからないけど。
「あ、名乗るつもりはないので。
そこにいる方のお名前は?」
一見、友好的に見せかけつつサラッと拒否した上で奥にいる神官の名も尋ねる。
急に話をフラれたからか、困惑を表情にのせ司教に助けを求めるかのように視線を向ける。
意図が読めないからか司教も困惑するが、拒否する理由が思いつかなかったのか、促すように頷いた。
「ぼ、僕はトラン・ポートミヤといいます」
「そちらの兵士の方は?」
「わたしはサマ・ケウオチと申します」
2回めだからか、兵士の方は戸惑いつつも直ぐに答える。
「ありがとうございます」
にっこりと笑ったアオは私の手を引き、ようやく着席する。
私も含め誰もアオの考えが読めず、自然と注目が集まる。
「さ、どうぞ。説明して下さい」
だが、自身の行動を説明する気は一切ないようで司教に始める様に促した。
私相手ならともかく、勇者であるアオに強く出る事は出来ないようで負におちないながら、話を始める。
「まず、この国…いえ、世界は破滅の危機に陥っております」
「でなきゃワザワザ異世界から人を誘拐しませんよね」
にこにことチクリというか、グサリとくる相槌をアオが打つが、それ以上は何もいわず…なんでか私を睨み付けた後に咳払いをし続きを始める。
「世界に負のエネルギーが満ちたとき、魔王が生まれ世界を滅亡に導くと言われております」
「その“負のエネルギー”ってなんなんですか?」
「人々の“負の感情”から生み出されるとされております。
悲しみや怒り、憎しみなどの感情の他に欲望なども含まれると考えられております」
「なるほど、つまり僕はこの世界の住人の後始末をする為によばれたんですね?全く関係ないのに」
「………」
内容には完全同意であるが、こんな感じでいちいちアオが話の腰を折りまくるので一向に話が進まない。
ので要点を纏めさせてもらうと。
負のエネルギーが満ちた事により“魔王”が生まれた。
“魔王”は世界を滅ぼそうとしている。
“魔王”に対抗できるのは神に選ばれた“勇者”のみ。
近頃は“魔王”が出現する周期が短くなっており、今回はたったの50年で“魔王”が現れた。
先代の“勇者”が倒しきれなかったせいだ。
なら新しい“勇者”が責任をとるべきだ。
と、いったところか。
「お話を聞く限りは“魔王”って一種の浄化システムだと思うんですよ、しかも周期が短くなっているという事は途中で“魔王”が倒されるせいで浄化がうまくいってないせいだと思うんですよね。
今回、あるいは今後数回“魔王”を倒せたとしても直ぐに…それこそ1,2年で復活するようになるんじゃないですか?
そうなった場合も“勇者”に丸投げすれば済むと思ってるんですか?
そろそろ“魔王”を倒すという対処療法ではなく、原因療法に踏み切った方がいいのでは?
そもそも、この世界の人たちが溜めた負のエネルギー清算を他所の世界の住人である僕がとらなければいけない理由がわからないんですけど」
うん、怖い。
ちゃんと話を聞いた上で冷静に指摘していくさまが怖い。
召喚時、私はアオに一切しゃべらせなかった。
それで私さえ排除できればアオがあっさりと頷くとでも思っていたのだろうか?
司教はこちらの嫌悪感を考慮せず、ただ『これだけ大変な私たちを助けてください』と主張していたにすぎない。
確かに、大変だなと多少の同情心は湧くがそれだけだ。
物語の登場人物達にガンバレと無責任なエールをおくり、それだけで満足するもの。
導入部で聞かされれば、なるほど、そんな設定かと頷いて終わってしまう。
かつてこの国で暮らしていた私ですら、司教の話からではその程度の感想しか抱かない。…当時ですら魔王の脅威とか、魔王退治の旅の途中ですら余り感じていなかった。
せいぜい、この辺りは魔物多いな~とか、作物育ちにくそうな土地だな~ていど。
魔王とかいう象徴的な恐怖より実際に命の危機を伴う実体のあるものの方が怖かった。
この世界の宗教は一神教であると同時に多神教ともいえるものだ。
創造神ウィクリアを頂点にしたウィクリア教が最も信者数が多く、国教としている国も多数。
創造神ウィクリアは世界の基盤をつくり、魔力の属性と同じ6属性を司る神を生み出した。
6属性の神たちは、それぞれ競うように生物を生み、世界を今の形に創りあげたといわれている。
現在、この世界を直接見守ってくれているのも6属性の神たちといわれており、それぞれの神を崇める宗教ももちろんある。
ただこの6属性の神たちは神話では創造神ウィクリアが生み出した神なので、序列としてはウィクリアの下になり、ウィクリア教よりも立場が下という形になる。
なお創造神ウィクリアは無属性といわれており、魔力の7属性となる。
他にいわゆる土着神の類もあるがマイナーなうえ、場所によってはウィクリア教の信者に弾圧されたりもしている。
政治と宗教が結びつけば、支配地における布教活動と言う名の征服活動は当然ありえる。
もしも神様が本当にいるのなら、神様同士はむしろ仲良かったりするかもしれないが。
その場合はどう思うのだろうか?
自分の友達を、それを信じる人々が弾圧される気分。
それも勝手に自分の名を使われて。
「勇者様は我々に座して滅びを待てと?」
「いいえ、生物として生きたいという本能は当然だと思いますし、それを強要するものに抗うのも当然です。
ただ、“勇者”が神によって選ばれたというのなら、その勇者である僕が『この世界を救う事より元の世界に帰る事を優先』させている現状が、神が世界を救う気がないという証明ではないかと思うんですよ」
「なっ…!」
アオの言い分に司教は顔を真っ赤にし怒るが、うまく言葉がでないらしい。
神様が世界を救ってくれる人=勇者を遣わせてくれる。
そんな信仰を持っている人からすれば、その勇者が使命である魔王退治を拒否するなど考えた事もなかったはずだ。
今までの勇者は快くその使命を全うしたのだろう。
まぁ、今回の様に拒否した勇者がいたとしても後世の記録には残せないよね。
「勇者様は神の意思を聞けないと!」
「そもそも僕が信仰している神がいるのなら、僕の世界で信仰されている神であり、僕から見て異教の神であるこちらの世界の神様に従う義務はないはずですよね?
だいたい僕はあなたが信仰する“ウィクリア様”に直接この世界を救ってくれと頼まれたわけではないですし、“ウィクリア様”がその意思を持っているかどうかもわかりません。
現状でそう言っているのはあなただけです」
淡々と事実を言い重ね、一呼吸をおいた後に続ける。
「何度でもいいますが、僕たちの望みは即時帰還です。
あなたは先ほどから自分の要望を叶えて欲しいと言う要求だけでこちらの希望に対して一度も取り合っていません。
あなたが信仰する神はそれを許容する狭量な方なのでしょうか?」
「勇者様は神を愚弄なさるのか…」
「“神”への信仰はありますよ。
あなた方が考える信仰とは違いますし、僕の信仰があなた方の神を否定する事もない。
ただ、僕をここに呼び出したのは本当にあなた方が崇める“神”なのかという事です」
私よりもよっぽど上手にアオは司教を追い詰めていく。