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はぁーっ、と大きなため息を1つ。
食欲が落ちて残り半分以下になったお弁当も食べる気がしない。
前世の私なら今の状況でも逃げるなり、逆に誰か人質にとって脅すくらいの事はできたのに…。
向こうで鍛えて下手に力をつけてもはずみで人を殺せるのでは?と思えば実行する気にはなれなかった。
前世の感覚が残っている私から見ると、それだけ向こうの住民は脆く見えた。
今“帰りたい”と思って浮かべるのはその世界だ。
よその世界に生まれ変わったと知った時も、この世界に帰りたいとは思わなかった。
両親がいて。
命がけの戦いもしなくてよくて。
罪を犯さなくとも生きていけるあの国。
「ツキちゃん?」
私の様子が変わった事に気づいたのか、声をかけられたので何でもないよと返す。
落ち込んでても進展はしないし、今すぐは無理でも最終的な帰還率は上げておかないと!
お弁当の残りをたべきり、スマホを取り出す。先ほどの広間でのやりとりはしっかりと撮れている。
画像は…まぁ無理だったけど、音声が無事なのでよしとする。
「アオくんの方は?」
「こっちも問題ないよ」
画面を見せてくるので確認する。
アオの方は画像も撮れている。
小さくて見えにくいが、人物の特定は出来そうだった。
「こっちは暫く秘密にしておこうか、壊されたらいやだし」
まさか音声と映像記録装置を複数所持してるとは思わないだろう。
相手が警戒するのはあの場で見せたICレコーダーだけのはず。
こちらの手の内を晒すとしても順を追い、有利に事を運べる様になってから。
ギリギリまでスマホの事を隠しておけば、おもしろいものが撮れるかもしれない。
前回の勇者召喚の時は特に勇者も拒否せず魔王退治を引き受けたと聞いている。最もその後に後悔したらしいが。こんな簡単に引き受けなければ良かった。と冗談っぽく言ってたが本心でもあったと思う。
今の私とあまり変わらぬ生活を送っていたのなら、カルチャーショックも良いとこだ。
当時は興味なかったので、その辺りの詳しい話は聞いてない。
ただ仲間の会話などからも問題なく契約を交わしたときく。
…そういえば契約書等は書いたのだろうか?
私の方は思いっきり不利な条文が織り込まれていたが、関与したメンバー全員の助命がかかっていたので受けざるを得なかった。
契約書の類はこっちが字を読めないと思って説明と中身が違う可能性は高い。
まぁ、少しなら私が読めるかもしれないけど。
ただ公的文書は難しい言葉で判りにくく説明をしてる場合が多いし、そもそもブランクもあるし時代が違えば読めないかもしれない。
今、言葉が通じているのは勇者(と、そのおまけ)特権なのだろうか?
言葉は通じても文字は別枠とかのパターンもあるし(ラノベ知識)。
出来れば写真でもとって説明と中身が違うって事を証明した上で無効にしたい。というよりも現代の詐欺対策を参考にサインしなければ良いだけの話か。
言質をとられないように言動にも気を配らねば。
「まず、交渉中の動画が出来れば欲しいよね、文章の書かれた書類がでてくるならその写真」
「それも相手に悟られず…ね。写真は隙を見て撮れる可能性もあるけど動画は難しいかな」
スマホを構えてるだけでも怪しいだろうに、写真をとればシャッター音が鳴ってしまう。
この世界ではなじみがない音だろうけど、静かな場であの音は結構響く。
さっきは気付かれなかったのはあの場がざわついていたおかげだ。
後はこちらの希望を箇条書きにでもしておきますか。
鞄から残りの枚数が多そうなノートを選んで取り出す。
シャープの芯は買い足したばかりなので十分すぎるほどあるので心配はない。
「まずは…即時帰還が第一希望」
「同じ場所の同じ時間ってのも入れといて」
「OK」
せっかく帰れても100年後とか、100年前とか、国内ならまだしも外国にでも飛ばされたら普通の生活を送れなくなる。
「で、次は魔王退治終了まで無理と言われた場合…」
「あれ?まだそうとは限らないよ?全種類の魔物のデータが欲しい…とかかも!」
「…その可能性は低いと思う。ゲームは好きだけどね」
でも前が魔王討伐だったので今回もそうだと思い込んでいたけど、王様の話をぶったぎったせいで召喚目的をまだ聞いていなかった。
「すぐ終わりそうなクエストなら引き受けるのもアリだと思う」
「わざわざ他世界から“勇者”を召喚してお使いさせるだけって事もないでしょ」
「まあ、可能性として?」
「低いでしょうね」
それでも案の1つには違いないのでノートには引き受ける(簡単なものに限る)と書き込んでおく。
そして、いよいよ本命ともいえる妥協案を作成だ。
丸ごと拒否したいところだが身一つで放り出されるのはもっと困る。
下手したら街からも出ることなくコンテニューのないゲームオーバーになってしまう。
「ゲームみたいに小銭だけ握らされて行って来いって言われても困るな、こっちの知識全然ないし」
「仮に最強装備が揃ってても難しいでしょ」
「旅をする事になるなら馬車は欲しい。荷物も積めるし、あと食料と…調理器具?」
「旅するなら回復系の能力持ってる人も絶対いる!」
いわゆるヒーラーですね。
思いつくままに列挙されるそれらは戦闘の役には立ちそうにない。ヒーラーは戦闘能力低いってイメージがあるし…。
「戦闘がさけられないなら、せめて基礎くらい仕込んでもらわないと…」
「あ、それなら俺は魔法を使ってみたい!」
「魔法…ね」
前世の知識によるとこの世界の魔法は大きく7つの属性に分かれており、自分の適性に合う属性の魔法を学んでいく事になる。
良くある地水火風の4つに光と闇。それら6属性の上位にあたる無属性の7つ。
レア度でいえば断トツで無属性。便宜上“無”としているけれど、実際は全ての属性魔法が使えるとも言われており、他の属性に比べると使い手が極端に少なくそのため研究がかなり遅れている。
ただ、全ての属性魔法が使える者もいる代わりに全く通常魔法が使えない…という者もおり謎に満ちた属性。
無属性と比べれば見劣りするが光と闇が次にレア度が高い。
前世では低レベルではあったけど闇属性だったので、今世もそうだとありがたい。
アオはたぶん光。理由は前世がそうだったから。
“勇者”という職業からして光属性が選ばれるのではないだろうかとの偏見も含まれる。
〇当座の資金
〇高ランクの武器と防具
〇この世界の基礎知識
〇馬車
〇食料と調理器具
〇回復能力のある人物
〇戦闘訓練
〇魔法訓練
思いつくままに書き込んだ言葉はこの程度。他に何かあるだろと思うのだが今は浮かばないので次へ進める。
後は…全て終わったあとの報酬?
命がけで世界を救ったのだから勿論よこせとは思うが帰って使えるものとなると難しい。
宝石とか持って帰ったところで現金化が難しいし、下手をしたら警察沙汰だ。両親にも説明できない。
一度遺失物として届けて、半年くらいまてば落とし主不明で合法的に自分のものに出来た気もするが…マスコミで騒がれそうなネタでもある。
万が一取材とか来たら困るし、一度どこかに放置するとしたら私たちが拾いに行く前に誰かに拾われるかもしれない。それが警察に届けられ、うっかり私たちにたどり着いたら大変だ。ろくな言い訳が出来ない。
それくらいならこっちでインフレ整備にでも使って貰った方が建設的だろうか?
でも私たちが帰った後はそんな約束なかった事にされそうだ。
最悪の可能性としては、そもそも帰れないというものもある。
その場合この国である程度の地位を貰って領地なり与えられたとしても、国に仕えるという立場が気に食わない。
なぜ誘拐犯の部下にならなければいけないのか?
その場合は独立を目指すようにアオを炊きつけよう。
もしくは国の乗っ取りを画策します。
勝手にアオの進路?を決めるのに抵抗はあるが有事以外での勇者なんて扱いに困るものだ。
大衆の人気が高く、国王からの信頼厚い新米貴族…とか潰されるのを待つだけの存在ではないだろうか?
魔王退治後の勇者を物理的に襲おうとしても返り討ちにあうだろうけど、冤罪ふっかけて合法的に処刑する方法だってあるのだから。
いつの間にか評価がついており、読んでくれている人がいるのだと実感できとても励みになりました。
ありがとうございます。
拙いですが、続けていこうと思います。




