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話が終わるまでは殺される事はなさそうだと安堵の息を吐く。

ドアから離れた壁に座らされたのはまだ完全に信じていない証拠だろう。自分が私とドアの直線上に座る事でより逃亡しにくい位置取りをしている。

兵士にやられた傷に気付いたバルが手当をしてくれるというので任せる。

「そう警戒するな…」

「それは無理でしょ、お互いに」

まずは腕を取られ擦りむいたところを水で洗われ、薬を塗られる。

私がバルを警戒するようにバルも私を警戒している。

それもそうだな、と納得したバルが今度は右足に触れれば痛みが走った。

「熱を持っているな、しかし折れてはいない」

顔を歪めて痛みに耐える私を気にせずに手当は進む。湿布の様な効果のある薬草を塗られた時は擦り傷に沁み思わず声が漏れる。くるくると巻かれる包帯はきつすぎずちょうど良い。

「どこから話せばいいかな?」

「そうだな…」

手当がひと段落したところで自分から声を掛ける。手当の間にも頭の中では“テネの物語”を組み立てていた。

異世界があるという事が当たり前の現実として受け入れられている世界は、そこに絡めてしまえばどんな荒唐無稽な話でも通る可能性はある。確かめようがないからだ。

本当の事と嘘を適度にブレンドしてテネの過去と私の過去を上手くリンクさせなければいけない。

日本に来た後のテネを祖母と立場を入れ替えれば違和感や矛盾も少なくなるはずだ。

後から矛盾が出てしまわない様に自分がどんな“物語”を作り上げたのか、確認できるようにボイスレコーダーに記録する。ポケットに手を入れスイッチを入れるところは怪しまれただろうが今は追求されない。

「テネは…いつお前に過去を語ったんだ?」

問われて、昔に祖母が子供の時の事を語ってくれた時を思い出す。

幼かった自分を思い出す為に遠い目をして、ただ生きる事が大変だったと…それでもテネよりは恵まれているという感想を抱いた事を思い出す。

「小さな時から、ポツリポツリと話してはくれたけど…こっちの世界の事を聞いたのは小学生になってからかな?」

自分の辛い時期を話すのは、それなりに覚悟のいる事だ。

楽しかった事だけではなく、どれだけ苦労したのか語る声は優しく…ただの物語の様にも感じられた。

「そのしょうがくせい…というのはなんだ?」

「ああ…私が育った国は義務教育…学校に通って色んな勉強をする事を国によって決められてるの、私の国だと最低6歳から15歳までの間」

「そんなに長く?その間に仕事はしなくていいのか?」

「う~ん…、例外はあるけど基本義務教育中に仕事する事は推奨はされてない」

アルバイトは無理でも家業の手伝いとかは出来るし、起業は何歳から出来るのだったか?

「だから年齢にすると私が7,8歳の時かな?」

難しい事を聞かれても説明する自信がなかったので流す。

「おばあちゃん…テネは人生にひと段落ついたところで過去を振り返れる余裕が出来たって言ってた」

勤めていた会社も退職し、時間に余裕が出来たことで色々と考えてしまうと、そう祖母は言っていた。

「テネの話を信じるのは私の世界では少し難しい事なんだよ、異世界の世界は信じられていないし魔法もない世界だから」

だから、まだ疑う事無く話を聞いてくれる子供――私に話してくれたのだと嘘の理由を付ける。

平和な世界で家族と共に暮らすという生活を送った事で、幸せを実感した事で初めて過去の自分の行いを悔いた。

生きる為に人を殺した事については悔やんだ事はない。他に生きる方法なんて当時の私にはなかったし、他人の命なんてどうでも良かった。

でも、たった一つ。

自分が家族に捨てられる事を選ばせた子供の事だけは気がかりになった。

「きっかけは私だって言ってた。

自分の子供を育てている時は生きる事に精一杯で、他の事を考えている余裕なんてなかったって。

でも一生懸命に働く必要もなくなって、空いた時間に考えてしまうのは“テネ”だった時の自分の事」

自身の体験も交えながら語っているのでリアリティはあるはず。

「大きくなってからは、おばあちゃんが語っていた過去は脚色したものだと思ってた。子供の興味を満たせる様な、そんなお話を自分の過去をベースにしてるんだと」

勇者のパーティに入って世界を冒険して、魔王を退治した後は勇者と共に世界を渡って、その世界で子供を産み、孫も生まれ…平和に浸って生きて死んだ。

そんなテネの話を終えた後は今の私について語る。

こちらも嘘と本当の事を不自然にならない程度に混ぜながら。

順番に語った方が話しやすく、向こうもわかりやすいだろうとこの世界に召喚された事から話し始める。

いきなり勇者として世界を救えと言われ断ったこと、帰る方法もなく仕方なく城で世話になったこと。

祖母の話との類似点を見つけ、一人首を傾げていたこと。

自分の魔力の属性の検査をしてそれが祖母と同じ闇属性だったこと。

疑いは強まっていくが、先代の勇者パーティのメンバーが祖母から聞いていた人たちと違い確信が持てなかったことや、帰る方法は魔王退治しかなさそうなこと。

この辺りは本当の事をそのまま言えばいいので楽だ。

話はどんどんと進み協会で出会ったシスターや子供たちの事をサラリと流し、兵士に命が狙われたところまで

きたところで辺りの空気が冷えた気がした。

原因は目の前にいるバルだ。

どうやら私が殺されかけた事に怒っているらしい、私に向けてのものではないので幾分かマシだが続くと辛い。

腕を擦って寒さアピールをすると気付いた様で空気が戻る。助かった。

ピンチになった時にテネが昔教えてくれた魔法を使ったら元の世界では一度も成功しなかったのに発動し助かったといい、他に行く宛てもなく彷徨っているとこれまた昔に聞いた家とそっくりの家がありダメ元で使った魔法で入る事が出来た。

暫く休んでいたが家の持ち主が戻ってきた時に、咎められたらと怖くて出ていこうとした時にバルが来て…と話を締めくくった。

バルがどこまで話を信じてくれるのか…当代の勇者の関係者という事は信じてくれるかな?

私が異世界人だという証拠はあるといえばある。スマホとか、水筒とか、こちらの技術ではまだ作れないもの。

異世界に当たる日本の様子を細かく説明すれば、とても想像で語れるものではないと納得するはず。

兵士に襲われたところも録音しているので、それを聞けば両方の意味で疑いは晴れる。

信じた上で危害を加えられる恐れもあるが、今の私ではバルを出し抜くのは無理だ。

推定六十代にしては力の衰えがなさすぎる。

ピーク時と比べれば落ちているだろうけど、私を殺すには十分すぎるだけの力はまだある。

さすがに現役はキツイ年齢なので現役ではないと思うけど…。

ドキドキとなる心臓を意識しながらバルを見れば眉間に皺を寄せて何かを考え込んでいる。

脳内会議でもしているのだろうか?

結論を聞くのが怖い。聞く前に人生が終わるかもしれない。

やがて何か決めたのかバルは徐に覆面を取り払う…その顔は若く、せいぜい三十代後半といったところでとても六十代には見えなかった。

…本当に本人なのだろうか?

息子とか孫とかでなく?

それとも実は先代の勇者の時代から五十年経っていないとか?

「次は俺の番だな、何から聞きたい?」

問いかけにいくつですか?と聞きたい衝動を堪える。

テネの身内を名乗るなら初めに聞く事は決まっている。

「…テネのこと。

テネがこの世界からいなくなった後にどうなったのか」

旅の途中で亡くなった事により、ギルドへはどの様にその死が伝わったのか。

「……その少し前からにしようか、その方がわかりやすい。

テネは長期の仕事になりそうだといって所有しているものの一部の管理を仲間に託していった。ここもその一つだ」

確かあの時はせっかく大陸を渡って仕事に行くのだから、しばらくホームをそちらに移して名前を売ってもいいと思っていた。

お偉いさんに貸しが出来るし、バルエア大陸にも一つ支部を作るか!という話が出ていた。

というのもホームではない大陸の、それも時間指定がある仕事だった為ギルド内でも中堅どころがチームを組んで仕事に当たる事になったからだ。

交渉担当の者も同行するから、小さな規模なら新たに支部を作れるのでは?となったのだ。

どちらにしろ情報集めはしなくてはならないし、可能ならばという事で今回の依頼が終了しても数年はバルエア大陸に残るのが決まっていた。

本決まりではなかったので、それを知っていたのはギルドでも上層部の者と当事者たる私達だけだった。

暫く戻ってこれないので仲間に自分が所有する物件の管理を頼んだ。

死んだらあげるよ~と軽いノリで、相手もお前が死ぬたまかよ~と軽口で返された。

管理といっても、偶に見に行く程度で良かった。戻ってこれたならまた自分で手入れをすればいい。

備蓄している食料は勿体ないので処分してもいいといった気もする。あと武器の手入れもお願いしていた。帰ったら鈍らになってました、とか商売に影響する。

集めるのはそこそこ大変だったし。

今思えば形見分けだな、アレ。

当時はそんなつもりはなかったけれど、結果としてそうなった。

でも、あの時にバルには渡していなかったと思うのだけど。

当時のバルはまだ幼かったし、見習いにもなっていない訓練生。ただ自分で連れてきた子だったから同世代の中では気にかけていた方だ。

鉄鎖の民だけあって才能も段違いで周囲も期待していた。

記憶はかなりあやふやで、どっちにしても自身が持てない。渡している気もするし渡していない気もする。

「直ぐに帰ってくると言っていたが、テネは帰ってこなかった。

俺がテネが勇者の仲間の一員になっていたと知ったのは、何年も後になってからだ。

詳細を知らされず、任務に失敗して死んだと聞かされていた」

途中経過が知らされなかったのも当然だ。

下っ端にもなっていない者に詳細なんて教えない。それが死んだ者の望みだったとしても、ギルドにとっての損得で情報は伝えるかどうか決まる。

自分でいうのも何だが当時の私は若い世代から見たら憧れの存在であったと思う。

その私が任務に失敗した弱みに付け込まれたあげくただ働きをさせられ、あげく亡くなったとかいえない。士気が落ちる。

それくらいならただ死んだと伝え、それぞれの想像に任せてしまった方がいい。





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