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レッドカーペット
それが私の前世についた暗殺者としての異名。
我ながら中二病くさい名だが、当時は周りにもそんな異名持ちが多数いたため気にはならなかった。
からかいが過ぎる様なら殴ればよかったし。
由来としては私が仕事をした後は床が一面赤く染まるというものから。
特に変わった武器を使うとか、特定の部位を持ち帰るとか奇行をしていなかったので異名が付いた上に一般の人にまで名が広まってしまったのは複雑だ。
まぁ、おかげで一件辺りの依頼料はアップしたし、迫付けなのか指名も来るようになったし、実際に私が行かなくても模倣すれば顧客は満足してくれたのでギルド的には潤いましたけどね!
だがそのせいで勇者暗殺なんてめんどうな仕事を請け負うはめになった。
依頼主は勇者召喚をしたのとは別の派閥のお偉いさんで、このまま勇者が世界を救ってしまうと没落の危機とかそんな理由だった。
しかも最初にターゲットが“勇者”だとは言わず、どっかの貴族の息子だと思わせられ早期決着を求められたせいでろくな裏付けもとれないまま襲撃したら失敗したし。
慌てて期限を延長してもらい、作戦を立て直し、私の顔は知られておらず+女という事で少しは油断するだろうと騙まし討ちというプライドに触る方法で暗殺に踏み切ったのにあっさりと返り討ち。
命を救ってもらうという屈辱は依頼人の方にもろもろの“契約違反”という形で返済してもらいました。なお返済方法は割愛させていただきます。
ただその辺りの経緯は結局は勇者側の派閥に発覚し、改めて勇者一行の護衛という形で不問にしてもらいました。
勇者も、そのメンバーも命を狙われたというのにあっさりと承諾し、一緒に魔王退治というふざけた旅に同行する事になった。
その旅の途中、だいぶクライマックスが近づいたところで勇者を庇って死ぬというベタな退場をした。
だから最後がどうなったのか私の記憶にはない。
ただ“勇者の生まれ変わり”と同時期に転生したところを見ると勇者も長生きしなかったのだと思っている。
途中で死んだのか、相打ちか…その時の怪我が元で凱旋後に亡くなったか。色々とパターンは予想できる。
どうして私が勇者を庇ったのかと聞かれれば、これまたベタな理由がある。単純に惚れていた。
平和ボケしているくせに、命をかけて自分の国もない世界の為に戦っている当時20半ばだった私から見て10才近く年下の少年に。
少年が語ってくれた世界にも憧れていた。
子供がちゃんと愛されて、働かなくても、その手を血と泥で染めなくても生きていける世界に。
そんな世界であれば私にも両親がいて、人を殺さずにいられて、誰かに愛される事が出来るだろうかと夢を見た。
…勇者に惚れたのは、うっかりと口から零れ出たそれに出来るよ。と笑って言ってくれたのがきっかけだと思う。
夢物語は叶うのだと、自信をもって頷いてくれたから。
そうだったらいいな、と。
私も“夢”を語れた。
“生きること”以外の夢を持ったのは、ずいぶん久しぶりの事だった。
勇者と共に世界を救えば褒美として勇者の世界に行くことが出来ないだろうか?
生まれ変われば、もしかして…とひっそりと願ってもいた。まさか叶うとは思わなかったが。
前世を思い出して。
勇者に会えて。
愛してくれる両親もいて。
幸せだったと思えた。
今ある幸せは、勇者と一緒に旅をした時間があったからだと思っている。
あの時間がなければ記憶が戻った後にあの世界の住人として生きていく事はできなかった。
与えられたものが異物すぎて恐ろしい。
きっと馴染む事はできなかった。
だから彼には恩を返したい。
どうしてか、またこの世界に呼ばれて。
勝手に命を掛けさせられる彼を元いた世界に帰したい。
たとえ、私が帰れなくとも。
だって私は元々はこの世界の住人なのだから。
再びこちらで生きていく事も出来るはずだ。
それに彼が命を奪う様な事もさせたくない。
あの平和な国では動物の命を奪う事すら罪だと感じるように育てられるのだから。
彼の優しい心は傷付くに違いない。
けど、私は違う。
かつての私にとって命は軽いものだった。
金銭で置き換えてしまえるものだった。
必要がなかったからしなかっただけで、きっと今もソレに対して抵抗が少ないはずなのだから。
「ツキちゃん、これ食べてもいいと思う?」
長い過去回想に区切りを付けたのはアオの問いかけだった。
コレと言って示されたのはお弁当。
貴重な食べても安全と分かっている食料なうえ、調理済みでもあるうえ長くは持たない。
“ヨモツヘグイ”なる異世界のものを食べたら元の世界に戻れなくなる。というパターンもあり、それを理由に返せません。とか言ってくる可能性もある。
…証拠はあるし、少なくとも帰す努力はしました。というパフォーマンスくらいはすると思われる。
帰らないでくれという説得は必ずあるとして、武力行使という手札を取られると反撃の手立てがない。
私の持ち物で武器に使えそうなのはせいぜいハサミとカッターくらいで、攻撃力なんてない。
最悪のシナリオとしては私を人質にしてアオにいう事を聞かせるというもの。
自分の身は自分で守るくらいの気概はお互いに持たなければ。
「いいんじゃない?ダメにするよりは」
それには体力の維持も必要。スマホを起動させれば時刻はとっくにお昼を回っている。
これが正確かどうか確かめるすべはないが、目安くらいになる。
保存が利くものは取っておくべきだが、傷むものは食べられなくなる前に食べておくべきだ。
というわけで唐突なランチタイム兼作戦会議となった。
「それで?ツキは家に帰りたい?」
「当然、ゲームの世界は救えても現実は荷が重い」
それともアオは“勇者”になりたいの?
言外に問えば首を振られる。
「ん~…それこそ“ゲーム”じゃないし。例え魔物とかモンスターとか呼ばれる生き物でも殺す事はしたくない」
「そりゃそうだ」
ゲームとは違い切れば血もでるし殺せば屍骸も残る。何よりこっちだって怪我をするし下手をすれば死ぬ。
ちなみに、この世界にはシッカリと“魔物”と呼ばれる存在がある。
規模の大きな町なら壁により守られたり、定期的な兵士の巡回などもあるし、年に数回行われる大規模討伐などもある。そのため生活圏は比較的安全である。ただし人が起こす問題は別だ。
それに大都市から離れれば自然と脅威は増す。
村とよべる規模の集落は兵士の派遣などはなく、壁なども立てられない。
せいぜいが木の柵で囲い人間の生活圏だと主張し自警団を作るくらいだが、基本は農業と兼業する事になるので腕のほどは一般人とほぼ同じ。
実際の戦闘でどれだけ役に立つというのか。
魔物よけの魔法薬などもあるが高額なうえ効き目は気休め程度、強い魔物には効かないというおまけ付き。
そんな中で強い者が出てきた場合は一攫千金を夢見て都市部に進出するので、村の自衛という点ではどこも運任せのところがある。
そもそも、特に鍛えていない今の私たちでは魔王や魔物はもちろん、そこら辺を歩いている一般人にだって勝てる気がしない。
格闘技の世界チャンピオン以上の力を持つ人が道を歩けば普通にいる。そういう世界だ。
そんな世界なので鍛えれば普通に超人レベルまでいける。
助走なしの3メートルジャンプや、屋根の上を走ったりだとか、壁走りとか。
探せば普通にいる。前世の私だって出来ていた。
前世の暗殺者仲間だって出来るのが当然だったし、出来なければ見習いレベルだ。
今の私たちではいわゆるチュートリアル用の弱い魔物相手でも負ける自信がある。
そもそも武器や鎧を装備してまともに動けるかも怪しい。
私たちの感覚だとかなり重い上に動きにくい。…考えれば考えるほどに不安要素しかない。