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この体は本当に弱くて。
誰にでも分かる様な理不尽な暴力を向けられているのに。
ただ逃げる事すら難しい。
「だから俺が勇者様を解放しようと思うんだ。
勇者様を誑かし世界を救いたくないだなんて無責任な事を言うのは全て魔女のせいだから…」
ぞわりと、鈍くなった感覚がそれでも逃げろと指令を出す。
こういった勘には従う性質なのでとっさに後ろに飛んだ。
その行動自体は前世のくせだが、慣れていない体には思った以上の負荷がかかる。簡単にいえば着地に失敗して右足がグキッとなった。痛い。
頭の中のイメージと現実の距離の違いに一瞬だけ混乱する。想像以上に近い。
捻ったかと焦った右足は多少の痛みはあるが数分で引くような後を引かないタイプ。ただ、今の状況だとそれも困る。
「よけんなよ」
チッと舌打ちをして横に凪いだ剣を構えなおす。
私を舐めてかかったせいだろう、初撃をなんとか避ける事は出来たが最初から本気なら今の一撃を避けられていたかはわからない。
「私を…どうする気?」
答えがわかっている問いをするのは後のため。
むざむざ殺されてやるつもりはないが、そうなってしまった時にただで死ぬのはごめんだ。
ボイスレコーダーに残った音声は、アオなら再生できる。
コイツが私の死体をそのまま放置していくかはわからないが女性の身元不明の死体が出た場合に私かどうかの確認はされる。
その時に上手くいけばボイスレコーダーはアオの手に渡る。
アオに私の死を知らせない懸念もあるのでそこは賭けになってしまうが、その場合は捜索している様に見せ続けなければいけない。アオの不興を買わないように。
あるいは死体は見せても遺留品は見せないかもしれない。
私が彼らから見れば不思議な道具を使うのを知っているから。
万一というか事実だが身内の犯行だった場合のアオの反応が怖いから。
…そういう危ない橋を渡っているのだという自覚が全くコイツにはない。
「決まってんだろ!殺すんだよ!
お前を殺して勇者様を魔女の呪いから解放する事で恩人となって、一緒に旅にでる。
そして祖父の様な英雄となって俺自身の爵位と領地を貰うんだ!」
その憧れの祖父は嘘吐きであると知ったらどう思うだろうか?
上手くやったなと羨むのか、幻滅するのか。
そして自分と比べて絶望するのか。
想像すると笑いが込み上げそうになる。
教えてやりたいが信じはしないだろう、コイツにとってはそれが事実なのだから。
どうせならもっと効果的な場で暴露したいと、趣味の悪い事を思う。
身勝手な夢を語り終えると今度は剣を振りかぶる。
わかりやすい動線に避けるのは本来なら難しくはないはずだが、今の私には難易度が高い。
それよりは…反撃に出る!
両手で取っ手を掴んだ鞄を大きく振り回す。
予想外の行動だったらしく腕に当たった鞄は剣の軌道を変えただけでなく相手の体勢を崩す事が出来た。
思い出せ思い出せ思い出せ。
必死で自己暗示よろしく自分に言い聞かせる。
十数年以上前の事だし、この体とは別の体だった時の事だけど当時の経験はヒントくらいにはなるはずだ。
倒す――無理。走って逃げる――背を見せるのは危険、相手も軽装だし追いつかれる。壁を伝って屋根へ――無理。
出てきた案は悉くダメだしされる。
頭の中の私が呑気に羅列していく打開方法のネタが尽きそうで焦る。
やはり前世と今の体ではスペックが違いすぎる!
脳内がフル回転しているせいか周りの動きがすごくゆっくりなのが救いだ。こっちも動けないけど相手の動きを追う事は出来る。
相手が体勢を整えたところで一つ実行可能な案がようやく出てきた。
今の私は前世と比べて何もかもが弱いけれど、たった一つだけ勝っているものがある。
属性のランクだ。
前世は闇属性の低ランクだったけれど今は同じ闇属性の高ランク。
つまり前世で使えた魔法の全てが今の私でも使う事は可能だということ。
魔法に頼った事は少ないが、望んだ時に望んだ効果が出るように、失敗しないように鍛錬をサボったことは無い。
詠唱も必ずしも口に出す必要はないと教えてくれたのはとある魔法オタク。
『むしろ詠唱自体が必要ないともいえるわ、大切なのはイメージだから。
詠唱っていうのはね、その魔法の効果をイメージする補助でしかないの。
目的地に着くために迷わずに進むためのわかりやすさ重視の道順ってだけ、慣れている町や場所なら近道を使ったりするでしょ?
それと一緒。様は辿り着きさえすればそれでいいのよ!』
今までの魔法の常識を覆すような事を平気で言うし実践もしてみせたが彼女以外に出来た人がいなかったせいで異端視された。
その説を唱えたせいで、何より彼女の有り余る才能が皮肉な事に自身の居場所を奪うことになり…紆余曲折を経て勇者のパーティに入る事になった。
この世界の常識を知らないからこそ素直に彼女の説を受け入れた勇者の元で彼女は研究を続けた。
私も珍しい属性だからと色々と実験をさせられたけど、それまで独力で身に着けざるをえなかった魔法の基礎も教えてくれた。
彼女と私の属性は違ったけれど、基礎は同じだからと笑っていた。
彼女の教えを受けて、確かに私の魔法の腕は向上した。とはいっても元が元なので大魔法とかは使えないまま。
それでも役には立った。
彼女はイメージが大切だといった。
イメージさえしっかりしていれば、例えば水の魔法の詠唱で火の魔法を発動させる事も出来ると言い、実際にやってみせた。
さすがに大魔法になると詠唱内容に引きずられるから無理としょげていたけれど、充分化け物扱いされる事をしていた。
こんな化け物が身近に入れば、周りにいた人たちはあらゆる意味で恐怖を抱いたはず。
それだけ凄いことをしてるのに彼女に自覚はなかった。
他の人も頑張れば出来ると本気で思っていたし、求めていた。
自分と同じ目線で世界を見る事の出来る人を。
理解者は他所の世界から来た勇者。
常識外れだ、化け物だと揶揄しながらも彼女自身を否定しない仲間たち。
ああ、ようやく分かった。
その事が嬉しかったから彼女は私も受け入れてくれた。
勇者を殺そうとした女を、本人の次にアッサリと。
よろしくねと笑ってくれた。
懐かしいと、薄情な事に今初めて思う。
今も昔も、私が気にかけていたのは勇者だけだった。
仲間だったから連携はとった。
その為にある程度のコミュニュケーションが必要だったから話もしてた。
けど…それだけでもあった。
あの時、私が死んだとき。
庇ったのは勇者だったから。
他の人だったなら…彼女だったなら咄嗟に庇えていた自信はない。
会いたいな。
生まれ変わって、前世の記憶を取り戻してから初めて思う。
彼女に、他の2人にも。
会えるものなら会いたい。
その時に自分が何を言うのかわからないけど。
少なくとも今死んだらそれは叶わない。
死にたくない理由を1つ増やして、気合いを入れる。
こんなところで、こんなやつに殺されてたまるか!
頭の中で彼女の教えを流す。
大切なのはイメージ。
あの平和な世界に溢れていたゲームやアニメは、私の貧困なイメージを補うのに役に立つ。
昔は目を閉じて視界を閉ざさなければ出来なかった魔法。
目から入ってくる情報が多すぎて集中を阻害していたためだ。
目を閉じているからこそ、命中力も低かった。
彼女の様に大魔法を詠唱無しでポンポン撃つ様な真似はきっと今回も出来ないだろうけど…口に出さないくらいなら出来る。
(神の力の強奪者たる…)
頭の中で昔さんざんなぞった言葉を辿る。
イメージは…黒い靄の塊を、相手の頭に被せる。
(我が行使する)
かつて彼女は言った。
成功の秘訣は信じる事だと。
失敗するかもなんて考えずに、成功した時のイメージだけを明確に思い浮かべるのだと。
「フェルミ!」
彼女の教えを忠実に守り、ついでイメージしやすい様に相手の顔をしっかりと視界に捉えて叫ぶ。
もしもまた彼女に会える様な事があるのなら。
忘れずにお礼を言わなければ。
…今の私が生きているのはあなたのおかげだと。




