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城へと戻る途中、案の定遅れだした私のせいで途中で空が赤く染まりだす。

せめて城門が見える位置まではとスピードアップするのだが、歩幅の差か、それとも体力の差によってか私と3人の距離は油断すると離れてしまう。

私の前を行くアオが気遣って振り向いてくれるのだが止まる事はない。

城下町といえど夜は暗い。

灯りは貴重なため街灯をあちこちに立てる余裕がないからだ。

夜でも営業している店――酒場などの明かりが漏れいるところもあるが、飲み屋街というのは大体固まっているので酔っ払いも増えるので治安はいいとはいえない。

大きな町だと気の荒い冒険者なども出入りするので女子供は用がない限りは夜はあまり出歩かない。

大の男でも場合によっては一人歩きは避ける。

明るいうちに戻るつもりだったらしくランタンなども持ち合わせていないらしい。

大抵の町では夜間警備の一環で夜回りなどもするのだが、日が沈んで直ぐにする事はなかったはずだし、夜でも問題なく行動できるほどの光量は期待できない。

ずっと走りっぱなしというわけではないが、徐々に上がり始めた息に本当に軟弱な体だと舌打ちしたくなる。

前世の体であればこれくらいの距離なら息を乱す事もなく、スピードだってもっと出たはずだ。

ようやく城の門が視界に入りだした頃には辺りは暗くなっており、私も限界が近かった。

ここまでくれば多少は足を緩められると思ったときだ。突然肩にかけていた鞄を引っ張られる。

ひったくり?と思い咄嗟に盗られまいと鞄をガードしたせいでバランスを崩してしまう。

「い…」

しりもちをついてしまい痛みに呻き声が出てしまうが疲れの為かそれすら途中で止まる。

相手も鞄を離す気はないようでずるずると後ろへ引っ張られ路地裏へと引き込まれる。

ここで鞄を諦めずにどうしようか?と悩んでしまったのが失敗だった。

鞄の中に入っているのは制服やスマホなどのここでは手に入る事のないもの。

今は必要なくとも帰れば絶対に必要となるもの。

一瞬迷って、大きな声をだそうとするが息を吸った途端に空気が一気に喉に触れ咳き込んでしまう。

「ゲホッ、ゴホ…」

1度咳き込むとなかなか止まらない。

犯人もうるさいと思ったのか口が塞がれてしまい更に苦しさが増す。

そのまま上半身を抱え込まれた格好になりズルズルと奥へと引き込まれていく。

片手は自由になるので口から手をどけようとするが相手の力が強くて無理だった。

ここに防犯ブザーなどがあればアオたちに居場所を知らせる事も出来たのだろうが、そんなものもなくろくな抵抗も出来ずにされるがままだ。

せめて履いてるのがローファーだったらわかりやすく道に転がして置くことも出来たのに!

遠ざかっていく道に内心でギリギリと歯軋りをする。

助けを呼ぶのは難しいという判断をすれば返って冷静になれた。

荷物だけでなく私自身も売り飛ばす気なのかもしれない。若い女というだけで需要は上がるし容姿だって平均ではあると自負している。売り場所さえ間違えなければそこそこの値で売れるだろう。

なら少しでも体力を温存して逃げ出す機会を窺うべきだ。

抵抗を完全には止めず、けれどその体力も気力もなくなってきた…という演技をして相手の油断を誘う。

単独犯ならば隙を見つけるのもまだ楽なのだが。

街中で人を攫って売るという行為を考えると複数犯の可能性が高い。組織だって動いていても不思議ではない。

商品に傷をつければ価値が落ちるので大人しくしていれば無闇に殴られる事もないと思うし。

…という楽観視が悪かったのだろう、元いた場所からそれなりの距離を移動した頃に急に体を離され背中を打ってしまう。幸い頭にダメージがいかないように咄嗟に頭を庇えたのは我ながら誉めたい。

背中は痛いが自由が戻ってきたので立ち上がって後ろを振り返る。鞄は遠心力を使って振り回せばちょっとした武器代わりになると思い手離さない。

元の場所に戻るのは無理でも、もう少し広い道に出れば人もいるかもしれない。

引きずられながらも道順は確認したし、途中で忘れても城と協会の位置は広い通りに出ればわかるから逃げる時の目安に出来る。

建物の影に隠れてしまっているので、例え昼間であってもこの場所は暗いだろう。

街灯がないぶん月の光は良く通る。新月でないなら人の顔の確認くらいは出来た。

体格や手の大きさなどから男――それもある程度鍛えた者――という予測を立てていたのだが…犯人はまさかの人物だった。

この“まさか”は“まさかこんなバカな真似をするなんて”という呆れの“まさか”である。

「…まじょ……」

気味の悪いにやけ顔でそう呟いたのはあの失礼な兵士。魔力の属性検査の時に人を魔女呼ばわりしアオに護衛役から外された男だ。

男の目は憎悪と喜悦でギラギラと光を放っている。

その目を見て…向けられる悪意に。


ゾクゾクとしたものが背筋を駆け抜ける。


その正体は恐怖か。それとも歓喜か。

あの平和な世界では絶対に味わう事の出来ない懐かしい感覚。

久しぶりすぎて断定は出来ないが、兵士から向けられているのは“殺意”に間違いはない。

私達と同じくお忍びなのか、それとも職務時間外だからかは知らないが兵士の服装もごく一般的な軽装。ただし腰には剣を下げている。

思わずブルリと体が震えたわけは…いわゆる武者震いかそれとも恐怖か。

前世でなら間違いなく前者といえるが、現世では初めて向けられる類のものに体が勝手に反応しているとも考えられる。その場合いつも以上に体の動きは鈍くなる恐れがある。

意識してゆっくりと呼吸をする事で緊張を逃がす。大丈夫、修羅場なら何度も潜ってきた経験がある。頭の中だけでも冷静でいろ。。

自身に言い聞かせると同時、自分と相手との位置関係を確認する。

今いる路地から1番近い道までの距離は50メートルほど。全力で走っても追いつかれる可能性が高い。相手は曲りなりとも兵士。今の私より身体能力が低いという事はない。

前世では文字通り秒殺可能程度の実力しか持ち合わせていない――昔と違って見ただけで相手の強さを量る事は出来ないので偏見であるが――しかなくとも脅威となる。

せめて油断してもらった方がやりやすいと、警戒と怯えの表情を顔に乗せる。

そろり、と意思通りに足が動くか確かめると同時、少しだけ後ろに移動する。

ここに来るまでに右右左と道を曲がったから城に戻るなら逆に辿ればいいが、素直に道を辿れば追いつかれるか回り込まれてしまう。

地の利は相手にあるが、なんとなくの方向くらいは私にも分かる。

頭の中に地図を思い浮かべる。50年前のものだが無いよりはまし。

間違って歓楽街に迷い込むわけにはいかない。

人はいるだろうが、その分やっかい事の対処は金で解決する事が多いしスルーもされる。自分の益にならない事に積極的に関わろうとする者は少ない。

スマホ…は鞄の中。

大きさの都合上ポケットに入れる事が出来なかったからだが、ボイスレコーダーならある。

今後の為にも証拠はないよりあった方がいい。

「…ずいぶんと奇遇ですね、どうしてこんなところにいるんですか?」

スイッチを入れ、録音が開始されただろう時間をとってから話しかける。

答えずにニタニタと笑っているのだから、奇遇ではなく狙ってたのは間違いない。

自分が絶対的に有利であると確信し、弱者を見下すその態度にイラッとする。

「私…アオくんと逸れたみたいだから戻らないと」

無理やり連れてこられたのは明白だが、様子を見るためにあえて言ってみる。

トランはなんと言ってたか…。

先代の勇者パーティを祖父に持つ貴族の子息。

騎士ではなく兵士という事は父親の爵位はそこまで高くないのかもしれないが“英雄の孫”という肩書きは大きい。おそらく兵団の中でも扱いに困っていただろう、無駄にプライドが高いので平民出身の同僚をこき使ったりとかはありそう。

確かこの国では騎士団に入れるのは各爵位もち貴族の長男次男まで。後は武勲を上げるかよっぽど優秀な人材に限られており、三男以下は例外でもない限り一般兵士からのスタートとなる。

そもそも貴族にとっては跡取りの長男、スペアの次男以外の扱いは軽い。

有力な貴族と縁続きに使えないのなら当人が優秀でない限りは不要。むしろ不祥事でも犯せばやっかいものとして処分される事がだってある。こいつはその類になる可能性が高い。

「…アオくん……」

心理戦は得意じゃない。

長期戦も苦手。

作戦の立案は得意な者に任せて私は必要な事を問題なくこなす仕事をしていた。もちろんトラブルはあるし、1人で全てをしなければいけない事もあった。…なんとかなったのは力で賄っていたから。

一応見習いの時に個人の適正を見るために触りくらいは習ったがそれだけだった。

「それは勇者様の名か?」

兵士の問いに偽名を決めた時はもういなかった事を思い出す。

「勇者様は名乗られたのか?」

声に怒りが滲む。

怯えたフリで少しだけ後退する。

「俺には名乗れないといったくせに!あの平民には名乗ったと!?」

選民意識丸出しの叫びに人としての高感度は向こうの方が高いと心の中で毒づく。

そもそも、私がアオの本名を知っているのは当然。この場で咄嗟に出てしまったとしても不思議ではない。

今回の政界は単なる偽名設定ですけどね、教えてあげないけど。

「全く今回の勇者様は見る眼が無い。

先代勇者と共に魔王を討伐した騎士を祖父に持ち、実力も高く帰し団長からの信頼も厚い俺を遠ざけるなど…」

ブツブツと自分を持ち上げつつアオを貶す言葉を放つ兵士。

既に突っ込みどころが満載である。

その騎士団長がその職に就けるだけの人格と実力を兼ね備えているのなら血筋だけは立派なこの兵士の扱いに困った事だろう。

自慢だか愚痴だかを延々と呟く兵士から徐々に距離を取る。出来ればダッシュで別の路地裏に逃げ込めるだけの距離を稼ぎたいがあまり間を空けてしまうと気付かれてしまう。

「何より理解出来ないのはお前だよ、勇者様は何故こんな取るに足りない小娘を気にされるのか。

婚約者だと言っていたが魔王を退治し世界を救った後ならば、もっといい女を選びほうだいだというのに」

そういうところだといいたい。

そんな考えの持ち主だからお前がアオに信頼される事はないのだと、側に置きたくないのだと…説明しても無駄だろうけど。

「きっとお前が勇者様を惑わしたのだろう?

闇の魔法を使って。…なぁ魔女?」

出来るわけがない。

確かに闇属性の魔法には状態異常を及ぼすものがあるし、精神に影響を与えるものもある。

代表的なものだと魅了の魔法。

高ランクの術者が使えば自分の思うとおりに他者を操る事が出来るという。しかも本人は自らの意思で行っていると思っているので操られていると疑う事もない。

それだけ効果が強いものだと条件も厳しくなったはずだが、低ランクである自分に高ランクの魔法が使える事はないからと発動条件など真面目に勉強した事はない。

光と闇の高ランクの魔法は使い手も少なく情報自体が貴重となるので尚更。

ただ高ランクの魔力を持つものは抵抗力も高かったはずで魅了の魔法にもかかりにくい。

おまけにアオは光属性。

光属性の抵抗力は他の属性よりも高い。


だいたい予想はしていたとはいえ自分の属性やランクを知ったのは公式的には今朝が初めてになる。もちろんまだ1つも使えない状態。それでどうしてアオに魔法を掛けられるというのだ。

コイツは“そうであったら良い”という妄想を私に押し付けているだけだ。




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