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護衛の役目は勇者の護衛であり、そのついでに私の護衛である。
つまり私とアオが離れれば優先されるのはアオの警護。
護衛本人は少し迷った様子を見せたが、予め優先順位を言い渡されていたのだろう結局は教会内に残る。
ただアオが私に対して過保護ぎみなスタンスは崩せないため提案はしてくる。
「あの、ツキちゃんの方に…」
「大丈夫だよアオくん。…この子達も怖がっちゃうし」
子供たちを見回せば最年少がシスターにしがみつく。うん、いい反応。
「教会内なら危ない事もないですよね?」
ついで神父に確認を取れば否定も出来ず頷くしかない。
「じゃ、行ってくるね」
「うん。気をつけて」
というパフォーマンスをしてから奥の扉を通って中庭に移動する。
さ~て、何の遊びにしましょうか?
出来るだけ話しが出来て、かつはたから見て不自然でない遊び。
この世界での子供の遊びに私は詳しくないので同じ様な遊びがあるかもしれないけど…それでも構わない。
遊ぶのではなく話す事が目的なのだから。
見た感じ見張りはいない様だけど念のために。
よし、あれにしよう。
「じゃあ今から“だるまさんがころんだ”という遊びを教えるね?」
反応の悪い子供たちにサラッとルールを教えて最初の鬼は私がすると宣言しシスターにも参加してもらう。
協会から少し離れた木に位置どって後ろを向く。
まずは最年長からいってみましょうか?
え~と名前は…。
「だ~る~ま~さんがころんだ」
最初からフェイントを入れて振り向くとみんな僅かに動いてしまっていたが「スイくんうごいた~」と言って最年長の少年だけをこっちへ呼ぶ。
抵抗する事なくノロノロとやってくるスイは完全に私のお守りの気分だろう。
「じゃあ手をつないでね~」
楽しそうな雰囲気を出しながら手をつなぎ、耳元でボソッと呟く。
「神父って悪い人?」
時間がないので直球勝負です。
驚いた顔をするスイに笑顔は崩さぬままに今度は普通の声量でルールは覚えてる?と問いかける。
おずおずと頷くスイに更に「みんなも覚えてるかな?」と問いかければ先ほどよりもシッカリと頷かれる。
ここまで話したところで2順目に突入。
今度も動いた人がいたけれど、もうちょっとスイとお話したいので今回はパス。
「1番理解出来てる人は誰かな?」
「…ラナイ姉ちゃん」
裏に込めた意味を汲み取ってくれるスイは賢い。最もこっちの意図を100パーセント分かった上での返答とは限らないが。
僅かな希望を持ったのか、まだ諦めの方が強いが瞳には強さが戻ってくる。
「ラナイさん、私に説明してくれると思う?」
「…無理だと思う」
「そっか」
3順目。時間を稼ぐ為にゆっくりと「だるまさんがころんだ」と繰り返す。
神父に精神的にも支配されているという事かな?
逃げ出したいのに恐怖のあまり身動きできなくなるのは良くあること。
ただ証言を引き出せないとうかつに手を出せない。
そろそろ誰か指名しないと怪しまれそうなので、今度は本当に動いた子を呼んでみた。最年少のトウだ。シスターに促されて恐々やってくる。
「怯えてるの?」
「…みんなだよ」
その様子を見ながらスイの方を見ないまま問いかければ小さく答えられる。
「大丈夫だトウ」
近くまできたトウは不安そうに私を見上げてくるが、スイが声をかけて手を握る。
それで私とスイの内緒話はひとまず終了。後は普通に遊びを続けていく。
今回はツハがスイ達を解放し、次の鬼はトウになる様に調節する。
「ラナイさん!トウくんについててあげてくれますか?不安そうなので」
「え、ええ…。そうですね」
トウと一緒にシスターも遠ざけて再びスイと話せる状況を作る。
出来ればどんな事をされているのか聞き出したいところだけど…シスターが完全に信用できないとなると難しい。アオに話しかけようとしていたのは現状をなんとかしたいと思ったからだと信じたいが、それより神父への恐怖の方が強いと難しい。
自分達の身も安全とは言い切れない現在、いくら勇者といえど子供たちを助けて神父を成敗するという話にはたやすく持っていけない。
現代と同じく通報くらいしかできない。それだって上手く誤魔化されてしまえば警戒されるだけという結果になりかねない。
助けたいのなら慎重に証拠を掴まなければならない。
それとなくスイの隣をキープしつつ、それとなく話しかけてみる。
「時間掛かりそうだね」
「…ユユ、捕まりそうだね」
出された名前に女の子の中では1番年上の子に視線を向ける。
金髪碧眼。身なりは悪いが将来は美人間違いなしといった片鱗を見せる美少女だ。年はおそらく11か12。
なるほど、色々と需要がありそうな子だ。
「君は?」
「俺は平気」
一応聞いてみるが、素っ気無く返される。
「ユユはさ、青が似合うって言われるけど本当は白が似合うんだ」
年齢で線引きされているのだろうか?と考えている時に落とされた言葉。
「神父様は知らないんだよ」
意味が分からず思わず見返してしまう。
「あ、お姉さんうごいた~!」
その瞬間にトウに呼ばれてしまい、強制的に会話は終了された。
しまったな~、などと取り繕いながらトウとラナイさんの元へ。
苦笑しながら手を差し出されたので繋いで隣に立つ。
「…子供たちって、ここにいる子たちだけですか?」
「はい、少し前までスイより年上の子がいたのですが…働き口が見つかったので」
沈黙も気まずいので無難だと思われる会話を振ってみる。
「へぇ、良かったですね、どんなところです?」
この世界はまだ守秘義務という概念が薄い。個人情報なども聞けばある程度は答えてくれると踏んでの問いだ。
「ここよりずっと遠くの領主様の下働きに就く事が出来ました」
領主の下働き…それはまた当たり外れの大きいところだ。
良い領主の下であれば下働きでも充分といえるが…。
「それは凄いですね、どなたか紹介してくれたんですか?」
「神父様が見つけてきてくださったんです」
あの神父の紹介だとちょっと怪しいかな?
近く、例えばこの町で働いてるとかだったら話を聞きにいく事も出来たんだけど。
そこまで話したところでゆっくりと近付いてきたのはツハだ。
「き~った!」
少し楽しげに弾む声と同時に大きく手を振りかざしトウとシスターが繋いだ手を切り離す。
「トウ、10数えて」
言いながらゆっくりとトウから距離を取る。
次の鬼はまた私になった。
5回目の「だるまさんがころんだ」をしている途中でアオ達が呼びにくる。
最初よりは表情の柔らかくなった子供たちはまだ遊びたいみたいだったがお別れだ。
大した話は聞き出せなかったが、明るくなった表情は少し嬉しい。…見たところ怪我はないが服で隠れているだけかもしれないし、他の何かをされているのかもしれない。
「ツキちゃん、どうだった?」
「ん?…有意義な時間だったよ」
再び廊下を通って礼拝堂?に移動している途中でアオに含みを持った問いをされたので、こちらも含みを持たせて返す。
スイからの謎掛けは解けなかったので後でアオも交えて話す必要があるな。
「では僕たちはそろそろお暇しますね」
「お姉ちゃん!…あげる」
トランが帰宅の挨拶を神父に向ってすればソウが急に何かを渡してくる。
手に握ったそれを受け取るために手を差し出せばコロリと転がったのは…丸いくるみボタン?
小さなそれは袖口などに付けるものだろうか?
「ソウ?それはあなたの宝物じゃないの?」
「え?いいの?」
シスターの言葉に思わず聞き返してしまう。
ソウほどこのボタンに価値を見出せないので、もらうのには抵抗がある。
「うん。お姉さんに似合うと思うから」
似合うって…ボタンが?
「お姉さん、ツキって名前なんでしょ?」
やけに真剣な目で見てくるスイに、これもヒントなのだと悟る。
ボタンは紫色の布で包まれていて…ああ、そういう事か。
先ほどのスイの言葉の意味もようやく分かった。
「ありがとう、大事にするね」
ソウの頭を撫でて、1度スイに対しても頷いておく。メッセージは伝わったという意味を込めて。
「良かったな、ソウ」
「うん!」
私の手が離れた後、スイもソウの頭を撫でる。
微笑ましいともいえる光景だと思うのだが、神父が急がなくては…と追い出しにかかる。
「そうですね、長々とお邪魔しました。興味深いお話も聞けましたし有意義な時間を過ごせました」
「ゆ…いえ、アオさんにそう言っていただけて何よりです」
神父やシスター、子供たちに見送られ協会を出る。
「思ったよりも長居をしてしまいましたね」
「今から戻れば暗くなる前に着きますよ」
空を見上げたトランに護衛は明るく答える。
同じ様に空を見上げてみれば、まだまだ明るい様に見えるが直ぐに日暮れとなるのだろうか?
「そうですね、ただ日が暮れる前に着きたいので少し急いで下さい」
言いながら歩き出すトランの歩調は少し速め。…このペースだと着いていけるか少し不安だな。まぁ置いていかれそうになったら緩めてもらおう。
戦闘訓練の前に基礎体力作りが先になりそうだな、と露見した自分の体力のなさに溜息を吐く。
「…大丈夫、ツキちゃん?」
その溜息を見たアオが心配そうに話しかけてくる。
「体力ないな~って思って」
「これから付けていけばいいよ」
下手に隠すと返って心配させると思い素直に吐露すれば、実に前向きな言葉が返された。




