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外で護衛を待っている間、トランがチラチラとこちらを見てくるのを頑張って無視する。
どうしましたか?とか聞いたら負けな気がする。なんとなく。
おそらくいい話ではなさそうだし。ご飯前に祈らなかった事とか責められても困る。
祈るのを邪魔したり咎めたりはしないし、長くはないから待つけど…強制はしないでほしい。
「…あの」
「お待たせしました!」
私たちにとっては間がいい事に、トランがようやく何かを言いかけたタイミングで護衛が戻ってくる。
それに口を噤まざるを得なかったトランが何か言い出す前に出発しようとしたのだが…。
「すみません、お2人の口には合わなかったようで…!」
護衛がいきなり謝罪を始めてしまう。端的にいって営業妨害だ。
店の前で遠まわしにではあるがこの店の食事は不味いと言っているのだから。
「とんでもないです、美味しかったですよ」
とりあえず場所を移動したいと思いながらフォローするが内容としては嘘ではない。事実として城で出されているのと同じくらいの味だった。
私たちに出されていた食事が、どのランクの人達用のものかは分からないが…作っているのは宮廷料理人のはずだ。賄いを担当しているのが見習いだとしても最低限の腕を持っていなければ城が雇うはずがない。
それと比べても遜色のない味をしていたのだから及第点以上だと思う。
「しかし…」
納得できないでいる護衛をどうするべきかと考えるが、笑顔を浮かべたアオが近づいてきたので任せる。
「ツキちゃんの言うとおりです。美味しいお店の紹介ありがとうございます。
味の感想などは…時間も限りがありますし歩きながらにしましょう?」
暗にここでは迷惑になると告げると、護衛もようやくそれに気付いた様で教会へ向かって歩き出す。場所が教会だからか道案内の為にトランが先頭。その後ろに護衛とアオ。その更に後ろが私という順番だ。
「まず質問なんですが」
「はい…」
店からある程度離れたところでアオが切り出す。
護衛の顔色が暗いのは先ほどのアオの言葉が本心ではないと疑っているせいか…。
「スープの温度はあれが普通でしょうか?」
「…は?」
まさか味ではなく温度について聞かれるとは思わなかったらしく困惑の声を上げる。
「…熱かったのでしょうか?」
しばし考えた後に落とされた質問にあ~…そっちにいくかのかと思う。
熱いのなら冷めてから食べればいいだけだ。
しかし、思考がそっちにいくという事は、この国――下手をしたらこの世界の料理は私たちから見ると温い料理しかないという事か?
まぁ、この世界だって広いのだから熱い料理を提供する国だって探せばあるだろうけど。
「逆ですね、温かったので食べれませんでした」
「え?」
「え?」
護衛だけでなく前を歩くトランも疑問の声を上げる。
なお、アオもスープは残していた。
「僕が育った国での料理は熱いものも冷たいものも両方あり、その温度を大切にしていました。
熱いものは熱いまま、冷たいものは冷たいまま食卓に上ります」
その料理の温度は2人が想像する温度とはかけ離れたものだろう。
いつの間にか足も止まってしまっている。
「“味噌汁”…僕たちの国でのスープの呼び名と解釈してください。このミソシルですが沸騰直前の温度のものを椀と呼ばれる器によそって出されるので、かなり熱いです」
実際に食べる時の温度は低くなっているけど、冷めないように暖めたお椀に注いだりするし出された直後なら80℃は超えていると思われる。
「沸騰直前…」
ぼんやりと繰り返したのは護衛だ。
「その温度に慣れている僕たちからすると温くて…メイン料理で満腹になった事もあり残してしまいました。スミマセン」
「いえ、そういう事情でしたらこちらも配慮が足りなかったので…!」
軽く頭を下げるアオに護衛が慌てて取り成す。
「では城で出した食事は…」
「ぬるかったです」
トランの問いに間髪いれずに答える。
食事は基本1日3食取るものなので、それが毎食ともなると地味に辛い。伝える事で改善されるならぜひしてもらいたい。
衣食住をお世話になる身でアレだとは思うが、そもそもその事態を招いたのは自分達なのだからそれくらいしてくれよという思いもある。嫌なら家に返してください。
「…そうだったんですね、この件は報告をしておきます」
「ありがとうございます」
「…ただ、改善するとこの場でのお約束は出来ません」
予防策をキッチリと取っておくトランは交渉ごとにも長けていそうだ。
わざと確約しない事で要望が通らなかった時にこちらの心象は出来ると言われた時よりは下がる事はなく、逆に要望が通った時の感激度は上がるだろう。
故意か天然かはわからないが、それを“出来る”という事が意味を持つ。
トランはハッキリと味方とはいえないが、わざわざ無意味に敵を増やす事もない。
「話をしていただけるなら助かります、お願いします」
なので私も無理強いはせずにそれだけを告げた。改善しないようならいっそ拒否しようか…ぬるいスープはもう遠慮したい。
他に食事に対する不満点はないかと聞かれたが、城での食事はまだ1回しかしていないので判断が難しい。パッとでてくるのはやはり温度のこと。…探せばでてきそうだが探す必要もない。
「今のところは他にないですね」
アオがそう答えるのに便乗して頷いておいた。
食後の散歩というには結構な距離を歩かされる。
護衛は勿論、トランも歩くのが早い。
この世界での移動は一般人は馬車か徒歩かの2択が多く、街中という事もあり基本は徒歩移動。…つまり歩く距離が多く自然と速度も速くなる。
一方こちらは現役高校生といえど普段の移動は徒歩の時もあるが近場なら圧倒的に自転車が多く、歩きなれていない。
普段ならむしろ歩く速度は並以上ではあるが、ここでは遅い。
つまり何がいいたいかといえば…。
「大丈夫ですか?」
「…大丈夫です」
先を歩く3人に置いていかれ気味という事だ。すっごくプライドに触ります!
気遣って声を掛けてくれるトランに八つ当たりしない様にするのが精一杯だ。
なまじ前世の記憶があるものだから情けなさが込み上げてくる。
こっちに来て以下に自分の身体能力が前世と比べて落ちているのか…運動なんてせいぜい体育の授業でしかしてないし、その授業でも本気を出す事は少ない。基礎体力のなさが浮き彫りである。
今から鍛えても元もとのポテンシャルが違うので前世ほどは強くなれないだろうが、それでも体力向上に努めようと決意する。
少しだけ緩められた歩調にますますやるせなさが増すが、なんとか目的の教会に辿り着いた。
少し高い丘の上に建てられた教会は、通うとなると少し不便な位置にある。
特に城を挟んで反対側の地区に住んでいる者が来る事はあまりなく、近場に住んでいる者が主な利用者となる。
改修工事でもしたのか、記憶と外観は一致しなかったが正面に取り付けられたウィクリア教のシンボルマークは変わらない。
光を表す太陽と闇を表す月、そして空を表す翼が配置されたマーク。
丸い太陽の上を左向きの三日月が重なり、左右に翼が生えているといったマークは今の感覚からすると変じゃね?と思うものだが昔は一切疑問に思わなかった。気付いた時には当たり前にあったものなので疑問にも思わなかった。
満月ではなく三日月が採用されたのは分かりやすさのためだろうが、バランスを取るために満月になったら太陽より大きくなってしまうという不具合がでている。
あと翼も大きい。片翼が太陽より少し小さい程度なので合わせると太陽よりも大きくなる。
太陽と月はまだ分かるがなぜ翼――空をシンボルに入れようと思ったのかもわからない。案外バランスの問題の様な気がする。太陽と月だけだと地味じゃない?とかそんな理由。
私がボーッとシンボルマークを見ている事に気付いたトランが由来を説明してくれる。
太陽と月は光と闇――ルハーとナートスを表しており、空(翼)はウィクリアを表しているそうだ。
ウィクリア教のシンボルマークに使われている事からも光と闇はちょっと別扱いなんだよね、ウィクリアの次に光と闇が同列(実際には闇の方が下だと思っているものが多い)そしてその下に4属性とり扱いとしては同列。。
なぜこの順番かというと創造神であるウィクリアが最初に創造したのがこの二柱となるからだ。次に創られたのが4属性の神たち。
7属性の神が協力してこの世界を創造したと言われている。
なぜ無属性であるウィクリアのシンボルが空=翼なのかは不明。今の私の感覚だと翼=風なんですよねぇ。
ちなみに他の属性のシンボルは土が石、水が雫、火は良く見る燃えてるマーク、風は雲となっている。
風とあと土のシンボルマークって作るの難しいというのは良くわかる。
なるほど、と頷いてみるが興味はあまりないので掘り下げては聞かない。
トランもそれ以上は語る事なく教会の中に入っていくので後に付いていく。どうやら礼拝堂らしくウィクリア像(女性の姿に翼が生えている)が正面に飾ってあり、長椅子がいくつか置かれている。…規模からして50人くらいは座れそうかな?
祭壇といえばいいのだろうか?少し高くなった位置に教壇のようなものが設置されている。礼拝時はそこで神父が話をすると思われるが今は誰もいなかった。
「誰もいないんですね?」
「ミサがない時は奥で別の仕事をしていますからね、呼んできますのでしばらくおまちください」
そういってトランは奥にある扉からどこかへいってしまう。
…護衛だけ残されると気まずいんですけどね。下手な事を聞かれるわけにはいかないのでアオと話すのも躊躇われる。そもそも神父に用とかないんですけど。あ、でもトラン達の目的としては(私たちの)好感度を上げられる人に会ってもらう事だからなるべく大勢の人に会わせたいわけか。
…上がるかな?好感度。
勝手なイメージで悪いが聖職者って善人もいるけど極悪人も同じだけいるイメージなんだよね。
医者とか教職者と同じで“善人”であるというイメージが強いが所詮は人間、欲望と無縁ではいられない。罪を犯した場合はより悪いイメージがつくしなぁ。
真面目に職務についている人が多いのは承知だし、そこらを歩いている人だって善人、悪人いるだろうけど。力がないとあんまり大それた事はできないし。
暗殺対象になる事だってもちろんある。
個人の利権の為だったり、嫉妬や逆恨みを買ったり…ちゃんとしたというのも変だがそりゃ殺したくもなるよね、という理由だって中にはあった。
出世の為に依頼してくる人すらいたしね、請負ったけど。
依頼料さえキチンと払ってくれるなら暗殺対象の評判とか依頼人の評判とかあんまり関係はないしね。調べはするけど。
調査の結果、依頼料を踏み倒しそうな人は前金上乗せとかしてました。
開き直って反対にこちらを捕まえるとか証拠隠滅とばかりに殺しにくる場合は勿論返り討ちにしましたよ。あるいは相手に不利な噂をばらまくとかね。そこら辺は臨機応変に。
悪質な場合は本人ではなく身内に払わせる場合もありました。あんまりやりたくはないけど舐められっぱなしだと今後の仕事に影響がでるので。
守秘義務こみの依頼料金を頂いているので基本は依頼人を裏切る事はしませんよ、その辺りの評判は裏家業といえども必要なので。なお値切ってくる様な人は適応外となります。
なぜならこの守秘義務費から引いていくからです。




