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店の中に入ればより喧騒が大きく聞こえる。
店内は想像よりも広さがあるが、席と席の間は狭く移動がしにくい。おそらくは最小限のスペースしか取らない事で客数を増やしているのだろう。
カウンターは6席、テーブル席は4人がけと2人がけがそれぞれ4つだった。
「いらっしゃ~い、奥の席を片付けたからそこ座って~」
両手にお盆を持ち、その上に空の食器を積み上げ運んでいた少女が声をかけてくる。
軽くありがと~と答えた護衛が目線を向けたテーブルは1番奥にある4人がけのもの。
場所を確認し座席と座席の隙間を通り向かうが、ギリギリまで詰め込まれたせいで通路は狭く数歩の距離が遠い。
席についた時にはそれだけでようやく着いたという感想が浮かんでしまった。
まず私が奥に座り、その隣にアオ。
私の正面がトランでその隣に護衛といった並びで座る。
テーブルの上は食器を片付けただけの状態で、ありていにいって汚い。
今の私の感覚ではありえないと思ってしまうが、ここでは珍しい光景ではない。
「ごめんね~、今拭いちゃうから…」
と布巾片手に戻ってきた先ほどの少女がテーブルを拭きながら護衛へと声をかける。
「ワサキさん、今日は非番?」
「あぁ、知り合いの知り合いが訪ねて来るから何か上手いもん食わせてやってくれと頼まれてな、ここに来たんだ」
それはもう赤の他人では?
アバウトすぎる言い訳だが少女は気にした様子は見せずに「そうなんだ~」と流す。
「うちを紹介してくれて嬉しいわ~、どんどん宣伝して!」
テーブルを拭き終わった少女は、改めて私たちを見てメニューの説明に入る。
「今日はね~、豚を焼いたものと鳥を蒸してソースをかけたものがあるよ~、どっちがいい?」
材料の仕入れなどの環境により、どこの店もメニューを絞るのは普通の事だ。ここもそうらしく、簡単に説明をされる。
「どっちも味は保障するよ!」
「あぁ、ここのはどれも上手い!」
「ありがとう~」
それに護衛も頷いて請合った。
豚と鳥か~、鳥の方がアッサリしてるかな?蒸してるというし。
「え~と…では鳥でお願いします」
「じゃあ僕は豚で」
さっそく注文すれば隣に座ったアオが私が頼んだものと反対のものを注文した後に、こっそりと耳打ちをされる。
「もしも食べられなければ交換してあげるよ」
幸い、私もアオもアレルギーなどはなく何でも食べれるが…味の好みというものはある。
そういってもらえるのは助かるが、それがアオも苦手な味という事もありうるのだが…。
護衛だけでなく少女もニヤニヤしながら、私たち2人を見ているところを見ると単なる仲良しアピールかと納得しお願いと耳打ちし返した。
「仲がいいのね~」
我慢が出来なかったのか、少女がからかう気満々で話しかけてくるのをアオは「そうなんです、仲が良いんです」と恥ずかしがる素振りも見せずに肯定する。
「きゃ~!お姉さんあてられちゃった~!」
とノリ良く対応してくれた少女は次に護衛へと注意を向けた。
「ワサキさんは?」
「…そうだな、今日は豚にしよう」
「豚…ね、お兄さんは?」
「鳥でお願いします」
「鳥、豚2つずつね、飲み物はどうする?」
こういう定食屋に置かれている飲み物はビールに近い飲み物か、水に果実を絞って風味を乗せたものーー果実水――のどちらかが多い。お茶やジュースなどもあるところにはあるが、淹れるのに手間がかかるからか割り増し料金となっているのが殆どだ。なお水も有料である。蛇口を捻れば出てくるわけではないので。
「今日は果実水でいいよ」
構わないよな、と見渡してくる護衛に頷く。何が置かれているのかわからないしね、常連さんの判断に従う。アルコールではないだろうし。
「え~…ワサキさんが飲まないなんて、もしかして職務中?」
「いや、この後に教会に行ってみたいってこいつらが言っててな、さすがに酒を飲んで行くところじゃないだろ?」
「あ~…そりゃそうね~」
うんうんと納得する少女は、自分の問いに護衛が“非番”だとは言わなかった事には気付いていない。
…こういうところがこの護衛が油断ならないところだ。
嘘を吐くわけではなく、さりとて本当の事も言わずに上手に話題を逸らす。
そういった技量を持っているからこそ今回の護衛任務が割り当てられたのでは?と勘ぐってしまう。
人懐っこくみせてるのも作戦のうちかもしれない。気付いたら色んな情報が聞き出されていたという事にならない様に気をつけよう。
「今のがラアノちゃんで接客担当、主人がヨンスっていって厨房にいます。その奥さんのアンシが忙しい方を手伝っている…って感じですね」
客席はほぼ満席。時折空いてる席も先ほどまで客が居た様子が窺える。
客層としては護衛みたいなタイプが多いらしく、女性は少なめ。というか現在は私しかいない。そのため少し見られている気がするので居心地としては落ち着かない。
これだけの客を3人で捌いているのは驚きだが、常連客が多いのか客の方もフォローしているのがチラホラと見えた。食べ終わった食器やカップを厨房に運んでいる者がいる。それを「ありがとう~」と言って受け入れているところを見ると普段の光景なのだろう。
くるくると動く様子が意外とおもしろく、思わず少女を目で追っている間にこちらでは会話が交わされ始める。
「ワサキさんは良く来られるんですか?」
「5日に1回くらいは来てますね」
「なるほど、それでは味に期待ができますね」
「えぇ、おまけに安いですからね」
店の雰囲気のおかげか、はたまた護衛の気性ゆえか1度始まった会話は注文の品が届くまで途切れる事はなかった。
「おまたせ~」
1度に全員分の料理を運んできた少女はドン、ドンと私たちの目の前に料理を置いていく。
体力を使う者が多く利用するからか、それともこれが普通なのかボリューム満点なそれは少し食べきれるか不安になる量だった。おまけに小さいがスープも付いている。
湯気を立て美味しそうな匂いがして食欲をそそる。
「いただきます」
「いただきます」
「ヴィクリア様、本日も生きる為の糧を我々にお与え下さる事に感謝いたします」
さっそく食べようとするのだが、トランが神官らしく祈りだしてしまったので一時お預けとなる。
護衛は手にしていたナイフを置き、慌ててトランと同じ様に祈りだした。
それを毎回するかどうかは置いておき、祈りの言葉自体は知っている様で詰まる事もなくスラスラと唱えている。
私たち2人は知らないし、知っていても祈るかどうかは別問題のため終わるのを待つ。特に咎められる事もなく食事が再開された。
まず最初にスープから口に運ぶ。…うん、ぬるい。
見た目は湯気を立てて美味しそうだし、実際に美味しいのだろうが…いかんせん温度が足りない。
期待していたものではなかったからか、やけにガッカリ感が高い。
隣を見ればやはりスープを食べていたアオも微妙な表情をしている。
朝と違って人目があるため、愚痴をいう事も出来ず若干低くなったテンションで食べ進める。
メインの鳥はしっかり中まで火が通っていたし、あっさりとした味付けの肉に濃厚なソースを絡ませて食べると美味しかった。こちらの温度はあまり気にならない。
やはり問題はスープ…汁物なんだよなぁと明らかに減りが遅いスープを見て思う。
食事が始まるまでは和やかな雰囲気だったのに、今は微妙な空気が流れている。
チラチラとこちらに窺う視線を向けてくる護衛を無視し、食べ続ける。
メインで充分満腹になったので、それを言い訳にしてスープは残した。
全て食べ終えた後にトランと護衛はまた祈りを捧げ、私とアオはそれを見ながら「ごちそうさま」と告げる。
会計は護衛がするからと、私たち3人は先に店を出る事になった。
誤字脱字報告ありがとうございます。修正させていただきました。




