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ちょうど教会へ向かう方角にあるという定食屋は安くてボリュームも十分、おまけに看板娘がかわいいという事で兵士の間では人気の店なのだと説明される。
非番の兵士が食べに行ったり、昼休みを利用したり、見回りの途中に立ち寄ってみたり…最後のは大丈夫だろうか?と思うが慣例化しているので問題ないそうだ。正規服を着ている兵士が立ち寄る事で犯罪抑制にもなるそうで逆に感謝されると豪快に笑いながら護衛は説明する。
城から近いメインストリートからは離れた位置に建てられたその店は、確かに大繁盛らしく外まで賑やかな声が聞こえてくるが並んでいる人はいない。
「時間がかかるようなら別の店に行きましょう、ここほどではないですが他にもお勧めはいくつかあるんで」
非番の時ならともかく、就業途中で寄るには待ち時間が長いのは困ると近くにあるいくつかの店も開拓しているという。
「どこも混んでるようなら屋台もありますし」
確かに、メインストリートには屋台も多く昼時な事もあってか美味しそうな匂いが辺りから漂っていた。
呼び声も威勢が良く、自然と気分が高揚とするが人通りが多いので歩くのにはあまり向かない。
目的地に早く行きたいのなら1本裏に入った方が早く進める。
メインストリートが目に見える位置にあるため、治安面でもまだ安心できる。
今回は護衛も付いているし、なんらかのトラブルに巻き込まれるという事もないだろう。…あの兵士が付いてきたら場合によっては無用なトラブル起こしそうだが、今回の人は大丈夫そうだ。
先頭を歩く護衛は無防備に進んでいる様に見えて、実際は辺りにも私たちにも気を配ってくれている。
「あ、ツキさん。何か気になるもの見つけましたか?」
路地の1つを少し覗いてみれば、間髪入れずに声をかけられたところからも窺える。やはり良く見ているなと確認を終え足を戻す。
あいにく今の私には人の強さを見ただけで量る事はできず、護衛の力量は正確な判断は出来ないが…あの兵士より実力は上そうだと思う。あいつの強さも良くわからないけど、なんとなく。
「いえ、なんか猫でもいそうだな、と思いまして」
適当な言い訳を口にすれば護衛より先にアオが納得の声を出した。
「あぁ……ツキちゃん猫好きだもんね」
名前を呼ぶ前に変な間があるのは偽名に慣れていないというアピールのためか。
あだ名ではあるが、本名をもじってた呼び名なのでバレルのは避けたいという思いは共通だ。
こういう細かな演技が積み重なって信用させる事ができるのだろう。…せっかくの外出なのに色々と気が抜けない。
まだ先の話になるが一緒に旅する仲間は信頼できる人柄をしていてほしい。
実力も大事だが二の次だ。
24時間、常に一緒にいなければいけない相手に対して一時も気を緩める事が出来ないのはストレスが溜まっておかしくなりそうだ。
何人かの候補の中から選べという方式ならマシな人物を選ぶ事も出来るのだが。
いっそ2人で旅をするのもアリだろうか?
いや、少なくとも回復役は必要だ。
将来的にはアオが回復魔法も覚えてくれるだろうが、勇者を回復役にするのは勿体無い。やはりアタッカーとしての活躍をしてこそ勇者だろう。
ただ、私もアタッカーなんだよね。
前世での実力を取り戻せば途中まではアタッカー2人、時々アオが回復に回る…という戦法でもいいだろうが回復役がいて回復も出来る戦闘員がいるのでは勝手がまた変わってくる。
贅沢をいうなら後方支援や遠距離攻撃が出来る者が欲しい。
…こうして考えると先代の勇者パーティは実にバランスが取れていたと思う。
主に前衛の勇者と私。
中、長距離を担当するレンジャー。
後方から高ランクの魔法を唱える魔道士。
戦況をみて前衛に回ったり後方から援護する商人。と。
…最後の1人が戦闘向きとはいえない職業だが国民的RPGゲームでも商人っていたし。町とかでは無双してたし、トータル的に考えると貢献度は彼が1番だったかもしれない。
いや、でもレンジャーの野宿スキルもやたらと高かった。
なんだかんだで暗殺者として仕事をしている時よりも順調だったかもしれない。
暗殺者としては単独で仕事をする事も多く、ギルドから与えられる情報は依頼主からの提供だけ。
後は自分で必要な情報を集める必要があったから情報屋とは懇意にする必要もあった。互いに“良い顧客”でいれば相手から有意義な情報をくれる事もあった。
仕事の内容によっては同じギルドに所属するメンバー同士組むこともあり、その時はメンバーの能力や性格に合わせて役割分担をする。
その中には後方支援が専門とか、回復が専門とかもいた。最低限の戦闘能力はもちろんもっていたけれど。
特に回復専門はギルド内の怪我人の手当に回らせる為に何人か所属しているうちの1人は必ず本拠地にいるようにと囲い込んでいた。
現場に行かなければ本人が弱くても関係ないし、本拠地に帰れば直ぐに治療できる者がいるというのは心強かった。
戦闘能力が低くてもギルドに対する貢献は変わらないし、機嫌をそこねて肝心な時に治療を拒否されても困るという事であからさまに見下す者も私がいた時はいなかった。
…この辺りはうちのギルドは特殊だったのではないかと今は思う。
他に経理担当の者も居て、その人達も必ずしも強いわけではなかったし…ある意味で戦闘要員よりも立場が上のところがあった。
弱くても生き延びる方法が他に用意されている分、甘かったのかもしれない。
他のギルドの事情なんてあんまり知らないけど、実力至上主義のギルドは少なくない。
「つきましたよ」
昔を思い出していたせいで少々ぼんやりしていた様だ。護衛の声に急速に現実に焦点を合わせられる。
仕方のない事かもしれないが、こっちにきてから良く前世の事を思い出してしまう。
予備知識がないよりはいいのだろうが、こう頻繁にボーっとする様では問題だ。
今は護衛が付いているが、完全に信用できるとはいえない。それはトランに対しても同様で。
もう少し警戒する為に内心で気合を入れてから改めて店を見る。
戸が開けっ放しになっている店からはなるほど繁盛しているらしく、ガヤガヤと騒がしい様子が店の外まで洩れ聞こえている。
見たところ外で待っている人はいないが、中の席がどうかまでは分からず護衛が確かめてきますね、といって1人で店の中に入っていった。
店の外で待つことになった私たち3人。
暇なのでアチコチに視線をやった時に見えたのは入り口の側に立てられた看板だ。
木で作られたそれには骨付き肉とナイフとフォークがクロスした絵が描かれており、その下に書かれている文字は店の名前だろう。
この国ルガテルでは看板を出すときは何の店かハッキリとわかる様に国で決められているマークを描く事が義務となっている。
飲食店であれば先のマーク。武具屋であれば扱っている武器をデフォルトしたもの。多いのは剣と弓と盾などだ。
他に鍛冶屋であれば槌、場合によっては扱えるものの種類。鍛冶屋は何も武具ばかりを扱うわけではなく、生活に必要な鍋やフライパン、包丁など種類がある為だ。
店の名前や店独自のマークがある場合は国に決められたマークより下に、そして小さく書くならOKとなっている。
どうしてそんな事が決まっているかといえば、市民の識字率が高いとはいえないせいだ。
文字を習う時間があれば仕事をしないと生きていけないという者は普通にいる。
なんの店か直ぐにわかれば混乱する事も、あやまって不必要な店に入り無用な物を買わされる機会も減るだろうという商業で発達した国らしい理由がある。
違反すると軽くて罰金、次に営業停止、最後には投獄までありえるので守らない者は少ない。
やる事も特に無いので、おそらく店の名前であろう文字を読んでみる。
50年で大きく文字が変わるはずもなく、前世の知識を引っ張り出せば一応読むことが出来た。
“ヨウスの店”
おそらく間違いではないはずだ。
私が所属していたギルドでは文字も積極的に教えていた。いわく、契約時に不利な契約を交わさないため。
文字が読めなければ契約書には書かれている条件を相手がいわない、または相手がいった条件が外されている…という事がありえる為だ。
個人として損を被るだけならまだしも、ギルドまで損害がいかないようにという事前策の一環。
ただ契約書はワザと難解な言葉を使ったり、煙に巻くような物言いをするのでただ文字が読めるだけでは不安がでてくる者もいるので一応、依頼主との契約自体は本人がしなくとも良い事になっている。
その場合ギルドに手数料をガッツリ持っていかれるから覚えようとはするが挫折する者もでてくる。
諦めてギルドに任せる者や、主に事務方担当の相棒を見つけるもの、ギルドの手数料よりは安く請合ってくるメンバーを雇う者など対処法は様々。
私?
頑張って覚えたけど、不安な時はギルドに任せました。
手数料ガッツリ取られても大丈夫なくらいには稼いでいましたので。
…仕事として誇っていいものではなかっただろうけど、弱い者も必要とされる場があり適材適所な采配がされていた。
訓練自体も、死ぬかもしれないという目には何度もあったが訓練生の死亡率は低い方だったと思う。
暗殺者としての才能がない者は別の才能――回復役や事務方に回せる様に教育方針を変更していったと思うし。
残念ながらソッチでも才能がない者が生き延びる術はなく結局は死亡した者もいた。
それでも下手なところに買われて一生飼い殺しで搾取され続けるよりはマシなのではないかと…当時は思っていた。
一人前になりさえすれば、ある程度の自由は得られたのだから。
売られた子供の行く末の1つとしてはもっと酷いところもあった。
仕事をしている時に垣間見た地獄の1つに、自身が買われた先があのギルドでまだ良かったと思った事を思い出す。
「おなか空いてきたね」
うっかりと過去を思い出し暗い気分になっていると、そんな雰囲気を感じたのかアオが明るく声をかけてくる。
「美味しそうな匂いもしますしね」
トランが言う通り、店からは色んな食事の匂いがしており食欲をそそる。
「うん、早く食べたいね」
私も笑みを浮かべてそう答えた。
「もう少しで席が空くそうなので、中に入りましょう」
護衛が戻ってきたのはそれから直ぐで、直ぐに店の中に戻ってしまった護衛の後を私たちも追った。




