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多少の恥ずかしさを我慢すれば、無事にあだ名を仮名と偽る事ができたのは成果といえる。
うっかりと本名を呼んでしまう懸念も使い慣れたあだ名ならその心配も減るからね。
口にも耳にも馴染んだあだ名を公然と呼べるのは、今まで2人きりの空間以外では互いを呼ぶのにも他人行儀な呼び方しか出来なかったストレスがなくなったのが大きい。
とはいえ、最初のうちは互いの名をぎこちなく呼び合う事も忘れない。この名は本名とは関係ないですよ~というアピールのためだ。
そんな細かい演技が必要かまではわからないが、取れる手は打っておいた方がいい。
警戒を怠らないのが生き残るコツだ。
貴族達が使う表門ではなく、主に下働きのものや高級品ではない納品物(食料など)の出入りがされている裏門から町へと降りる。
こちらの方が人の出入りが多く、そのため初見の相手ではないかぎりチェックが緩い。
特に中に入るのではなく出る時のチェックはおざなり程度のもの。
「ん?ワサキ、お前急な任務が入ったとか言わなかったか?」
ただ今回は門番の兵士と護衛が顔見知りだった為か、ひやりとする質問をされてしまった。
護衛は嘘が下手なのかアドリブに弱いのか、あ~…といいつつ目を逸らす。
「クブシャ様にはわたし達の護衛に付いてもらっております」
それをフォローする様にトランが口を開く。
門番はトランを知っているのか「ポートミヤ神官様!」と緊張した声で呼んだあと敬礼する。…もしかしてトランってかなり地位が高い?
若そうに見えるが、確かに司祭の御付みたいな事してたし、ただの見習いでないならそれなり以上の職についている可能性は高い。
司祭と一緒の部屋にいた時の服が正装で、つまりはそこである程度の地位は窺えるのだが…教会内の地位による正装の変化とかそこまで詳しくない。というよりほぼ知らない。仕事の依頼が入らない限り興味のない、必要のない分野とか調べたりしないし。
「見習い2人をつれて、町にある教会の視察が目的です。
市井の者に紛れ正しい活動が行われているのか、万が一にも横暴な振る舞いをしていないか…などを見てくる予定になっております」
「そ、そうそう!そうなんだ!」
トランの言葉にコクコクと頷き便乗する護衛。
「そうなのか、大変ですね」
「これも神から任された行いの1つです」
と、実に神職らしい清廉さを持って頷くトラン。演技派である。
「お気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
にこやかに門番の兵士に頷いたあと、こちらを振り向き「参りましょう」と促してくる。
私たち3人はそれに続き、ようやく城から町へと出ることになった。
「これからどこに行かれるんですか?」
裏門から充分に離れたところでアオがトランに向かって訊ねる。
町に出るとは言っていたが、具体的にどこに行くかは聞いていなかった。
「そうですね、まずは教会に行きましょう。もしもはぐれてしまった時の集合場所としても使えますし」
にこにこと話される予定は最初から決まっていたものか、それともあの門番にそう言ってしまったせいかはわからない。
ただ、ああいってしまった以上、後から何かを言われない為にも行っておいた方がいい。
「…アオくんが勇者というのはあまり知られていないんですか?」
先ほどの門番がアオを勇者と呼ばなかった事に対しての質問だ。知っていれば態度も違っていたと思うし。
「勇者が召喚された事は既に知れわたっておりますよ。ただ顔を知っている者はあの召喚の儀式の場にいた者か直接接触された方に限るでしょうね」
「それは町の人たちにも同様ですか?」
「魔王が復活したという情報が入ってからは街中も暗い雰囲気が漂ってましたが、勇者召喚という明るい話題のおかげで活気を取り戻しましたよ」
続けてされたアオの質問には護衛が答える。
確かに最初の時に結構な人数が集まっていたので、あの人たち全員に緘口令を敷くのは大変だろうし、国家事業の一環としては何よりのアピールになるだろう。
他の国ではなく自国が勇者召喚の場に選ばれたとか…なんだろう、ますます国際大会などの開催地招致会議を思い出す。世界大会とか盛り上がるし会場の工事とかで色々と潤うよね。今回は場所が王宮内だったから新しく教会建てたりとかはなかっただろうけど。
前世での魔王復活も勇者召喚も、どっちも他人事でしかなかったので噂しか聞いてないしその噂の感想もふ~ん…で終わった。
魔王が復活しても急激に生活が悪いほうに変わることもなく、勇者が召喚されても生活環境が改善されたわけでもない。
おそらく勇者と直接の関わりをもたなければ、世界の破滅という意識もなく日々を過ごし、ある日急に魔王が退治されたってよ!という噂を聞いても抱く感想はやはりふ~ん…だったはずだ。
噂は流れるし、新聞という情報ツールはある。
ただリアルタイムの情報は回ってこないし、報道規制もしやすい。都合の良い様に捏造する事も世論を調整する事も可能だろう。
勇者は神の使徒であり、間接的に神が世界を救ったと教会の権威を世界中に宣伝する絶好のチャンスを見逃すはずがないし、その布石として魔王の復活の情報も流す必要がある。
ある日突然「魔王が復活してたけど勇者がもう退治したってさ!」という情報が流れても世界の終末という実感がなければ本当の事とは思わない。魔王の脅威に怯える時間が長ければ長いほど勇者=神のありがたさが身にしみる。
ただ、終末気分になりすぎ退廃ムードが漂うと真面目に生活する者も減り犯罪者も増える。
国にとっては労働者が減る=利益が減るという事だし、責任を教会に擦り付けたりもありそうだ。
よって、世界が滅ぶ系の噂は教会がコントロールする為に大きくなりすぎないように調節している。
つまり魔王と勇者は常にセットで登場させる。
魔王が復活したけど、勇者が倒すから問題ないですよ~、ただそれまでの間がちょっと辛いです~国民一丸となって乗り越えましょう~といったところかな?ここぞとばかりに税率も上げてそうだな~、前世の時はどうだったかな?
確か景気は悪くなってた気がするけど、私たちの仕事にはそこまで影響なかった。あ、でも武器の値段は徐々に上がっていったかも?
魔王が復活すると魔物も凶暴化するし数も増えるそうなので、自衛の為にも普段は武器を必要としない人たちも持とうとするからだ。
むしろ裏の仕事は増えてたかもしれない…。
良く覚えていないのは興味がなかったからだ。
元より国がどうなろうと、たいして気にしていなかった。
住みにくい国なら住みやすい国へと移住すればいいだけだから。
どんな国にだって暗部はあって、需要のある職についていたし腕もあると自負していた。
せいぜい最初の売込みが面倒くらいの認識でしかないし、自身の命にもそれほど執着していなかったように思う。
職業が職業だったし、いつ死んでもおかしくないと思っていた。…同時に死なないだろうという妙な確信も持っていたが。
ただ、惚れた男を庇って満足しながら死ねたのは上等の部類に入る死に方だったと思う。大抵は目的達成できずに、或いは逃亡中に死ぬことが多いのだから。
「ツキちゃん?」
「…なに?アオくん?」
前世の事を思い出していたせいか、何も言わないでいた私を心配に思ったのかアオに呼ばれる。
話はいつの間にかお昼をどこで食べるかに移っていた様で、教会に行く前に護衛お勧めの定食屋に行かないか?というものになっていた。
城は、ほぼ町の中央にあるのだが、その為に途中で昼を食べようとなったらしい。教会に寄ったら確実に遅くなるのでランチタイムに間に合わないそうだ。
ぼんやりと耳には入っていたのだが、注意力が散漫になっていたせいで頷けなかった。
「うん、私もそれでいいよ」
ぼんやりしていただけで異論はないので頷いておく。
なお、教会は町を挟んでほぼ外れの位置に建てられている。
というより城がほぼ町の真ん中に建てられている関係上、町の外れに建てられている教会まではそこそこの距離がある。
この国の教会は一般に開放されているものと、貴族専用の2種類があったりする。
1つは城の中に建てられた大聖堂。
こちらは立地が城の中という事もあり、貴族専用といえるし見目も立派である。
一応、城で働いている人なら礼拝に訪れる事も可能みたいだが、あまりいい顔をされないので訪ねる使用人は少ない。
城内部にある教会のせいで、そこに仕える神職の人たちもプライドが高いものが多いせいだ。
では一般の人たちはどこに祈りにいくのかというと、町外れに建てられた教会に行く。
少し高い丘の上に建てられたその教会は、何かあった時の避難所にもなるそうだ。
そういう使われ方をしたという話は聞いた事がないが。
まぁ、災害が起きたわけでもないしな。




