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タイトルを「元暗殺者は回帰する」から「元暗殺者の強制里帰り」に変更しました。
よろしくお願いします。
小さくノックの音がしたのはそんな時だった。
は~い、と返事をしたのはアオで、私に待つように目線で促した後に1人で部屋から出て行ってしまう。
ボソボソとした話し声は内容まではわからず、戻ってきた時には制服を手に持っていた。
「はい、ツキちゃんの分」
そういって渡された制服はブレザーとスカートのみでブラウス…と下着はなかった。
「ブラウス…と下着は洗濯してもらう事にした」
「…あぁ、うん。
そうだね、洗った方がいいよね」
僅かに顔を赤くしたアオは明後日の方を見ながら報告してきたので、私も棒読みで同意する。
ブレザーやスカートと違い毎日洗うものだし、ブラウスなら買い替えも可能だしね。…下着も同様だ。
しかし口に出されると恥ずかしいというのも本音。
アオは勿論だがあの兵士に見られるのも嫌だ。
確かめるのも嫌。
可能なら自分で洗いたかったが、それだと今度は干す場所の問題が出てくる。
…続けたい話題ではないので流すことにした。
「え、えーと…明日は属性検査だったっけ?」
「そ、そうそう。ツキちゃんは何がいい?」
無理やりな話題転換ではあったが、アオの方も乗ってくれる。
「私は…水か火かなぁ」
おそらく自分の属性は闇だとは思うし、その方が習得も早く使いこなせるとは思う。
ただ希望というなら水か火。
私じゃなくともパーティに使える者がいれば助かる。
なぜならこの2つの属性は生活における利便性が断トツで高い。
一家に1人ずつ水と火属性の者がいれば生活レベルが飛躍的に向上するし、安定性のある職の選択肢も増える。低レベルであっても、だ。
具体的にいうと水属性は“浄化水召喚アークヴォ・ヴォーカス” を。
火属性なら“種火召喚ファイロ・ヴォーカス”が出来ればいい。
電気も水道も、ついでにコンロもないこの世界では日常的に大活躍できるし、近所に1人いればラッキーなレベルだ。…本人に負担はかかるが。
井戸は勿論あるけれど、農業水やその他に使われるので、飲み水は別としているところが多い。
生水飲んだらお腹壊すよね~というアレだ。
では飲み水はどうしているのかというと…基本は水の配給所に取りにいく形になっている。
配給所には数名の水属性の職員が詰めているので“浄化水召喚”をしてもらい安全な水を分けてもらう。
住民は月にいくらと決められた使用料を払う事で水を得て、職員の給料及び施設維持費はそこから賄われる。
住民がいない時は寛いでいてもいいし、おしゃべりしててもいい。中には内職をするものもいる。…という自由さもあり人気の職の1つだ。
倍率は大きな町ほど希望者も多く、就職倍率があがり結果、質の良い職員になる。という循環も生んでいる。
ただ、コネ入社というものもあるので全員が全員というわけではないし、クズの温床になったりもするので自分が住む地区がどちらになるかは運になってしまう。
火属性も似たようなものだ。
水の配給所ほどは規模が大きくないところが殆どだが、種火の配給所という施設がある。
やはり月額いくらで契約し必要なときに必要な火を提供する。
他にかまどの提供もあった。
一般家庭には規模的にかまどを置けないところもあり、共同で使うかまどが設けられているところもあるが、より一般的なのは料金を払い、使わせてもらうというもの。
目的は全く違うがコインランドリーの様な使い方をする。
家から後は焼くだけといった状態のものを持ち寄り、焼かせてもらう。これはパンなどが多い。
水の配給所も種火の配給所も24時間というわけではないが、明確な決まりはないので地区によって必要だと判断した時間だけ開かれている。
職員が多いところでは朝早くから夜遅くまでしていたり、逆に職員が少ないと時間縮小したり…というように。
ある程度以上の富豪なら水番や火番として個人雇用したりもするので、統計的に就職率が高い属性だ。
なお、ブラックな職場も当然あるので実際に働いてみるまで判断できないのはどこの世界も同じである。
「アオくんは?」
「俺は闇!なんかカッコいい!」
光だとは思うけど、自分も問われたので問い返せば真逆の属性を希望されてしまう。
かつての私の属性は、正直戦闘映えする属性ではない。
基本が状態異常を引き起こす系なので物理攻撃系のものは少なく、また高ランクにならないと使えない。
あと加減が効かないのも特徴。
殺傷力がどうしても高くなるので殺るつもりならともかく、捕らえるのが目的なら低ランクの方がよっぽど使える。
侵入や暗殺などに有利となるものが多く、主に裏家業に就いている者から人気が高い属性である。
魔法についての希望を互いに語ったところで、先ほどの気まずい雰囲気がなくなったので話を戻す。
ブレザーのポケットからは案の定ボイスレコーダー(ダミー)が無くなっていたので報告する。
念のためアオのブレザーも調べてもらったが入っていなかった。
「…やっぱり、アレが目的だったのかな?」
「使い方がわかれば、色々と使えるだろうしね」
この世界で会話を録音できるものなど魔法も含めて存在しないはずなので、契約書が重要になってくる。
口約束は信用されないのはどこの世界も同じだし、証人がいても嘘を吐く場合だってある。
ボイスレコーダーが使えれば、私達の事だけでなく有利に働く事は多いだろう。
ま、ダミーだからいくら調べても録音も再生も出来ないけど。そもそも本物を盗られたとしてもイヤホンは私が持っているので再生は出来ない。
本物か偽物かもわからないまま最終的に壊して終わり。といったところか。
ボールペンは少し惜しい気もするが筆記具は他にもあるので構わない。
「ただ、それとなく探している…って事だけは伝えとこうか」
「偽物だって思われないために?」
「と、油断させるため」
「…確かに、あの王様なら油断してポロポロと迂闊なこと言いそう」
召喚された時の一幕を思い出し、アレがトップでこの国は大丈夫か?と思ってしまう。
他国相手でも迂闊さを発揮して戦争なり、不利な契約なりをしてしまいそうだ。
王や貴族連中がどれだけ不利益を被ろうと全く心は痛まないが、一般市民が一番とばっちりをくいそうで同情心が湧く。
やはり似た立ち位置の人の方が感情移入はしやすい。
かといって積極的に世界を救おう!という気にはならないけど。
あくまでも自分達の安全が第一。
旅にでればまた変わるかもしれないけど、今はとても思えない。
…さて、話す事は話し終えたし、髪もようやく乾いてくれたし。
そろそろ寝ようかな。
さすがに疲れたし、眠い。
しかし寝る前に髪を梳かさなければ朝が大変な事になる。
幸いサイドテーブルを漁ったところ引き出しにブラシが入っていたので使わせてもらう。
隣を見ればちょうど大きな欠伸をしていたところで…アオも眠そうだ。
「そろそろ寝る?」
「…うん」
声を掛ければ眠そうに頷かれる。
寝ている時に忍び込まれて荷物を漁られる事も考えられるが、相手の目的のものは手にしたと思われるし、これ以上私…というよりアオの心象を悪くする事はないだろう。
念のため荷物はベッドの横、サイドテーブルの近くに置きようやくベッドに寝転がる。
貴族用のためか寝心地も悪くはない。
「おやすみツキちゃん」
「おやすみアオくん」
就寝の挨拶をした後も同じ部屋にいるのは変な気分だ。
顔を見ていたら寝られなそうだと、アオがいない方へと体の向きを変える。
ふわ…と欠伸が漏れ、私の眠気も限界を訴えている。
少なくとも命の危険はないし…と前世の私が怒りそうな平和ボケした思考に促され眠りについた。




