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他に着るものがないので、とりあえず着替える。
汚れた服をもう一度着直さずにすむのはありがたいけど。いや、事前の確認を怠った私のミスだ。
幸い、盗られて困る被害はないし、制服は後からでも回収できる。
鞄は無事の様だが、どうせ中身は空だ。エコバッグに入れたままの中身を再び鞄に詰め直す。
録画…の確認は部屋にいってからにするか。
衣服が全部回収されているという事は“洗濯”という名目が使われるはずだ。
一声かけてからにして欲しいとは思うが、それ自体は親切心でした事です。物が無くなっても壊れても下の者がした事なので我々に罪はないです。なんなら実行犯を好きに罰して下さい。とか言われて責任逃れをする…というのがセオリーか。
責任の言及が出来たとしても弁償か、代わりのものの手配くらいで済まされるのがオチ。
召喚直後の王のやらかし案件の証拠がなくなれば、こちらの心象が更に悪くなろうが構わない。どうせ魔王退治の旅に出るしか帰る方法はないのだから…とか考えていそうだ。
アオの方はどうなったのだろうと、合流するために外に出る。
少し歩けば兵士と一緒にアオが待っていた。服装は私と同じようなものだ。
「ごめん、またせた」
少し時間をかけすぎたかと…慌ててかけより謝れば大丈夫だと頷かれる。
「その様子だと…君も制服盗られたんだ?」
「勇者様!その様な言い方は…!」
「持ち主の許可なく勝手に持ち出した場合、窃盗と呼んでも差し支えないのでは?」
「我々は勇者様たちのお召し物を洗濯しようと…」
「それも許可を取るべきだったのでは?
特別な技法を持って洗う必要性があるもので、それを知らない者が下手に扱うと2度と着れなくなってしまうものものはこちらにもあるのでは?
僕たちが着ていたものもそういった類のものです。なので直ぐに回収してきて欲しいのですが」
制服とか家で洗うと型くずれとかするしね。
特にこの世界では人力でぎゅうぎゅう擦って汚れを落とす事になるだろうし。
にこにこと怒るアオに兵士は私たちを部屋に送り届けないと何も出来ないと主張する。
「心配せずとも洗濯が開始されるのは明日になってからです。その前には勇者様へお返しできます」
「それでは僕たちも一緒に行くというのは?」
「それは…勇者様たちの行動にはまだ制限が掛かっている状態です。私の一存では決められません」
実にお役所仕事らしい言い訳だ。
調べる時間も欲しいだろうしね、何もでてこないと思うけど。
「行動の制限…ですか?」
アオの指摘に兵士がしまったという顔をする。本来なら私たちに知らせずに監視する予定だったという事か。
「僕は先ほどの“話し合い”の場でも言いましたよね?
“僕が世界を救ってもいい”と思う様に努力して下さいと。
アレは何も司教1人に向けてではなく、これから僕が出会い、関わるこの世界の人全てに言える事です。
…その中には当然あなたも入っているのですけど?サマ・ケウオチ」
名前を呼ばれ、ビクリと兵士が震える。
「それは、こういう事の積み重ねでどちらにも傾くものだと思いますし…出来れば“救ってもいい”ではなく“救いたい”と思わせてください」
「わ、わかりました」
顔色を青くさせた兵士は、ただ自分はどこに案内すればいいのか、出された洗濯物の流れを知らないのでまずは部屋に案内させて欲しい。
その後で責任を持ち必ず回収してくるので部屋で待っていて欲しいと訴えられた。
「…仕方ないですね。
今回はそれで構いません。が、今後2度とこの様な事がない様に徹底してください。
不用意に僕たちの荷物に触れず、許可を得ていない物の持ち出しは絶対にしないでください」
「は、はい…」
兵士に圧を掛け終わったアオはパッと雰囲気を変えると私に手を伸ばしてくる。
「じゃあ部屋にいこうか。君も疲れたでしょ?」
「…そうだね」
演技だと分かっていても、その変わり様に驚く。
幼馴染に俳優としての才能があるとは思わなかった。
一連の流れはパフォーマンスとしては充分な成果を上げたのは、萎縮した兵士を見ればわかる。
私に必要以上に甘くするのもその一環。
落差加減で更に効果は増すというものだ。
まぁ、もともと私には甘みが強い対応ではある。幼馴染万歳といったところか。
今度、案内されたのは3階にある客室だった。
内装が前の部屋よりも豪華になっているので、身分の高い――貴族用の部屋なのかもしれない。
手前にリビング、奥に寝室という構造自体は変わってないが、部屋自体の広さもこっちの方がある。…単に1人部屋と2人部屋の差かもしれないが。
寝室には寝心地の良さそうな、前の部屋のベッドより大きくて豪華なものが2つあった。
「つっかれたー!」
兵士がいなくなったので、遠慮なくベッドにダイブするアオ。
出来れば真似したいが、私の髪はまだ濡れたままなので躊躇う。湿ったベッドで寝るのは嫌だ。
なので鞄を足元に置き、腰掛けるだけにした。
持ってきたタオルで髪を拭きながら、やはり切った方が楽かと考える。
前世ではくせっ毛だった事もあり、伸ばすには向かない髪質だった事と、仕事に邪魔だという理由で短めにしていた。
せっかくの女性性なので、相手を油断させる為に町娘に化ける事もあったので、ショーットカットには出来なかった。髪の長さは女性性の象徴の様なもので、あまり短くすると目立つ。
職業がら下手に印象に残るのは避けたい。目立つのは厳禁だ。
「ツキちゃんは取られたの制服だけ?」
「と、ボイスレコーダーのダミー。
他は風呂場に持ち込ので」
「あ、やっぱり?
俺も鞄持って入ったんだけど、正解だった」
鞄ごとか~。
自分は避けた事をしていると聞き、ちょっと残念に思う。
まぁ、アオはエコバッグとか持ってないだろうし、盗られる可能性を考えれば判断は間違ってない。
実際、意図はどうあれ制服盗られたし。
「まぁ他は概ね希望通りになったかな?」
鞄からノートを取り出し、チェックをつけていくと保留部分もあるがほぼ叶っている。
第一希望は叶わなかったが、及第点ではあるだろう。
次にスマホを起動させ録画した映像の確認をしよう…として充電残量が減っていない事に気付く。
普段の使い方であれば夜になっていれば50%は切っている。
今日みたいな使い方をすればもっと減っていてもおかしくはない。
だが、現在の残量は92%で朝に確認した時と変わりがない。
表示機能の不具合?
古いものだと一気に20%とか減ったり、充電してても増えたりするが…。
そこまで古いものは使っていないし、昨日までは異常なく使えていた。
充電がほぼ出来ない今、目安となる充電残量の表示が信用出来ないのは不便だ。突然使えなくなるのは困る。
録画した映像はザッと確認した限りは問題なさそうだけど。
なお、脱衣所の録画映像では足元だけが映っているのが確認でき、確かにメイドの様だった。少なくとも兵士の足ではない。
あ、でも失敗したな。
鞄は録画できる位置に置いておくべきだった。鞄を漁ってる様子が取れていれば位置的に顔も撮れたかもしれないのに。
確認を終え、もう1度残量を見ても先ほどと同じ92%から変化なし。
「アオくん」
「なに?ツキちゃん」
すっかりベッドで寛いでいるアオに声をかけると、こちらを向いたのでスマホの画面を見せる。
「私のスマホ、充電が減ってないんだけど」
「え?」
覗き込もうとするが距離があるので、こちらから近寄り該当箇所を示せば本当だと呟き自分のスマホを確認し始める。
「俺のも減ってない」
ほら、と言ってみせてくるアオの残量は89%だった。
共に充電もせず1日使った後では大きすぎる数字だ。
「…どういう事だと思う?」
「壊れたとか?」
「2人同じ症状で?」
異世界転移なんていう絶対想定されていない事象に遭遇したのだから、壊れたとしても可笑しくない。
ただ、自分で確認できる異常がそこだけというのは可笑しくないか?
オフラインで使える機能は問題なく使えているという事実もあり、2人ともが同じ症状の壊れ方をするというのも在りえない気がした。
「じゃあ減ってない…とか?」
「夢のスマホじゃん」
充電せずとも使い続ける事が出来るとか、発売されたら絶対に買うわ。それこそ在りえないが。
専門家でもない私達に納得のいく説明が思い浮かぶわけもなく、残量表示は信用しない、なるべく使わない方向で。という結論になった。
その上で改めて先ほどの会談の映像をチェック。
特に条件の提示と承諾のシーンを実際にそれぞれ流して確認する事にした。
私のもアオのも声はキレイに録音されていた。
「画像は…やっぱりズレちゃったか」
だいたいの位置を目安で撮っていたので、私の場合は口元から首元ふきんよりも下を。
反対にアオは頭の方を映していた。
本人で通せるとは思うが、証拠としては弱いかもしれない。
良く似た別人です。と言い張られ味方するものが多数なら押し切られそうだ。
部屋の様子とか、あの神官や兵士の姿が映ってればまた違ったかもしれないが…部屋に入る前に映っていた兵士も顔は映っていなかった。
次があれば、もっと巧くやらなければ。
続いて私が撮った脱衣所の映像を見る。…事前に自分が撮影されていない事を確認し、問題の足が見えたシーンだけをアオに見せる。
「これだけじゃ誰か分からないけど…あの兵士ではなさそう」
と、同じ意見になった。
このメイドも単に自分の仕事をこなしただけで、特に探ろうとしたわけじゃないかも。
曖昧な情報しか得られず、これ以上は制服が戻ってきてからだな。




