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ーーわっと歓声が上がる。


混乱したまま周りを見回せば大勢の人。

中世ヨーロッパ辺りの時代を思わせる古めかしい服装の主はバラエティに富んでいる。

騎士、兵士、貴族に使用人…そして王様っぽい恰好をしている人と神官を思わせる人物。

神官の階級を表す色と信仰の対象を示す教会のシンボルマークには残念ながら覚えがあった。

2度と関わりたくなかったし、関わる事もないと思っていた。そのはずだった。


「ようこそ、勇者よ!」


高らかに王様っぽい…いや、実際にどこぞの国の王、もしくは王族の一員なのは間違いがない。

その人物が宣言すれば歓声がピタリと止む。

嫌な感じはますますもって現実となる。

そこを疑うことは過去の記憶によって出来ない。

現実逃避に意味などないのだから。


ぎゅううっと、痛いほどの力で手を握られる。

そこから手を、腕を辿って顔を見れば見慣れた幼馴染みの困惑顔が王を見ていた。


ああ、なんという事だろう…。


この人はまたも巻き込まれるのか…。

本来なら縁も所縁もない世界の為に、また心も体も傷つけられる事になるのか…。


深い、深い溜め息が1つ。


幼馴染みーー勇者ーーにしか周りの目がいってないのを確認してカチリ、スイッチを入れる。

召喚の反動でへたり込んでいたが立ち上がり王を見据える。人々の視線が初めて私へと集まる。

好奇、侮蔑、いるとも認識できなかった部外者がなぜいるのかという困惑。

手を繋いでいたから、自然と立ち上がるハメになった幼馴染みが庇うように前に出てこようとするのを押し留める。

悔しい事に背が足りない。

けれど、昔取った杵柄というやつで睨みつければ相手が僅かに引いた。

ついで小娘に気圧された事によって不快感が沸き上がってきたのだろう、叱責する寸前の口に自身の言葉を被せる。


「説明なんて一切いらない。

望む事はただ一つ。

今すぐ元いたところに帰しなさい」


傲岸不遜な態度に相手は思うところはあっただろう、けれど勇者である幼馴染みはともかく、ただの小娘たる私の事は別にいらない。むしろ居るだけで維持費がかかる(下手に扱えば勇者の心象が悪くなる)ので帰って貰った方がありがたいのかもしれない。


「むろん、貴女がそれを望むのなら我々はその願いを叶えます」

「つまり可能だと?」

「当然だ」


ああ、バカなヤツ。

心の中で嘲って、もちろん、とグイッと幼馴染みの手を引く。


「2人一緒に」

「な、なにをっ!」


これこそ正しい倒置法というやつだ。

そもそも何故、私が幼馴染みを置いて帰ると思っているのか。

慌てる王族に目線を据えたまま、更に言葉を紡ぐ。


「出来ないと仰る?」

「当たり前だ!せっかく呼び出した勇者を…」

「それはそちらの都合でしょう?

勝手に呼び出し…いえ、こちらの意思なく連れ出したのだから、これは誘拐や拉致と呼ばれる犯罪行為です」

「こむすめが何を!」

「ええ、そうですね。こちらの国ではどうか知りませんが私たちが籍を置いている国では私たちはまだ子供です。

子供を親、あるいは保護者の許可なく連れ出す事は例え子供の意思であっても犯罪と定義されます。

むろん、私達の意思によってここにいるわけではありません」


周りがざわつく中で高らかに宣言する。

己の正義に酔っている人達にハッキリと自分達がしている事は犯罪なのだと知らしめる。


「先ほど貴方は仰いました。“むろん、貴女がそれを望むのなら我々はその願いを叶えます”と。

ならば私は望みます。

私と彼、2人一緒に元の世界へ即刻の帰還を。

それとも出来ないと仰いますか?

つい先ほど、この場にいる全員の前で可能だと答えた事を撤回なさいますか?

虚実を口にしたと認めますか?」


一気に畳み掛けるが勝算は低い。

身分の高さと、ここは相手のホームであるうえ味方なんて1人もいない。いくらだって言い逃れが出来てしまう。


「…余が何を言ったと?」


やはりそう来るか、想定どおりで笑ってしまう。


「もの忘れがずいぶん激しいのですね、つい先ほどご自分で発言した事ですよ?

貴女は私たちを直ぐに帰す事が可能だと仰いました」

「いいや、其方の聞き間違いだ。

ここにいる皆がそれを証明するだろう」


そう言って周囲へと視線を向ければ、次々と頷く声が上がりザワザワと騒がしくなる。

その様子を見て満足気に笑った王族は勝利宣言をしてみせる。

ああ、本当に想定通りでタチが悪い。罪悪感の1つも持ってないのが尚更のこと腹が立つ。

しかし、此方は此方で彼らが知らない文明という利器を使う事が出来る。

何の勝算もなく、ただ警戒させるだけの行為なんて取らない。

それくらいなら一度は頷いて油断させてから逃げ出す方が楽だ。


「では私が貴方の発言をーー私を、ひいては私たちを帰せるーーという発言を立証したのなら直ちにその言に従ってもらえますか?

つまり、私と彼、揃って元の世界に、元の時間軸に返すと」


こっそりと条件を追加してみるが、ハッタリだと思っている王族はよかろうと鷹揚に頷く。…これだけで出来ると言っている様なものだと思うが。


「この場にいる皆様も、お聞きになりましたね?

この方は今、私たちを帰すと約束されたと」


何人かが野次交じりに同意の声を上げるのを聞き遂げてからスイッチを切った。

ブレザーのポケットに入れていたのはボールペン型のボイスレコーダー。

とある問題の証拠集めの為に持っていたもの。基本は音源をPCに取り込んで使うものだが、この状態でも備え付けのイヤホンで聞く事は可能だ。

皆の注目を浴びながら幼馴染に手に持っていた通学カバンを預ける。

ついでにコソリと耳打ちしスマホの録画機能を起動してもらう。

私の方もカバンを漁るフリをして録画をオンにしておく。

イヤホンのプラグを解体したボールペンに差し込みスイッチを入れれば鳴り出す音楽。

いっそうザワザワと煩くなるが本命はこれからだ。

カチカチと手元のスイッチを操作すれば一瞬の沈黙のあと流れだすのは先ほどの会話。


『説明なんて一切いらない。

望む事はただ一つ。

今すぐ元いたところに帰しなさい』


当たり前だが一言一句違わぬ言葉がレコーダーから流れる。

衣擦れの音すら拾うそれは先ほどと同じやりとりを同じだけの時間をかけて繰り返す。


『この場にいる皆様も、お聞きになりましたね?

この方は今、私たちを帰すと約束されたと』


最後まで再生を終えたそれを止めれば、さすがに顔が青ざめている。

ハクハクと口を何度か動かすも、何も言葉が出てこないらしい。


「たった今、貴方が私達を元いた世界に返すと言った事を証明して見せました。

お約束どおり、今すぐ返してくださいますね?」

「そ、」

「皆様の前でした約束を反故にするおつもりですか?

それとも最初から守るつもりもないと仰るのですか?--出来ない事を出来ると?つまり私達はモチロンこの場にいる皆様をも欺いたと仰るのですね?」

混乱して反論も出来ないうちに畳み掛け、王族の権威を損ねる発言をしたのかと追い込む。

勇者召喚がどの様な条件で行われるのかは知らないが、他所の世界で平和に生きているものを巻き込むのは金輪際やめてほしい。

もしくはゲーム感覚で軽く頷くようなヤツに任せればいい。

何が嬉しくて他所の世界の為に命を掛けねばならないのか…。

せめて選択権があるべきだ。


幸い、というべきかこの王族は余り頭の回転は良くないようだ。

このまま勢いに任せて突っ切ってしまおう。その後の対策も考えねばならない。

そう思ったのだが邪魔が入る。

ソッと王族に近づいた神官が耳打ちする。

王族がどこかホッとした顔で一歩下がると神官が代わりに前へと出てくる。


「初めまして異世界のお嬢さん。

申し訳ないが王はあまり召喚について詳しくはないのです、よろしければ私の方から説明をさせて頂きたい」


柔和な笑みを浮かべてはいるが、裏では子供2人騙すのは簡単だと思っていそうだ。

負けるわけにはいかないが、さっきの王に比べれば手強そうな相手だ。


「ただそれには少し準備が必要でして、どうです?

少し別室で休まれては?

その間にこちらも準備を整えます」


言ってる事は一見マトモ。

しかし罠の匂いがする。

けれどコチラも対策を練るべきか…。


結局、迷いを見抜かれ双方仕切り直しをする事になった。


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