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 引き上げられた場所は、私が流れてきた川に面する森のようだった。

 考える暇もなく、教育係の足元にすがり、必死で言葉を繋ぐ。


「あ、あり、がとう…ありがとう、し、死ぬかと思った…」


 ほっとしたと同時に、痛みがぶり返してきた。全身が痛い。ボロボロと涙が出てくる。寒い。震えが止まらない。

 みっともない。私は容姿がいいだけが取り柄なのだから、こんな姿を晒してはならないのに。

 そう思っても、気力で止められるようなものじゃない。


「ええ、助かりましたよ。まだ、死なれては困りますから」

「…え?」


 今、何と言った?

 呆然と見上げる私を、教育係は細い黄色の目で見返してくる。そこに笑顔はなかった。


「うえっ」


 何が起きたのか分からなかった。

 容赦なく腹を蹴られたと気付いたのは、地面に勢いよく顔を打ち付けた後だ。

 教育係は私の腕を掴み、引っ張ると首に手を添えた。

 一瞬だけ物凄い力で締め付けられ、醜い声が無意識に上がる。


「苦しいか?」

「ぐぇ…」

「止めて欲しければ話すことだ」


 力は込められていないが、手は変わらず私の首を掴んでいる。混乱しながらどうにか呼吸を繰り返し、恐る恐る質問する。


「味方じゃ、ないの?」

「私が?女神に選ばれた貴様の味方だと?くだらん時間稼ぎは寿命を縮めるだけだぞ。私の質問に答える時のみ声を出せ。でなければ…」

「ががっ…」


 また首を絞められる。

 ほとんど睨むように私を見下ろしながら、教育係は問いかけてくる。


「女神は、貴様に何を言った」

「し…知らなぐぎぇ」

「あの聖女は女神から力を得た。同胞に襲撃され救う余地のない怪我を負った弟王子すら完治させた、理に反した力。あの女に力があるというのに、貴様にない訳がないだろう。女神は、貴様らに力を与える際、何事かを吹き込んだ。そうだろう」


 何だそれ。どういうことだ。同胞って何だ。あの女の人はそんなすごい力を持っていたのか。知らない。そんなもの、私は知らない。


「な、何も、知らない…!女神なんか、見たこともないのに」

「…そうか」


 ぽつりと言い、教育係は手を離した。

 慌ててかじかむ手で首をさすり、ようやく気道を安定させられると大きく息を吸って、


「あ、え?」


 左の太もものあたりに、何かが刺さっている。

 ナイフだ。


「ぎ、あああああ!」

「女神の信徒は皆そう言う。捕らえ、拷問してもなお、女神に栄光あれと叫ぶ。何も漏らさず、自ら死を選ぶ。気が狂った連中だ。ああ…おぞましい!こんな奴らを、世界にのさばらせてなるものか、世界を正しい姿に戻さねばならない!」


 気が狂っているのはお前だろう。

 そう言いたいけれど、私の口からは痛みによる喘ぎ声しか出ない。

 痛い。血が、血が出ている。こういう時は抜いちゃダメなんだっけ。頭を上にして、横になる?思い出せない。聞きかじった知識は身に付いていない。痛くて思考がまとまらない。どうもできない。


「貴様は女神の使いとはいえ、異世界の人間。奴を絶対的に信仰などしていないだろう、と思っていたが…やはりどのような人間であっても女神は干渉し、誑かすことができると考えるべきか。なるほどな。極めて…悪辣だ。では次だ。あの女の力は治癒だった。貴様は何だ?」

「知らないって、い、言ってんのが、聞こえっない、の!?私は…知らない!本当に!何も!力だってない!あったら、さっき…使ってる!」


 やけくそになって叫ぶ。

 何で私がこんな目に、と、何度目か分からない思いが頭をよぎる。

 私は何もしていない。何も知らないのに、何で、私ばっかり。


「…まさか、本当に知らないのか?」


 動揺したように教育係が後ずさった。今頃になってそんなことを言われても、もう遅い。私の喉は未だうまく機能しないし、足は血だらけになっている。


「そうか。それはすまないことをした。では殺すのはやめよう」


 殺す気だったのか。本当に、頭がおかしい。こんな奴と一緒の城で生活していたなんて、恐ろしくてたまらない。


「私は真龍派の人間だ。女神教の者共は我らを、邪龍を崇める邪教の信徒と呼ぶが、我らから言わせれば、邪教はあちらだ。この世界は元より、龍によって支配されてきた。女神が現れなければ、今も変わらず人々は真の世界で生きていただろう。だが、女神は龍を滅ぼし、真理を歪め、自らにとって都合のいい世界を作り出したのだ。我らは女神を倒し、世界を本来の姿に戻すべく、活動している」


 お前の自分語りなんかどうでもいい。頼むから私の足を治療してくれ。そう言いたくても教育係は口を挟ませてくれない。

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