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「私のせいじゃない」
両手を握りしめて発言すれば、どよめきが生まれた。
意味が分からない。何故私は、こんな、裁判紛いのことをされているんだろうか。
城の大広間で、王らしき男が私の正面に鎮座し、王子、その弟とミサキが傍から私を見つめている。ミサキは弟に寄り添い、弟はミサキの肩に手を回している。あいつらはできてるらしい。
ミサキが発狂して数日後、突然部屋に押しかけた兵士に引っ立てられ、私はここに連行された。今は王から、何故聖女の役目を果たさなかったのか、尋問をされている。
「だが、使用人の証言によれば、そなたは自ら聖女としての職務を放棄したばかりか、あまつさえ女神を侮辱したそうだな」
その瞬間、傍聴人達が一斉に怒りの声を上げた。
ギャーギャーやかましいんだよゴミどもめ。私はんなことしてねえよ。捏造すんじゃねえよ政治家かよ。
「聖女の役目を全うするだけでなく、我が息子エドワードの心の支えともなったミサキ殿に対しても、手酷い態度をとったとか」
また怒声が響く。エドワードってのは弟の名前だったのか。ミサキが奴だけでなく、城の多くの人間に好かれているってことがはっきり分かる。やったねミサキちゃん、逆ハーだよ!
「…待ってください」
そのミサキが声を上げた。今まで浮かない顔で見物していたが、何か言いたいらしい。弟が制止しようとしてミサキに拒否される。弟は落ち込んだ様子だったがすぐに私を睨みつけてきた。氏ね。
「アンジェちゃん…答えて。あなたは、どうして彼らに協力してあげようとしなかったの?」
「そもそも何で協力しなきゃいけないんですかね?私被害者なんですけど」
「確かに、拉致みたいなものだったけど…彼らはそれくらい切羽詰まって、この国を救おうと躍起になっていた。そのことに、何も、感じなかったの?」
「…知らねえよ」
お前と私は違う人間だろうが。意見押し付けてくんじゃねえよ。
「知らないって…この国の人達がどれだけ苦しんで、どれだけ私達の力を欲していたのか、あなたは知ろうともしなかったんじゃないの!」
「苦しんでたら人をさらってもいいのか。じゃあ可哀想な過去を持つ人は人を殺しても許されるんですね!復讐とか、その典型ですよね!もしかしてざまあとか好きなんですか?」
「何の話をしてるの!?」
それはこっちの台詞なんだよ。
ミサキは苛立ったように頭を掻いて、ふと真面目な表情で問いかけてきた。
「…これで、最後にする。あなたには…愛している人はいる?」
「…は?」
「友達でも家族でも…あなたが信頼している人、もしくは、あなたを愛し、あなた自身も愛している人は、いる?」
何だ、それは。
「…何それ。え、自慢ですか?自分には愛しい人がいるわよって?お前みたいなクズとは違うって?イケメン彼氏持ってんだぜいいだろって、そういう話ですか?」
「えっ?ち、ちが、そういう意味じゃ」
「見下してんじゃねえよ」
ふざけるなよ。
「分かんねえのかよ。お前みたいなバカ女がモテると思ってんの?勘違いしちゃったの?」
「…な」
「だってお前ブスじゃん」
垣根が押し破られた。
傍聴人がどっと押し寄せてくる。
何度も殴られ、罵詈雑言を身に受ける。何とか顔は死守する。顔さえ残ってれば私は負けない。
美醜感覚イカれてんのかよこいつら。きめえな、オタサーの姫ってこういうのを言うのかな。
騒ぎは止まず、私が意識を失うまで続いていた。
気付けば、両手両足を縛られて、どこかへ積み荷のように運ばれていた。
何日も何日も必要最低限の水しか与えられず、揺れに悩まされ眠ることもできずに運搬され、ようやく降ろされた時には心身ともにボロボロになっていた。殴打の痕も治っていない。
馬車から引きずり出され、立たされたのは、雪の降る山の、崖際だった。
別の豪華な馬車から颯爽と現れた王子が告げた。
「お前はこれから罪人として、ここから突き落とされるのだ!」
「…え」
そんなの聞いてない。知らない。
「ふん、俺は初めからお前は怪しいと思っていた!俺に逆らい、あの聖女を傷付け、女神を愚弄したお前が許されることは、未来永劫ないだろう!」
「いや、いやいやいや、待ってよ。ここから?落ちる?死んじゃうって。何言ってんの?」
「だから、殺すと言っているだろう。自身の罪を悔い改めるといい、あの世でな!」
「たっ…」
言い切る王子に、寒気がする。崖の底を見る勇気はない。怖くてたまらない。声がつっかえる。
「助けてください…ごめんなさい、ごめんなさい、死にたくない、助けてください、お願い、お願いします」
「詫びるなら、あの世で女神にするんだな」
「ヒッ」
背中を押された。
ふわりと体が宙に浮き、直後、落下が始まる。
「いやあああああああああああ!!」
悲鳴は崖下に吸い込まれていった。
凄まじい衝撃に、背中を丸める。水だ。崖の底には水が流れていた。
鼻と口から水が入り込んできて、息が止まりそうになる。冷たい。痛い。苦しい!
流れが早い。どうにか水面から顔を出して息継ぎをするのが精一杯だ。
溺れそうになる中、ちらりと見えた光景に絶望する。
流れの先には何もなかった。
つまり、滝だ。
今度こそ、命はないだろう。
「た…たすっゴボッ」
必死で叫んでも、助けは来ない。
誰も、私を助けには、
「掴まりなさい!」
咄嗟に縛られたままの両手を持ち上げる。
何かに引っかかった。
網だ。
少し流されるも、体は止まる。
ゆっくりと岸に引き寄せられ、私は地面に這い出した。
「危ないところでした」
上半身に絡まる網と手足の縄を解いて私を助けてくれたのは、教育係だった。