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長らく食っちゃ寝生活が続いている。
たまにメイドが部屋の掃除にくるのと風呂(大浴場だった)に案内されるくらいで、訪問してくる人は一人もいない。ご飯は三食届いているから存在は認識されているんだろうが。
私に自発的に動く気はない。
最初の日の夜に城を彷徨ったのはお腹が空いていたからだ。今は食事も十分だし、帰れないのを除けば不満もそんなにないので抗議もしに行かない。ドレスは着ないが。おかげで週二の頻度で服を洗濯される時は全裸で布団にくるまり乾くのを待つ羽目になっている。
部屋を出たら「お待ちしておりました!さあさあ国を救うため祈りに参りましょう!」と迎えられ旅立つ、なーんて墓穴を掘るかもしれないし、あっちから声がかからない限り私はここを離れるつもりはない。
やることないし退屈だけど、楽でいい。「楽しい」より「楽」の方が私はいい。
「スマホ君全然動かないンゴねえ」
独り言は増えたが、気にすることはない。
「早いとこお前らに会いてえなあ…」
無事に帰れたら、まず何をするか。決まっている、お前らに報告するのだ。そして「嘘松」と言われ顔真っ赤にして煽り合う。早くそうしてえなぁ俺もなぁ。
バタン!!
「ヒエッ」
ベッドでゴロゴロしてたら、乱暴に扉が開いた。
そこに立っていたのは、一緒に召喚された地味な女の人だ。名前なんだっけ、忘れた。
「…何やってるの!!」
開口一番怒鳴られた。えぇ…生理か?
「こんな、こんな大変な時に…どうして力を貸してくれないの!!あなただって聖女でしょ!?」
ヒスってんなあ。何があったか知らんが聖女の自覚芽生えたんか。よく見れば何やボロボロやんけ、乙。
「お願いだから…助けて!エドワードを死なせないで…」
エドワードって誰だよ。そんな奴知らねえぞ。
女の人は顔を伏せ、声を詰まらせる。おっ泣いとるんか?
「…いきなり違う世界に来たら戸惑うのは誰だって同じ。私だってそうだよ。でも、もう、慣れてもいい頃でしょ?」
何言ってんのか分からんが自分の物差しで他人を測るのはよすんやで。
「助けてよ…アンジェちゃん、あなたには、思いやりはないの?困っている人を助けようって、思ったことはないの?少しも?誰にも教わらなかったの?あなた、どんな人生送ってきたの…?」
…人格否定かよ。
「ミサキ様」
ああ、そういえばそんな名前だったな、この女の人。
ミサキの後ろからひょっこり顔を出したのは教育係だ。ニコニコ顔は変わっていない。何だ、笑う余裕があるってことはそんな非常事態でもないな?驚かせやがって。
「アンジェ様にはアンジェ様のご意志があるのです。さあ、こちらへ…」
「いや!ねえ、お願い!私の代わりに北の社へ行って!そこで祈りを捧げれば…」
は?代わりにって何だよ、押し付ける気かよ。絶対やんねー!クソして寝ろ!
「失礼しました、アンジェ様。それではごゆっくり」
ミサキを羽交い締めにした教育係が挨拶し、扉は再び閉ざされた。
大小はともかく、何かが起きているのは間違いない。
が、それがどうしたと言うのか。
私がここで静かに暮らしていても、何も言われなかった。誰にも咎められなかった。
たとえ私が何もしなかったせいで何か悪い事態が発生したのだとしても、それは私のせいではない。私に声をかけず放っておいた現地民が悪い。
私は何も知らされていない。それなのに責任を求められても困る。
エドワードだか何だか知らないが、そいつが死にかかっていたとして、何故私が責められなければならないのか、これが分からない。
私のせいじゃない。これだけは確かだ。