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フレディ視点です

「フ、フレディ!助けて!リアが!リアがいない!」


 だから親方って呼べって言ってんだろ、声量もう少し落とせ、ていうかお前も随分喋りが上達したな、そんな感想を飲み込み、俺は答える。


「リアなら俺の隣で寝てるぞ」

「ネトラレダアアアアア」


 意味の分からない奇声を上げながら、アンが眠るリアを奪い取る。乱暴に扱われたせいで目を覚まし、子供はあっさり泣き始める。


「あああああ、ごめんなさいごめんなさい泣かないで許して!許して!」

「お前ほんと大袈裟だよな…」


 泣かれる度に絶望的な顔をしている。リアが生まれてもう三年。いい加減慣れても良いものだろうに。

 そういえば夜泣きが頻繁だった頃はあのハリーがげっそりしていた。母と娘両方の泣き言を浴びせられて心身共に疲弊していたのだろうと察しがつく。

 子育てに慣れていないのか、子供に慣れていないのか、それともまた他に要因があるのか、アンは娘への接し方に苦悩しているようだ。母親の経験者として母様に、人体の幅広い知識を持つスタンリーに、かつて年下の子供と孤児院で生活していたクリスに、相談している場面をよく見かける。


 尤も、こんなのはあまりにも平和的過ぎる問題だ。

 かつて、ハリーが行方不明になり、リアが動かなかった状態の時のアンは、見ていられるものではなかった。


 アンは聖女だった。異界から女神によって呼び寄せられた生き物で、姿は俺たちと似ていても、中身は違う構造をしている、らしい。正直人体の構成には詳しくないから知らないが、スタンリーと父様が言うのだからそうなのだろう。


 聖女であるために、普通の人間のように生殖がうまくいかなかった。

 産み落とされた特殊な子供は世界に適応できず間もなく死ぬはずだったが、母様の力によって死期を延ばされ、その間にアンがもう一人の聖女を帰還させ、自身の力も失ったことで、子供を正常に誕生させることができた。


 といっても、アン自身が特別な能力を使役していたわけではなく、音声が自動で言語翻訳されていた程度の力だったとか。

 そのせいでアンは聖女でなくなったあと俺たちと会話ができなくなり、一時は筆談によって意思疎通を行なっていた。先に文字を学んでいたから、喋れなくなっても紙面の単語と音の言葉を一致させればいいだけで、すぐに習得できると思っていたが…そこは子分。なかなか上達しなかった。

 今でこそ違和感なく発音しているが、話し方は未だに辿々しく成長の余地がある。


 見える世界も一部変化したらしく、喋れるようになってからどんなもんなのか聞いたら「超美麗グラフィックのブイアールゲームもしくはアニメーションがチープな実写化に落とし込まれた時のファンの気持ち」と答えられて、意味が分からなかった。


「…それより何故、フレディのベッドでリアが寝ていた?」

「勝手に来たんだよ。居心地が良かったんじゃねえの」


 雪が積もるようになってから、庭での勉強会は実質不可能になった。故に俺の部屋が歴とした勉強場所となり、俺は一日の大半をそこで過ごすようになった。そのためいつでも部屋は暖かい。

 リアは人懐こい性格なのか、屋内をどんどん移動してあらゆる人々に可愛がられている。俺が特別なのではない。


「ふーん…お母さんは許さない」


 ぐずる娘を抱え、じとっとした目で睨みつけてくる。何考えてんだこいつ。


「…いいからさっさと仕事行けよ」

「育児が仕事」

「じゃあどっか連れて行けよ。ハリーはどうした」

「ハリーは今、あなたのお父さんと一緒に出稼ぎに行っている」

「ああ、もう出張の時期だったか…」


 父様は女神の一件が解決してから、母様のためと称して各地を飛び回り知人の賢者を訪ねている。「一緒にいてくれるだけで嬉しいんだけどねえ」と揺り椅子の上で母様が漏らしていたのを聞いてしまった以上、あまり気分のいい行為とは言えない。

 「エルフ」という、父様が長年憧れている種族の研究を並行して進めようとしているのも事実であるし。母様の力の一端にはエルフが関わっていて、そのために奴隷だった母様を買ったとか、倫理を度外視した実験材料にしてたとか、スチュワート(俺の亡き相棒)の日誌に書いてあったし。


 疲れたのかリアが再び目を閉じて規則的な息を立て始める。娘を静かに俺のベッドに横たわらせるアンに問いかける。


「お前はそれでいいのか」

「ハリーなら大丈夫。もしもう一回記憶喪失なったら今度こそ相手の女殺す」

「教育に悪いこと言うなよ」

「ヤベッ」


 安らかなリアの寝顔を見下ろして「聞いてないからセーフ」とほっと息をつく。やっぱこいつ語彙から叩き直した方がいいんじゃないか。




 ハリーが記憶喪失になり、瀕死のところを村の女に救われて家にやっかいになっていたことを知ったこいつは、女を殺そうとした。というのは本人の供述で、どこまで本気か分からない。

 しかし、当時のこいつは相当追い詰められていた。

 事実、女を石で殴ろうとした。その後ハリーに取り押さえられ、隔離された。

 その時は俺も子供だったのでどっちが悪いとか考えられずただ「ハリーが全てを忘れてしまった」ことに衝撃を受けていた。

 あの時の会話はありありと思い出せる。


「ほ、本当に何も覚えていないのか?」

「ごめん…」

「あいつのことも?あいつ、お前の奥さんなんだぞ。子供もこないだ生まれたんだ。でも一人できつそうで、今もそうだろ、混乱してるんだ」

「そ、っか…」


 重傷を負って、記憶も失っていたところを看病してくれた母娘。怪我が治るまで家にいていいと許可してくれた命の恩人。そこに襲いかかった仮面の得体の知れない女。敵意を抱くのは明白で、でもハリーがあいつを嫌うところなんか見たくなくて俺は必死だった。


「そう、混乱してるんだよ。誤解するな。悪い奴じゃないんだ。確かに、おかしな奴だし、運動神経ないし、物覚えも悪いけど、でも悪人じゃないんだよ。お前だって分かるだろ、相手の立場になってみろ!あいつにとったら、ようやく見つけた旦那の隣に知らない女がいて、娘にパパって呼ばれてて、予想と違ってお前は一人じゃなかったから、頭がメチャクチャになったんだよ。怒る気持ち分かるだろ?自分が大変なのに!ってさ、なあ?」


 支離滅裂で文脈もごちゃごちゃ、稚拙な訴えで、今思い出しても恥ずかしくて顔から火が出そうになる。

 しかしその必死さを汲み取ったハリーは「自分が悪い、あの子は悪くない」と受け入れてくれた。

 巡り合わせが悪いだけで別にハリーも悪くないが、そこのところはつつくと厄介だから何も言わないことにした。


 そうしてハリーは恩人に別れを告げ、屋敷に戻ってくることになったが、そこでもひと騒動あった。

 アンが勝手に父様と一緒に王都に行ってしまったのもそうだが、ハリーの恩人宅でも、だ。

 娘が納得しなかったのだ。

 聞けば、父親を病気で亡くしたばかりで、そこに雰囲気の似たハリーが現れたものだから、すっかりハリーを身内認定してしまったのだとか。それこそ本当の父親に対する不義理だと思うが、その娘は四歳。

 今目の前でぐっすり眠っているリアと同年代。

 こんな子供に道理を説いてもどうにもならない。

 そういうわけで説得するのに時間がかかり…最終的には謝礼を渡して半ば強引に別れを告げた。

 その後どうなったかは知らない。というかその騒動についても当時の俺は風邪を引きかけて屋敷で養生していたので実際に見たわけではなかった。


 話の大部分はリオから聞いた。記憶喪失のハリーに屋敷を案内したのもリオだ。「アンが戻ってくるまでに何としても記憶を戻そうという気概が感じられる」とクリスが言ったのを覚えている。


 結局アンが戻るまでに記憶は戻せなかったのだが…。


 まあアンも記憶喪失なのだし、ハリーのいたたまれない気持ちも経験者として理解できる、と思っていたら、アンは実は記憶喪失じゃなかったという件は笑い話で済ましていいのか、悩みどころではある。


 ハリーは一旦記憶を失ったが、アンが自分の秘密を吐露したのと同じ時期に取り戻した。

 その後、喪失に至った経緯を聞けば、

「アンへのお土産を買って山道を歩いていた帰り、瘴気が晴れず追い詰められていた女神教の兵士に不審人物と断じられ襲われて、崖から落ちた」

 らしい。

 これ以上関わり合いになりたくないのか、「でもこうして生きてるからそれでいい」とハリーは襲撃者へ報復を目論む様子もない。


 父様かスタンリーが聞けば、「女神教徒の短慮には呆れ返る」とでも言うだろう。

 しかし。瘴気、というものの正体は未だ不明だが、歴代の聖女がいた時代の例から見ても実害は出ている。土壌が悪化し、作物に異変を及ぼし、供給量が減る。食は生物の源だ。それが奪われるとなれば、人々の不安が煽られるのも当然である。

 神に縋りたいのは不安だからだ。

 その原因を根本から解決すれば、信仰を手放すとは言わずとも傾倒することはなくなるはずだ。

 女神の打破よりも、人間の世界を安定させる。

 そんな大それた目標を掲げるのは恥ずかしいから、誰にも言わないけれども。




「でも、私、あれは不可抗力だったと思う。同じ状況に置かれたら誰だってそうなる」

「そうだな」

「あれっやけに素直」

「あの時のお前は、何も悪くなかった。時期が悪かっただけだ。そうだろ」

「え、ええ、うん。ありがとう。急にどうした?」

「別に」


 ただ、思い出しただけだ。

 当時のこいつがどんなに追い詰められた風貌をしていたか、仮面を被って自分の姿を鑑みようとしなかったこいつには分かるまい。

 現在、アンは仮面をつけていない。顔は傷もなく、目の大きな異国めいた造形をしている。リアも母親似だ。「将来は美人さんになるわね」と母様はうきうきしていた。リアが大きくなった時、母様が存命であるのを祈るばかりだ。


「フレディ。今何考えている」

「お前馬鹿だなって」

「なんだと」

「リアは賢くなるといいな」

「当たり前。私の子よ?」

「…それはどっちの意味だ?」


 適当なやり取りをしていると、リアが突然目を開いた。


「ママ!」

「うおっ」

「ごはん!」

「あ、あー、もうちょっと待って」

「ぎゃああああああ」

「うわああああああ」


 泣き喚く娘を前にアンが頭を抱えてあやしにかかる。馬鹿だなあいつ、嘘泣きも見抜けないとは。見ろ、リアがこっそり俺に向けて片目を閉じているぞ。三歳でこれとは恐れ入る。


「ぎゃああああああ」


 いややっぱり本心かもしれん。

 俺はため息を吐いて教本を閉じ、本格的に子分の手助けに加わった。

次話で完結です

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