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クズはクズらしく死ね

 地下の祭壇、国一番の女神像の眼前で、ミサキは振り返った。


「じゃあ、さようなら、皆!」


 今から彼女は元の世界に帰還する。召喚された時とは違って供物は必要ないらしく、女神の力さえあれば一押しで彼女は姿を消す。

 周囲には城の人々が集まっている。また、城の外には、聖女が帰ることを聞きつけた国の人々がいる。

 彼女が国に惜しみない協力をしてきた証拠だろう。


 今の彼女はお別れも済んで重圧からも解放されたからか、実に晴れやかな顔をしている。取り囲む人の方がジメジメしている始末だ。


「ミサキ…貴女には、本当に世話になりました」


 弟王子、エドワードが一歩進み出て、揺れる声を出す。さっきまでも送辞の言葉とかやってたのにまだ喋り足りねえのか。


「こちらこそ、ありがとうエドワード。きっと、いい王様になってね」

「必ず。貴女と…彼が繋いでくれた命です。決して無駄にはしません」


 誰だ彼って。当人同士は通じているからいいだろうが、傍目からは何を言っているのか全く分からない。と思ったのだが、傍らの兵士が涙ぐんでいた。一般ネタなのか?

 でも大多数の兵士は「なんだそれ」って顔してるからやっぱ身内ネタなのだろう。


 そういえば、女神のせいで自我を消失していた巨漢の兵士の件だが、今この場に何食わぬ顔で王子の隣に参列している。女神の言う通り、しばらく休んでいたらある時突然正気を取り戻したらしい。女神と相対した時の記憶がないのと、「聖女ミサキ<女神」の過激派信者になった以外は後遺症もなくめでたしだ。


「アンジェちゃん」


 急に矛先向けるんじゃねえ。

 ビクッとなった私の周りからざざっと人が遠ざかる。やめろ異端扱いすんじゃない。彼が隣にいてくれてなかったら泣いてたぞ。

 ちなみに、この場にいる人の中で、仮面をつけたこの女が聖女だと知っているのはミサキと彼だけだ。私は聖女ミサキの後釜になるなんてまっぴらだし、ミサキも城への抑留を強要しなかった。


「本当に、親御さんに何も届けなくていいの?」

「ええ、まあ」


 あの人は私がいてもいなくても変わらない。

 手紙を書いたら、なんてミサキには言われたがそれだけは拒否した。今更何を伝えろというのだ。


 …だが、まあ。


「もし、会うことがあれば。私は幸せにやってるとでも言ってもらえば」

「分かった。必ず伝えるね」


 だから会うことがあればって言ってんでしょうが。

 既に彼女には私の実家の住所と母親の名前を根掘り葉掘り聞き出されている。圧倒的な忍耐力に負けた。一体彼女が私を母にどんな風に伝えるのか、恐ろしくて夜しか眠れない。

 私のいた証拠として、彼女の腕には、かつて私が召喚された時に身につけていた鞄がある(これまで城の物置に放置されていたらしい)。中には電源の入らないスマホ。

 もう私には必要ないから、彼女に託す。


「…じゃあ、さようなら、皆!」


 この挨拶聞くの何度目だよ。

 もう十回近いんじゃないか。


 けれどとうとう彼女は覚悟を決めたようで、「女神様、お願いいたします」と像に声を張り上げた。

 辺りが急速に白い光で埋め尽くされる。

 そうして…収まった時には、ミサキの姿は忽然となくなっていた。




『意志は固まったようだな』


 ミサキの送別会を終え。人々が撤収した後も、私は一人そこに残って女神を待った。

 女神もまた待っていたらしく、閑散としてからすんなり声をかけてきた。


 今日ここにいるのは、ミサキを見送るのと、私の魔力を解除してもらいにきたためだ。

 王都までは完全回復したロバートが送ってくれた(かつての所業を詫びたら「気にするな。貴重な体験をした」とあっさり許してくれて頭が上がらない)。


 旅には、ハリーも付き合ってくれた。

 彼は送別会には私と一緒に参加したが、今は、私の必死の説得に応じて席を外している。

 隣にいる、と言ってくれるのはとても心強い。でも、この先しばらくハリーが廃人になるのは本当に勘弁したい。


『あえて聞こう。お前はどちらを選ぶ?先ほどの女のように帰還するか、それとも、この世界に残り他の生命を根絶するか、魔力を取り除いて虚飾のない世界で生きるか』


 答えは決まっている。


「魔力をなくしてください」

『心得た。しかし…お前も役者だな』

「は?」

『気を悪くしたならすまない。だが、お前は…他者に伝えていないのだろう?魔力をなくしたとて、お前がこの世界にいることで生じる不利益について』

「……」


 別にいいだろ。

 新しい命が全部生まれてこないことよりはよっぽど影響がないんだから。


『勿論、お前の選択に口を出す気はない。が…聞いておきたいんだ。お前は、迷ったのか?悩んで、苦しんだのか?』




 女神から代替案について説明を受けた時。

 魔力を失えばこれまで見ていた世界が変わり、音が変わり、味が変わり、匂いが変わり、感覚が変わると言われ。

 これまで築いた関係を壊し、何が何でも帰りたくなるかもしれないほどの、不快な世界に陥るかもしれないと言われ。

 散々に、脅されて。

 私は、それ以外の…当人以外へのデメリットはないのかと尋ねた。

 女神は答えた。

『…そうだな、ある。だが小さなことだ。気に病むほどのものではない。異物のお前がこの世界にいる限り…世界は、歪みを抱える。具体的には…瘴気が晴れなくなる』


『瘴気とは、聖女を召喚する際の魔力から生まれる、副作用のようなものだ。それがあると土は腐り、作物は枯れ、風は瘴気を運び、水は淀む。これまでは聖女が祈りを捧げるという建前で各地の浄化を行い、一時的に霧散させていたが…』


『お前がこの世界で生きていくというのであれば、一時的に晴らすのも徒労になる。瘴気は聖女がいなくなれば自然と消えるものだが、お前はいなくならないのだからな』


『だが案ずるな。今すぐ世界をどうこうする類のものではない。お前が何千年も生きるなら話は別だが、せいぜい百年程度の命だろう。お前が寿命を全うしこの世を去れば、何の問題もなくなる』


 私がいることで、世界の環境に悪影響があるらしい。けれどそれは火急の課題ではない。要するに地球温暖化みたいな話だろう。

 だったら、いい。他の人にわざわざ教える必要も、ないはずだ。


 私はこの世界で、幸せに生きる。

 見知らぬ大勢の人間がその踏み台になっていたとしても。

 私はずっとあの屋敷の中で幸せに生きて、他の、外のものなんて気にしないで、好きな人たちに囲まれて過ごして。

 そして、幸せに死ぬのだ。




「悩みませんでした」

『…そうか。それならいい』


 女神は私を否定しなかった。

 聞く人によれば、怒る話だろう。私一人のために世界が歪む。でもそれがなんだっていうのだ。

「クズだって言うなら、他の人なんて気にせず生きればいいじゃないか」

 この言葉は、本来の彼のものではなかったけど。

 確かにあの時私を救っていた。


「やってください」

『ああ…しばし、眠っていろ』


 そうして、私はこの世界で生きて、死ぬ道を選んだ。







「****、**」


 上階で待っていた、濃い緑色の毛に夕焼け色の目をした大きなヒトが何か言った。

 何を言っているか分からない、と苦笑して首を振ると、彼は一瞬悲しそうに眉を下げた後、切れ端を渡してきた。


「おかえり、アン」


 ああ…良かった。ちゃんと読める。

 私は笑って、同じように書き記した。


「ただいま、ハリー」




 雪に覆われた古びた屋敷。鬱蒼とした森の中でひっそり佇んでいたそれに近づくにつれ、声が聞こえるような気がする。

 この世に生まれたばかりみたいな、泣き声が。


「子供の名前、教えてくれる?」と書いて渡せば、彼はすぐに返してきた。

 それに目を落として、私は、停車するのを待っていられず、飛び降りる。車体を引いていた怪物みたいな動物がいななくが、気にしていられない。

 柔らかい雪を蹴散らして一目散に部屋を目指す。


 子供が、泣いていた。


 私と同じ黒い髪、ハリーと同じ夕焼け色の目をした可愛い女の子が、全身を震わせるようにして泣き喚いていた。

 いつの間にかハリーが隣にいる。

 私は、彼に肩を抱かれ、止まらない涙をそのままに呼びかけた。


「生まれてきてくれてありがとう、リア」

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