聖女召喚されて追放されましたが幸せになれました・前編
某島国では成人までに交際経験のある割合は六割くらいらしい。
いつのデータでどの層相手に質問したのか知らんから信憑性はないけど、まあそんなもんだろう。
とにかく、今回で晴れて私も六割の仲間入りをしたというわけだ。
正直、自分が誰かと付き合うことになるとか思ってなかった。
男も嫌いで女も嫌いで、人間かどうかも分からない画面の先のお友達しか信用できなかった私。
幸せな結婚とかいう幻想なんざ上流階級以外にあるわけねえだろぶっ殺すぞと世界を憎んでいた私。
そんな私がこの異世界で優しい環境に恵まれ素敵な人に出会い愛(笑)を知った。
ま、「メンヘラで人生どん底でしたが私にも理解のある彼くんが現れて幸せになりました」ってやつだな。
正直不安だ。
ハリーが私を好きになってくれたのは、私がかろうじてボロを出さなかったからだ。
もし仮に心を読む超能力者がそばにいたら間違いなくこうはならなかっただろう、そのくらいの内面を抱えている自覚はある。
故に、この先もずっと、ハリーの前である程度の「善人」を装っていなければならないという状況に、プレッシャーを覚えている。
だって本性知られたら絶対嫌われるし。
聖女として迎えられたのに追放されるレベルだからな。
いやここの人達は底抜けに優しいから万が一バレても同情してくれる可能性はなきにしもあらずだけども…。
とにかく、私の本心を晒してはならない。
つまりは、これまでと同じ、嘘で塗り固めて誤魔化すということだ。
現状維持。私の揺るぐことのない目標である。
両想いになったってだけでド級の奇跡なんだから、この幸せを胸に粛々と生きていこう。
ハリーの告白を受けた次の日。
私とハリーはお休みをもらい、業務を放って一日一緒にいた。
いやいかがわしいことはしてない。そんな手早くねえよ、向こうも私も。
ただ一緒にいただけだ。
綺麗なお庭で、隣に座って、話をした。
私は記憶喪失の設定なので、自分の回想はできない。だから、主にハリーの話に相槌を打った。
ハリーは声で話せるようになったから、即レスが不可能のため今まであまり踏み込まなかった、過去の話を聞いた。
最初、ハリーはあまり話したがらなかったけど、その様子に私が「話したくないなら話さなくていい」と遠慮を見せたら「いや、話すよ」とぽつぽつ語り始めた。
ハリーの故郷は、女神教の奴らに焼き払われたらしい。
「目の前で親しかった人達が死んで…子供だった自分は両親に隠れさせられていたのに、悲鳴を上げてしまった。そのせいで自分を庇って両親が死んで…声が出せなくなったんだ」
重えよ。つーかやっぱ女神教とかクソしかいねえじゃねえか絶滅しろ。
「アンが襲われているのを見た時、今度こそ死なせたくないと思った。それが、声になったんだ」
一つ一つ噛み締めるように言って、ハリーは常の無表情を僅かに緩ませた。
私が女神教の兵士に殺されかけた時に、ハリーは意志を込めて「守る」と叫んだ。
私の存在でトラウマを払拭できたなら、良かったと思う。
ハリーの過去に戻る。
幼い彼はその後両親の決死の助けもあって命からがら逃げ延び、少女ヘレンと出会った。
ヘレンは、奴隷商人に捕まって馬車で輸送されている最中だったらしい。
ハリーもあえなく捕まって、あわやというところで、貴族の旦那に遭遇。旦那は何かを感じたのか、そいつらから奴隷を買い取って自分の家に持ち帰った。
しばらくは、雇用主ロバート、侍女ヘレン、小姓ハリー、それに教育役の老執事スチュワートを加えて平和な日々を送った。
だが、ある日ロバートの父親、家長かつこの地の領主に、ヘレンが真龍派の基地で育った娘であることがバレた。
ロバートは、ヘレンが真龍派に育てられた身であることを認知していた。
ヘレンの生まれを知ってからは、彼女の心身を研究材料にして、本来の研究に繋げていたのだという。
ハリーは「旦那様は優しいから」みたいな口調だったが、人体実験じゃないんかそれ。きな臭さを感じますねクォレハ。
ともかく。
そのせいでロバートは実家を追われ、家名を名乗ることを禁じられ、外に出る時は仮面で顔を隠すことが義務付けられた。
真龍派と関わったのにこんな広いお屋敷を与えられ外出も制限はあるけど禁止はされず、おまけに従者(ハリーとヘレン、それとスチュワート)も同行させてもらってるあたり、かなり甘やかされてんなと思う。
私が今まで会った女神教徒なんて過激派しかいないからね!
殺されてないだけでも寛容に思える。
そうして、ハリーのこの屋敷での生活が始まった。
穏やかな時間の中で、ロバートとヘレンが結婚し、フレディを妊娠し、お抱え医師としてスタンリーを雇い、フレディが生まれ、スチュワートが寿命で死に、有能執事の穴を埋めるべく料理人リオと執事クリスを雇い。
そして私が現れた。
ハリーは夕焼け色の瞳を細めて見つめてくる。
「アンと出会えて、良かった。こうして隣に居られるなんて、夢みたいだ」
それは私の台詞なんすけどね。
こんな善良な男が私みたいな奴に引っかかるあたり、世界の理不尽さを感じる。
今の私はずっと仮面をかぶっているし、昔でも顔以外は特に突出したものはない(中肉中背。女神降臨スレで足を称賛された過去はあり、まああいつらは晒せばなんでも盛り上がる)から、ハリーは本当に私の内面だけを鑑みて私を選んでくれたのだ。
騙されてんな〜。
「私もハリーさんと出会えて良かったです」
でも幸せならおkです。
ハリーは無口だ。
声が出せるようになってからも、それはあんまり変わっていない。
おそらく、慣れの問題なのだろう。
何かあるといつものようにメモを渡してくる。
私も、新鮮さもあるしできれば会話したいと思うけど、毎回「おしゃべりしませんか」と指摘するのも面倒になってしまったので、ハリーが語り出さない限りは筆談に応じている。
筆談つっても私は喋ってんだけどね。
私とハリーの交際によって、屋敷の人間関係にヒビが…なんてこともなく、普通に祝福されて変わらず過ごしている。
そもそも恋愛脳なのがリオくらいしかいないし他は既婚者か恋愛に興味ない奴らばっかりだから、何の支障もないのだ。
あえてあげるとすればフレディか。
あのショタは私とハリーがくっついたことで今までより絡んでくる回数が控えめになった。
あの傍若無人にも多少の遠慮はあったらしい。
つっても私は奴のメイド兼生徒兼子分なので関わらないわけにはいかないのだが。
それよりも問題なのはハリーだ。
何が問題かって?
ハリーがすごい優しい。
あと罪悪感がやばい。
元々ハリーはめちゃくちゃ優しいが、それに輪をかけて優しい。なんか柔らかい目で見てくるし会うと露骨に表情が明るくなるし距離が近いし私のお願いなんでも聞いてくれる。
…マジで理解力のある彼くんじゃねえか!
私の本性を理解していない(そもそも知らない)という違いはあるけども。
ううんどうしよう。
もしかしたらハリーだったら私の内面を明かしてもそのまま愛してくれるんじゃないかという誘惑に駆られる。
勘違いしちゃいそうになる!
毎夜ベッドの中でそんな悩みに呻きつつ、彼と交際してからあれよあれよと一年が過ぎ。
私はハリーと結婚することになった。