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更新大変遅れてしまい申し訳ありませんでした…!!


クリス視点です

「僕はクリス。

 フィネイ国の北方ノーウォルド領地の屋敷で執事として働いている。

 家の旦那様はロバート、息子はフレディ、妻であり侍女でもあるヘレン。

 従業員は僕の他に、料理人リオ、庭師ハリー、医師スタンリー、フレディのお目付け役アン。

 以上の人員で、共同生活を送っている。

 これより本日の振り返りを開始する。


 まず初めは。

 ハリーとアンが付き合うことになった。

 いずれそうなるだろうとは思っていたけど、ハリーが奥手なものだから、かなりの時間がかかると予想していた。

 でも思ったより早かったね。やっぱりハプニングは恋路に必要なものだってことさ。


 ハプニングといえば、あの時は大変だった。

 今日の夕方。格好良く身支度も整えたハリーが告白の直前になって「やっぱり延期する。今のままじゃ絶対フラれる」と怖気付くから、僕は根気強く「君なら大丈夫だ、問題ない」と諭し続けていたんだ。

 しかし、あんまりにも自信のない言葉ばかり書き出すから、ついカッとなって

「君はアンのことになると何故そこまで卑屈になるんだ!僕らにとって君は大切な同僚だ。君は男気もあるし、芯も強い。これまでずっとアンに、いや彼女だけじゃない、この屋敷の皆に親切にしてきた。君が嫌いな人なんてここには誰一人としていない。それとも信用できないってのか?僕の軽い言葉じゃ足りないと?行動で示せと!?じゃあキスでもしてやろうか!?それくらいしないと分からないって!?」

 と言ってハリーに掴みかかった。

 頭に血が上っていたんだね。ハリーが真っ青な顔でぶんぶん首を振り僕の腕を掴んで必死で引き離そうとしてくれて、冷静になれたから良かったものの…いやはやぞっとするね。

 まあ過ぎたことはどうでもいい。


 多少落ち着きを取り戻した僕は、奇行を誤魔化すため穏やかに励ましを続けた。

 そこをアンに見られてしまった。

 アンにとって、ハリーはかっこいい男でなくちゃいけない。

 告白に怖気付いて同僚に励ましてもらうような気弱な面は見せちゃいけないんだ。

 だから僕はその場を全力で逃げたわけだけれども…結果的に悪かったのかもしれないな。

 でも、結局二人は交際に至ったんだから、構わないよね。

 アンの誤解も解けたみたいだし。


 誤解といえば、昨日の夜。ハリーさんは何を考えているのか、とアンに迫られた時は大変だったよ。

 ハリーが君に告白しようとしている、なんて僕から漏らすわけにはいかない。

 頑張って口を弾き結んで黙秘し、逃走に成功した。

 そういう僕の態度も、アンの誤解を増幅させる原因となったのだろう。

 こう考えると僕はずっとアンから逃げているんだなあ。不可抗力とはいえ、気分の良いものでもないはずだ。

 明日のリストに「アンに改めて謝罪する」を付け加えておこう。


 でも、明日はハリーとアンはお休みを取っている。

 アンの怪我もあるし、皆の計らいで、二人でゆっくり過ごせるように調整したんだ。

 なにしろ、交際が始まる記念すべき日だ。大切にしないとね。


 今日は色々忙しかった。

 ハリーが告白を失敗して焦ったし、アンが屋敷を飛び出したのも慌てたし、探しても見つからないから困ったし、変な男に襲われたせいで怪我をしたというのも心配したし、ハリーが声を取り戻したのもびっくりしたし。

 でも結局、アンは笑顔で帰ってきた。

 ハリーの告白は成功して、二人は結ばれた。

 全部丸く収まった、ハッピーエンドってやつさ。


 アンがハリーを受け入れた。結婚を前提にしたお付き合い。それは、彼女がこの世界で暮らすという意思表示でもあるんじゃないのか。


 記憶喪失のアン。旦那様の言うことには、彼女は聖女という異界からやってきた生き物らしい。

 女神が世界に安寧をもたらすために定期的に呼び寄せているものだそうだが、詳しいことは知らない。

 聖女は女神教徒にとっては、とても重要な存在だ。

 昔旦那様とスタンリーが、近年女神教徒の動きが活発になって、「贄として召されるもの」が増加している、とぼやいていたが、それも聖女に関係あるらしいし。

 まあ僕らには関係ないことだからなんとも言えないけど。


 そういえば、アンが、付き合うことになったと一同に報告に来た後、旦那様と奥様に何か聞いていた。

「ダレルという人は…」「奥様は真龍派と…」「私は真龍にも女神にも関わりたくないけど…」

 いくつか聞いた後、奥様ははっきりと答えた。

「私は確かに真龍派に育てられました。ダレルは私の故郷の人で、よく面倒を見てくれた。でも、アン、貴女と同じように、女神も真龍も私には関わりのないことだわ」


 奥様は邪龍の信徒の里に生まれ、育てられた。ただそれだけで、特に何の思想も持っていない。

 だから奥様は、自分に授けられた力もこの屋敷に住む人達だけのために使おうとしている。

 奥様が滞在する場所は気候が安定して雪が降らなくなったり、傷の治りが速くなったり、襲いかかる悪意を回避したり。

 奥様には、不思議な力があるんだ。

 奥様はその力を「お母様にもらったおまじない」と言う一方で、スタンリーは「龍の呪い」と言っていた。力は強大で、便利だが、その分奥様の体を蝕んでいるそうだ。

 だから旦那様はその力を取り除こうと、エルフとかいう不可思議な術を使っていた一族を調べている。

 というのが、屋敷に勤務することになって「何故ここは雪が降らないのか」と尋ねた僕に返答された内容だ。


 正直よく分からないし夢物語みたいな抽象度だからあまり気にしないようにしているよ。


 勤めている期間としては一年先輩のリオも同じような内容を説明されたことがあるらしい。

 リオは「とにかく旦那様は奥様想いでおしどり夫婦ってことだよ」と結論づけていた。

 リオは僕より五つ年上で、僕より社会での経験がある。以前は都で料理人をしていたが、男のくせに女みたいなのが気持ち悪いとかいう理由でいじめられて店を辞め、人里離れたこの屋敷に応募して働くことになったそうだ。


 少し僕と似た境遇なのにリオは僕と違って何の問題もなく業務をこなしているから尊敬している。

 とはいえ、僕だってこの口さえ何とかなれば何の異常もないのだ。

 まあこうなってしまったものはしょうがないからいいんだけど。


 僕がこんな風になったのは、大した理由じゃない。

 僕は元々お喋りでね、前の職場でも皆と世間話をするのが大好きだった。

 でも、主はそれを良く思わなくて、僕に「喋るな」と命じたんだ。僕はそれを忠実に守った。必要なこと以外は喋らないよう、口を閉ざした。言いたいことがあっても、話したいことがあっても我慢した。

 ある日気づいたら僕は叫び声を上げながら知らない野山に立っていたんだ。多分、ずっと言語化ができずにいたことで脳辺りが限界を迎えたんじゃないかな。

 それ以来、僕は思ったことはすぐに口に出るようになった。言って良いことも悪いことも平等にね。こうなる前はもうちょっとまともなお喋りだったんだけどね。


 無職になった僕は、とりあえず孤児院に帰った。

 でも、「口うるさいけどなんでもできる子供」ならともかく、「言っちゃいけないことも平気で口にして四六時中喋り続けている社会人」に居場所はなかった。


 この屋敷に来られたのは、僕の人生で一番の幸運と言っても過言ではないだろうね。

 僕の前任の執事であり、あの憎きフレディの性格を形作った要因であるスチュアートという老人が逝去していなければ、旦那様は僕を雇用する気はなかったはずだ。

 リオもスチュアートの代わりに料理人として雇われたと言っていたし、タイミングが良かったんだ。


 タイミングといえば、そろそろ薬を飲む時間だな。

 僕は意識がある限り喋り続けるからね、深夜になっても口が動いて眠気を吹っ飛ばしてしまうんだよ。

 そりゃ、少しの時間なら黙ることもできるけど、眠りに落ちるまでの時間ってまちまちだろう。

 その点僕は寝つきはいいから昔はその方法で口を閉ざして眠っていたけど、いつもそれがうまくいくとは限らない。

 だから、スタンリーに睡眠薬を推奨されて、それを服用しているのさ。

 いつもなら振り返りを完璧に終えてから飲むんだけど、今日は忙しくて時間が遅れたから、今飲むことにする。

 服用時間は一定にしないといけないからね。


 さて。

 薬も飲んだし、振り返りもあらかた終えたし、眠る準備はバッチリだ。

 明日はハリーとアンがお休みだから、たまには僕がフレディの相手をしてやろうじゃないか。

 時々アンがフレディに付き合っているところを見るけど、彼女は立派だね。僕だったら奴の精神攻撃、到底我慢できない。

 全くもって優秀な仕事をしてくれるよ。

 僕も自分の役目をこなさないとね。

 明日はフレディの世話をする。

 あと、客間と暖炉の掃除と、リオに渡す備品の補充リストと、旦那様への…」







 声が途切れた。

 薬が効いて眠りについたらしい。

 やれやれ、と思いながら隣室のスタンリーは診療録を静かに戸棚に戻した。

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