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 頭を冷やした。

 ハリーとクリスはホモでデキてる。

 寒空の下で冷静に考えると、そんなわけなかった。

 あれこれ根拠を並べてみたけど、そんなもんは咄嗟に思いついた言いがかりに過ぎない。実証のない、陰謀論と同じだ。


 二人がキスしてたのは十中八九見間違いだ。背後から目撃したから角度によってそう見えてしまっただけで、本当は目のゴミを取ってたとかそういうありきたりなやつに違いない。


 勝手に誤解して勝手に被害妄想して勝手に暴走して、私らしいったらありゃしねえ。涙目になって逃走なんて、本当に馬鹿みたいだ。いや実際馬鹿なんだけど。


 ただ、勘違いだからすぐ屋敷にUターンという気分でもない。

 だって万が一事実だったらどうする。いやないとは思うけど、この世に絶対なんてものはないと絶対に言い切れる。


 というわけで、ちょっとお散歩することにした。

 屋敷を出たのはここに来てから初めてだった。ハリーに怪我人として運び込まれた時は、意識を失っていたし。

 初見の光景にキョロキョロと首を動かす。


 私は根っからのインドアだったので、登山とかハイキングとか、学校行事以外でしたことない。なので、ここが森として立派なのか綺麗なのか厳密には分からない。

 が、日光がちらちら射し込んで色の薄い草垣がぼんやり浮かび上がっている図は、見物として悪いものではない。

 まだ日暮れまで時間があるが、空を木の葉に覆われているのもあって、辺りは薄いベールがかかっているように鮮やかさを失っている。


 横を見ても木。前を見ても木。後ろを見てもうっすら望める屋敷の他には木。

 うん、ザ・森って感じするわ。これ針葉樹っていうんでしょ、某森で見た。きっとこれを目印にUFOが落ちてくるのだ。


 それにしても、やっぱりそこまで寒くないな。メイド服が厚手なせいか?


 舗装されていない道をゆったりてくてくと進む。平和だ。さっきまでの喧騒が嘘のようだ。まあ騒いでたのは私(心の中)だけなんだけど。


 ハリー、今頃どうしてるかな。もし本当にクリスは関係ないなら、何を語るつもりだったのか。

 あの時、結婚という文字が見えて、動転に拍車をかけた。その後別の手紙を渡されたが、それを解読する余裕はなかった。

 何が書かれていたのか、文字列は見たのに頭にはちっとも残っていない。瞬間記憶能力なんて便利なもん持ってないのだよ凡人は。


 とにかく、ハリーには悪いことをした。

 話をしようとしたのに急に逃げ出されて、怒っているだろうか。焦っているだろうか。

 いくらハリーでも、「もう君には付き合っていられない」と見限られるだろうか。


 意外だ。彼に失望されるなんて想像、通常なら不安でたまらなくなるのに、今はそんな風にならない。悩みが遠くに感じられる。

 屋敷を出て、非日常感に侵食されているからかな。


 しばらく歩いていると、遠くの道端に白いものが見えた。

 積み上がっている。

 近づいてみる。


 雪だ。

 何で急に雪が、と思った途端、背筋が凍るような風が吹いた。


「さむっ!?」


 え、何?どうしたの?

 何で急に寒くなったの?


 びゅうびゅうと吹き荒んで耳をかする寒風に慌てて後退する。

 すると、風が弱まった。寒さも。


「はあ…?」


 何だこれ。

 見えない境界線があって、それを越えると一気に気温が下がる。だからそこから先は雪が積もっている。ってこと?

 寒帯って、そんなはっきり区分されるようなものなの?「こっから寒いとこで、こっちはちょっと寒いとこな!」的なノリ?分布決めた神様が適当だったのか?


 つーか、神様って。


「やっぱり女神がロクでもないのでは」


 女神教はクソってスタンリーが言ってた!


 私と、あの女の人をこの世界に移動させたのは女神。

 お空の上に二つある太陽のうち一つが女神。

 私をボコボコにした兵士達が崇めているのも女神。私の顔を焼いた故・教育係が憎んでいたのも女神。

 その教育係と王子を処刑することになった要因も、女神。


 女神って何なんだよ。全知全能の神様ってより、悪の親玉みたいなもんなんじゃないか。


 私がもし、元の世界に戻ろうとしたら、お城に行って女神に土下座すれば良いのだろうか。

 顔に傷を負って、ヘレン達に救われた時点で、帰りたいなんて気持ちは砕かれてしまったけど。


 そういや、女神は何で私には力を与えてくれなかったんだ?あの女の人は回復チートもらったって聞いたが、私は何もない。

 それも意図があるのだろうか。


「女神様の言う通り、ってね」

「―――やはり、女神の使いだったか」


 独り言だった。くだらない独り言の、つもりだった。

 いつから、どこから、なんて疑問を抱かせてくれる暇もなく、背後から衝撃を受ける。

 突き飛ばされた。そう分かったのは、振り向きざまに見えた相手が腕を上げていたからだ。


 細身の男だった。顔含め徹底的に肌を晒さないもこもこの格好のせいでシベリアの民って単語が浮かんでくる。

 唯一覗く目の色は、黒。私のこの世界での知り合いに黒目の男はいない。初対面だ。


 白い地面に手と膝をつく。

 冷たい。メイド服の裾が濡れてしまう。

 ヘレンが手ずから作ってくれた服が。


 ふざけんな。


 誰だよ。女神なんたらってことは、また教育係あいつの同類かよ。

 ぽっと出の敵とかいらねえんだよ。平和スローライフでいさせろ。

 もういいよ。タイミングばっちりかよ。何で私が外に出たらちょうどいるんだよ。

 まるで行動把握してたみたいに。


 …ずっと監視してたのか?


 ゾッと背中を冷たいものが走る。

 私がここにいると知っていたのは多分、教育係だ。その教育係の仲間が、お礼参りにきた。

 仲間を殺す原因になった聖女の住処を奴の遺言から突き止め、機を伺って、前から見張っていた。

 辻褄は合わなくもない。


 とにかく。


「待ってください誤解です!私は女神信奉なんてしてません!むしろアンチ女神派です!女神はクソ!」


 そう言えば良い。

 そう、言えれば良かった。


 この男が教育係と同類なら、女神を憎んでいるなら、偽とはいえ聖女だった私を見逃すはずはない。

 けれど、自分はあなたと同じ、女神を嫌っているのだと主張すれば、少しくらいは譲歩してくれる可能性もあった。


 その可能性を潰したのは、私自身だ。


「あ、あ…」


 声が出なかった。


 あの時、教育係に与えられた鮮烈な痛み。

 川に落ちて芯から凍えていた故の震え。

 唯一の美点かおを破壊され、全部終わったという絶望感。

 

 私は思っていたより、真龍派に襲われるシチュエーションにトラウマを持っていたらしい。

 また、全てを壊されるのか。

 恐怖が蘇る。

 体がうまく動かない。膝と掌から伝わってくる雪の冷たさが、吹き荒れる風が、どんどん体温を奪っていく感覚。


「あの子は…彼女は、幸福の運命にある。だからお前は、除外されるのだろうな」


 何か喋っている。意味は分からない。


「全ては導きだ。彼女は守られている。女神にも、真龍にも、どちらにも関わらず平穏に生きる。そこにお前はいらないのだろう。

 …偶然は運命の一端だ。お前が俺と鉢合わせたのも偶然ではなく、彼女の人生からお前を追い出そうと権能が働いた結果か」


 男が、近づいてくる音がする。

 怖くて顔を上げられない。


「お前と会うのは予想外だった。が、本当に女神の配下ならば、彼女にあだなす存在ならば、俺が片付けよう。それが運命だ」


 足音が止まった。


「今一度問おう。お前は、女神の手先なのか?」


 尋ねられている。答えなければならない。


「聖女よ」


 そうでなければ、今度こそ、


「お前は本当に、ヘレンに害を与えようとしているのか」


 …ヘレン?

 どうして、今、ヘレンの名前が出てくる。

 どうして、この男がヘレンを知って…


『あくまで真龍派に育てられたってだけで、ヘレンは真龍派じゃないがな』


 あ。

 そうか。繋がりは、あったんだった。

 じゃあ、

 この男は私を監視していたのではなく、ヘレンを見守っていた?

 怪しい聖女が紛れ込んできたから、知人ヘレンが害されないか警戒しているだけで、教育係の仇討ちに来たわけじゃ…ない?


「答える気はないのか」


 その言葉に慌てて、体勢を立て直して向かい合い、叫ぶ。

 思ったより近くにいて、思ったよりその黒目にギラつく殺意はなかった。


「ち、違う!私は、女神の使いなんかじゃない。ヘレン…奥様にはとても良くしてもらって、感謝しかありません。恩返しをしたいとは思っても、傷付けようなんて思わない!」

「…そうか。ならば、女神にはどう報告するつもりだ」

「そ、そんなの知らない。女神なんか、見たこともないのに。会ったことない人に報告なんか出来ない!」

「…そうか」


 男は短く応答すると、視線をやや伏せて黙り込んでしまった。

 信じてくれたのだろうか。

 私が女神の使徒というとんでも誤解は、解けたと思って良いのだろうか。


「…ヘレンは息災か」

「え?あ、はい、元気です、はい」

「そうか」


 良かった。

 柔らかい呟きと共にこぼれたのは血だった。

 男が前倒しになって、両足を折る。背中に突き立っていたのは槍だった。


「は?」

「逃げろ」

「えっ」

「女神教徒…ぐっ」


 尾行されたか。

 女神に呪いあれ。


 荒い息の中、それだけ言い残して、伏した男はあっさりと動かなくなってしまった。

 そして、そいつが現れた。


「薄汚い邪龍の手先め」


 忌々しげに、明確な敵意を持って睨みつけてくる男。

 かつて私を暴行した兵士と同じ格好をした者。

 女神教の使いだった。

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