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 ヘレンの旦那であり、この屋敷の主の名前は、ロバート、というらしい。

 ロバート。それだけ。

 名字はない。

 いかにも貴族みたいな身なりをしているくせに、某島国なら「西園寺」とか「伊集院」とか付いてそうなのに、ない。息子のフレディも同様。

 以前、ヘレンは「主人の父はここの領主」だと言っていた。けれど、「私達にはあまり関係ない」とも。

 こんなに広い家を持っているのに、いくら有能とはいえ従業員が数人しかいないのはやはりおかしい。

 加えて息子のフレディも偉そうなのに、主人が家名及び家督を継いでいないというのはどういうことなのか。

 ロバートに直接尋ねられるわけもなく、ヘレンにも何となく聞けず、真相は闇の中だが、私は密かに仮説を立てている。

 旦那が勘当された説だ。

 ロバートの性格が悪い上に聖女なメイド(ヘレン)をお手つきにしたため、父親にしこたま怒られて「ロバート・ナンチャラ?贅沢な名だな!今から貴様はただのロバートだ、分かったら返事をしろ!」と名の大半を奪われた説。

 それで数人の使用人をつけられ追い出されたけど、島流し先でメイドといちゃついて結局幸せに暮らしている説。

 まあ違うんだろうけど。


 それにしても、雇用主がロバート。妻がヘレン。息子がフレディ。

 従業員がハリー、クリス、リオ、スタンリー。ロ、レ、レ、リ、リ、リ、リ。

 ラ行ばっかりだ。統一感がある。

 名字を入れても「カンザキアンジェ」でラ行のカケラも存在しない私は仲間外れ感がひどいが。

 クソッ…エンジェルかアンジェラだったら晴れて仲間になれたのに。名付け人の教養がないせいでこんなことに…。


 何にせよ、私は雇用主ロバートに受け入れられ、正式にこの屋敷の従業員として籍を置くことになった。

 衣食住を保証されている代わりに給料はないが、全く不満はない。むしろそんな厚かましいことできない。

 と思っていたのだが。


「労働している以上、対価は支払わなくてはなるまい」


 旦那の鶴の一声。そうして毎月、お小遣いをもらえることになった。着替えや目覚まし・寝かしつけは多少手伝っているとはいえ、ショタと毎日遊んでいるだけなのに、リオやクリスといった有能な働き者と同じ立場に私がいて良いのだろうか。

 それに、金の使い道もない。

 お洒落なリオとかは時々付近の町だか村に出かけて何か買ってきたりしているらしいが、私は別に欲しいものもないし、この状態で知らない人の前に出る勇気もない。

 そのため、給料は全額、雇用主側に管理してもらう貯金という形になっている。将来やらかして追い出された時もこれで安心だね。この優しい場所から追い出されるなんて末路になった時には心の方が死んでいるだろうけど。




 ロバートが帰ってきたことで、生活の流れが変化した。

 これまではヘレンもフレディも共に和気藹々と食事をしていたのだが、主がいる今では従業員と一緒にご飯なんて図にはならず、屋敷の主人一家の給仕を終えてから従業員一同で集まり、食べることになる。

 つまり、私は朝、フレディを叩き起こして身嗜みを整えさせ、綺麗なお坊ちゃんにしてから、ロバートとヘレンの待つダイニングに送り届けなければならない役目を追加された。

 その後、そろそろ食べ終わったかなという頃に扉の前に待機し、出てきたら旦那と妻に一礼、フレディを勉強(名目)に導く。ショタを庭に置いた後、速攻で戻り従業員と共に少し遅めの朝食をとったら、庭に行って一人にされて不機嫌のフレディをなだめる。

 午前の勉強(運動)を終えたら、同じように昼食の場へ連れていく。その後も同じ。夕食の時間にはフレディは服を汚しているので、そのまま旦那の前に出すわけにいかず、着替えさせるか、酷い時は入浴させる。

 そして、一家が団欒を終えたら、従業員で簡素(雇用主側と比べて)な料理を食べ、夜、ある程度の時間になったらフレディの部屋を訪れ「早く寝なさい!」と叱りつけて終業。


 ものすごく面倒な工程になった。

 これまでは単純にフレディと同行して遊んだり読み書きを復習したり、子供の相手をしていれば良かったのに、これからは旦那とお堅く顔を合わせるだけでなく、行ったり来たりを繰り返さなければならない。

 私だけでなく、リオは雇用主専用の上品な料理を作らなくちゃならなくなったし、クリスは全体の雑用だけでなくロバートからの用事も言いつけられるようになったし、スタンリーはロバートから得た資料?のせいでますます引きこもりになったし、フレディは少なからず置いてきぼりにされて不満そうだし、ヘレンは一緒に食事をしなくなったため会う時間が減ってしまった。


 変わらないのはハリーだけだ。

 彼だけは、作業をしながらいつもと同じく庭で騒ぐ私とフレディをのんびりと見守ってくれている。

 いつもと同じ、穏やかな夕焼け色の目で、優しげに。


 相反して、私は変わってしまった。

 彼の視線に耐えられなくなった。

 見られていると思うと居た堪れなくなり、無言で固まってしまう。次いでフレディに「何だこいつ」という顔で役立たず認定され、怒られる。

 そうすると、彼の前で醜態を晒してしまったという羞恥心からますます動けなくなり、フレディの心象がどんどん悪化してくる。

 そして険悪な雰囲気になる前にハリーに仲裁されて、安堵と気まずさの混じったような複雑な気持ちでことを終える。


 これまで普通にしてきたことが出来なくなった。その恥ずかしさは尋常でなかった。

 どうしてこうなってしまったのか、原因を解明しなければならなかった。

 この問題の、回答を。


「恋だね、恋」


 相談相手のリオは、あっさりと答えを返した。

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