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何分か経った。
状況に変化はないものの、恐怖心は少しずつ薄れてきた。
スタンリーが演説している内容はちっとも理解できなかったが、普段の寡黙さが嘘のように語り続ける様は、どこか懐かしかった。
あの頃私に流行りのサブカルを長文で教えてくれた住人達も、きっと現実ではこんな感じだったのだろう。
しかし困った。眠くなってきたのだ。高校生が興味のない授業中眠る理由ってこれか。
高校という単語で嫌な気分になったので思考を打ち切る。
ちょっと真剣に聞いてみよう。
「すなわち、女神は彼らの滅びた後の世界を訪れ、枯れた大地で細々と暮らす人々の助けになるべく滞在し、それが継続することで今の世界に変形していったはずだ。
となれば、対となる龍はどこから現れたのか?簡単な話。龍は元々この世界の一柱だった。彼らの一員であり、唯一滅ばなかった。
だが何故龍だけが生き残ったのか?疑問は尽きないが、女神が龍を滅した理由はそこにある。女神は龍を断絶させ、唯一神となった。全くもって惜しいことだ。
土着の信仰を捨てきれなかった人々は集い、元来の神である真龍を崇め女神を攻撃するようになった。それが邪龍の信徒と呼ばれる者達だ」
あれ?何か変な方向に進んでる。昔いた生物の話じゃなかったのか?何で急に宗教に?
「龍は死んだ。残ったのは龍の意志を継ぐ者達だけ。そいつらも直接に龍と対話していたわけではない。今ある団体の首領も、龍から与えられた物を持つだけの存在らしい。
が、その物というのが重要だ。もし仮にそれが龍の体の一部であるなら、そして龍が古代に存在していた彼らと同類であるなら、それを解析すれば多くの情報を得られるはずだ」
立って熱弁を振るっていたスタンリーだったが、唐突に疲れたのか椅子に座ってため息を吐いた。
「そう思って真龍派を名乗る奴らと接触をしてきた。だが奴らはあまりにも周りが見えていない。殺されかけたことも何回か…数えきれんが、ある。
女神教徒にも目をつけられ、命惜しさに諦めて王都に戻った。城に雇われ診療をやるだけの生活…燻っていたが、ある日現れたのだ。エルフの研究を行っていた若造と、その妻である、真龍派に育てられた者が」
情報量が多い。てことは何か、ひょっとしてスタンリーは私がエセ聖女として過ごしていたあの城で働いていたのか?
それで、現れた若造。妻。今、スタンリーは王都ではなくこの屋敷で研究しながら労働していることを考えると。
「旦那様と、奥様?」
「そうだ」
真龍派なのはスタンリーじゃなくてヘレンだった。
じゃあ、私の顔を焼いた教育係は、ヘレンと、繋がっていたのか?
一瞬そう思って、即座に否定した。
まさか。ヘレンに裏の顔があるわけない。あの真の聖女ヘレンが、私を騙すはずもなし。
「あくまで真龍派に育てられたってだけで、ヘレンは真龍派じゃないがな」
ほらやっぱり。
「…話が逸れたな。あー、つまりだ…お前さんの興味がある分野がどれでも、ここでなら比較的学びやすいぞ」
過去話を経由して正気に戻ったのか、スタンリーはいつもの仏頂面ながら多少ばつが悪そうに結論を出した。
そこで私も本来の目的を思い出した。
「すみません、本を借りたいっていうのは関心があるとかではなく…」
事情を話すとスタンリーは「早く言え」とがっくり肩を落とした。ごめんなさい。
無事誤解の解けたスタンリーから何冊か分厚い本を借り、両手いっぱいに抱えて自室に戻る。
ドアを足でこじ開け、小さい木製の机に荷物を一旦下ろして、一番下の本に花冠を挟み込んでから、秩序よく他を上に積み上げる。
…このまま放置すれば良いのだろうか。
押し花なんて作ったことないから塩梅が分からない。
植物に詳しいフレディなら詳細を知っているかもしれないが、だからといって奴に聞いたら本末転倒だ。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だって?無理無理、恥ずかしい。理屈じゃねえんだよ。心が恥ずかしがってるんだ。
しかし、誰かから手作り品をもらうなんて初めての経験じゃないだろうか。恥ずかしい。
ていうか思い返すと今日の自分が情緒不安定すぎてやばいね。あれか、ホルモン的なバランスの崩れか?よくこうなるんですよね、月一くらいで。でもお城にいた時はひたすら凪いでいたんだけどな。あとでヘレン辺りにこっそり相談してみようか。
そういやこの世界ではどんな扱いになってるんだろうな。我らがアースの昔話では、その状態の時に触れたらただれるとか毒が含まれているとか、とにかくきったねえもん扱いされてたらしいが流石に女神がいて崇められている世界では女性を貶めたりはしないでしょうしねえ?
まあ聖女なのに殺されかけた女もここにいるんですけどね、ガハハ!
うん、寝よう。
今日は疲れた。
私は机から目を離して大人しくベッドに向かった。
「何だお前」
「えっ、何がですか?」
「絶対目合わせないじゃんかお前。何だ、昨日のこと引きずっグエ」
翌日、いつもと同じく朝食を終えすぐに私の手を引っ張って庭に来てからようやく気づいて言及してきたフレディはハリーに首根っこを掴まれ木の影に連行されていった。
そうだね、ノーアイコンタクトを指摘するにしてもその件には触れないでおくのが正解だね、蒸し返されると私が死ぬからね。無神経で女心も分からない男って噂されたくなかったら気遣いの鬼ハリーを見習うんだよフレディ君。
いやほんと。
…ハリーってすごいわ。