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「これでお前の十連敗だな!」


 フレディが勝ち誇って笑った。

 今日も今日とて子分の私は親方の持ち上げ役になっている。運も実力のうちとはいうが、じゃんけんでこれほど勝てないとは、奴は何か不正しているのではないか。

 ちなみにこの世界のじゃんけんは相変わらず女神だの龍だのが出てくる。龍は人に勝ち、女神は龍に勝ち、人は女神に勝つらしい。

 人間は女神より上って言っちゃってるようなもんだけど良いのか?女神教徒にボコボコにされそうだが。


「親方は強いですね」

「当然だ、おれだからな!」


 いやその理屈はおかしい。


「ふん、この屋敷の中でおれに勝てる奴はいない!」

「奥様も?」

「当然だ」

「では旦那様も?」


 すると、露骨にフレディは勢いを失い、口を尖らせた。


「…とうさまとは、したことないから分からん」


 以前にも、屋敷の主人は子供の教育に関わっていないと聞いている。フレディにとっても、父親は近づきがたい相手なのだろう。引け目を感じるのは分かる。

 …あれ?と、そこで疑念が浮かぶ。

 父親とは接点がない。でも、ヘレンは、母親はいつもフレディのすぐそばにいたはずだ。

 ヘレンは、見ず知らずの怪しい女でさえも心配して、自らの家に居候させてやるほどに優しい。女神みたいな女性に、この子供は息子として散々愛されてきたはずだ。

 それだけでない。ハリーとだって同盟を結んで、一緒に過ごしていたのだろう。

 …何が足りないのだ?


「そんなに辛いんですか?」

「あ?」

「あなたには優しい母親がいるじゃないですか。いつだって笑いかけてくれる聖母が。ハリーさんという頼もしい大人だって、四六時中とは言わずとも面倒を見てくれてる」


 あのヘレンを母に持ち、喋らなくも親切なハリーが遊んでくれる。

 大好きな人がいなくなっても、父親に構われなくても、ヘレンがいる。それだけでおつりが来るだろう。

 この子供は十分に恵まれている。何が、不満なのだ。


「何だお前、急に」

「だって…自分は不幸ですみたいな顔するから」


 クリスやリオ、スタンリーといった、いざという時に助けてくれる人もフレディの周りにはいるのに。


 私にはあの人しかいなかった。

 なのにあの人はいなくなってしまった。

 それから誰も私を愛してくれなかった。

 求めてきた男はいる、でもそんなのは愛じゃない。ただの欲求だ。私がほしいのはそいつじゃない。

 私はあの人が消えて、一人になってしまった。

 笑ってくれる母親も、頼れる大人も、話を聞いてくれる友達も、私には誰もいない。

 この子供は、友達はいなくとも、前の二つを、とても大切なものを持っているくせに。

 何であんな顔をするのだ。


「ずるい」


 フレディはぽかんとしている。


「私だってそういう風になりたかった。私だって…」

「何だお前。不幸自慢か?」


 冷や水を浴びせられたようだった。


 フレディは小学生くらいの見た目のくせに、落ち着いた大人のごとく、さもありなんと何回か頷いた。


「お前は子分だから愚痴吐くくらいは許すが、他人と自分を比べて相手を責めるなよ。面倒くさい」


 何も言い返せなかった。

 不幸自慢。

 その通りだ。

 こんな子供を相手に、「私の方が可哀想だ。だからお前は辛くても落ち込むな」と、それに等しいことを私は言ったのだ。

 …嫌な奴だ。とても。


 以前なら、マイナス思考に陥っても「でも私は可愛いからオッケー」と断言できた。

 でも今はそれがない。

 加えて、これまでこの屋敷で従業員達の優しさに触れてきた分、自分がいかにクズか、突きつけられる。


「…ごめんなさい。駄目ですね、私は」


 いつだって自分のことしか考えていない。自分の身を守り、自らの境遇を盾に、「私は不幸だから、私は悪くない」と相手を攻撃して正当化していく。

 お前わたしだって、側から見れば恵まれているのに。

 だって私は健康だ。五体満足だ。偏頭痛や喘息などの持病を患っているわけでもなければ、大きな病気の経験があるわけでもない。


「皆さんは、良い人ばっかりなのに、私は…」


 あ、駄目だこれ。沈む。

 私、こういうの何て呼ぶか知ってる。

 メンヘラだ。


「最低だ…」


 声が震える。

 駄目だこれ。本当に駄目なヤツだ。やばい、まずい。それはまずい。

 それだけは駄目だと思っても、勝手に体は反応していく。


「ひっ、うっ…」


 まずいまずいまずいまずいまずい。

 駄目だって。泣くのだけは駄目なんだって。印象が最悪過ぎる。さっき面倒くさいって言われたばっかりなんだって。これ以上は本当にやばいって。

 あかん、死ぬぅ!ほら、ちょっとでもテンション上げて笑い飛ばさないと。


「う、ぐ、うっ…」


 声を、呼吸を抑える。反動で体全体が揺れる。結局しゃくり上げることになってしまう。


 以前は、ここまでむごくはならなかった。自分が心底嫌になっても、「ま、それでもワイ君顔が良いからな!」って現実逃避してきたから。でももうその言い訳は使えない。

 どうにかしないと。早く普通にならないと。

 何か、何か楽しいことを考えよう。気が紛れるもの、目を背けられるものを。

 楽しいこと、楽しかったこと。嬉しかったこと。キラキラしてる記憶。

 あの人が関連するのを思い出すとますます酷くなるし、ここの従業員が関連すると自分のクズさと比較して落ち込み出すから、それ以外の思い出。

 綺麗な思い出。


 ないや。


「おい一号。ハリーがちょっと面貸せって」


 何か言われた。

 そう気づいた時には、ハリーは私の顔に手をかけていた。

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