23
黒歴史の新たな一ページが紡がれた次の日。
トントン、とノックをして慎重にドアを開ける。
上から何か落ちてくる気配はなし。下に糸が仕掛けられていることもない。
もしかして、少し親密度が上がったからフレディもいたずらをやめてくれたのか。
ちょっと感動する私の脇腹に、突き刺さる矢。
奇襲に崩れ落ちる私。
「お前もまだまだだな、一号!」
紙をより合わせてできた割と鋭い矢を手に、ドアからは見えない位置でふふんと笑うフレディ。
「…おはようございます、親方」
やっぱこいつ腹立つ。
怒りを抑えながらも、私は頭を下げて挨拶した。
フレディと並んで食堂に行くと、その場がザワッとどよめいた。といっても主にリオとクリスの二人が顔色を変えたくらいで、昨日のことを知るハリーはいつも通り、スタンリーもチラッと見てきたくらいだ。
ヘレンはニコニコしながら「ちゃんとアンと一緒に来られたのね、偉いわフレディ。アンもありがとう。昨日の今日で幸先が良いわね」とベタ褒めだ。
それなのに嬉しくもないのか、フレディはツンとしたすまし顔だった。何だこのショタせっかくヘレンが褒めてくれているのに。
「奥様の助言のおかげです」
「ええ、そう?私何か良いこと言ったかしら…」
ヘレンの言葉は相手を良い方向に導く。役立たずだった私がヘレンと会話したら初めて前進したのだから間違いない。
機嫌良く朝食を済ませ、さあ今日こそフレディを部屋に連れてお勉強だとやる気に満ち溢れたところで、
「よし一号!外に行くぞ!おれについてこい!」
手を振り解いたフレディが返事も聞かずに俊足を見せつけながら消えていった。
…まあ、ヘレンも期限はないって言っていたし、気長にね?
「下っ端、今日はお前のテストをするぞ!」
「何の?」
「おれの相手にふさわしいかのテストだ!」
「昨日のでは駄目で?」
「昨日なんか走って跳ぶくらいしかしてないだろ!」
そうか、まだ駄目か。
それだけでも疲れが凄まじかったのだが、これ以上何をさせようというのか。ちょっと前まで引きこもりをやっていた身としては不安しかない。
偉そうにふんぞりかえるフレディとげんなりする私を、ハリーがやや遠くで見守っている。彼も仕事があるし、昨日のように一日中付き合わせるわけにもいかないだろう。
「試験の範囲は教養だ」
君難しい言葉知ってるね。
体を動かす系じゃないなら大歓迎、と一瞬思って、あまりこの世界の常識から外れたことを言ったら危険と思い直す。加えて記憶喪失設定だから下手なことを口走るわけにはいかない。
「あんまり難しいのは無理ですけど、どうでしょう?」
「何、簡単なことだ」
フレディは胸を張り、告げる。
「真龍の目の色は何だ!」
知らんがな。
「何だ、分からないのか?不勉強だな!それじゃあ…」
と、そこでちょんちょん、と肩を叩かれる。ハリーだ。手助けしにきてくれたのか。
紙切れを受け取り、それに目を通してフレディは、不満そうに眉根を寄せた。
「…しょうがないな。別のジャンルにしてやる」
何が書いてあったのだろう。
何にしても助かった。女神教だの真龍派だのにはもう、関わりたくないし。
それにしてもフレディでもそれを知っているということは、この世界のおとぎ話とかにはそういう宗教的なものが絡んでいるのか。それってちょっと洗脳っぽくない?
「じゃあいくぞ。この国の名前は何だ!」
国名。
何だっけ。
「記憶のないお前でも答えられるだろ、かあさまが教えたって言ってたからな!」
おや、それは本当か。ならここに来た時のことを最初から思い出していけば分かるだろう。
ヘレンが私に何を言ってくれたかなんて、頭の中に必ず残っているはずだ。
彼女があの時かけてくれた言葉。
「意識が戻って良かった」「心配したのよ」「私はヘレンです」「貴女は倒れていたの」「記憶がないなら説明するわ」
「この国の名はフィネイ。女神教の総本山」
「ちっ、じゃあここの地名は?」
「この地はノーウォルド。寒冷で、薄着は駄目。ここはノーウォルドの外れの森の中。私はこの家の主人の妻」
「は?」
「何でもないです」
ちょっといきすぎた。が、正解は正解だろう。
よし、ちゃんと覚えてるな。ヘレンの御言葉を忘れるなんて不謹慎なこと、駄目絶対。
「じゃあ…じゃあ、これはどうだ。この花の名前は?」
フレディが花壇にある花を指差す。色とりどりだが、どれも種類は同じようだ。
形状はスミレに似ているが、それにしては大きい。花の直径が私の掌くらいある。てことはパンジーか?確かスミレをでっかく改良したのがそうなんじゃないっけ。
「パンジーですか?」
「おぉ…正解だ」
マジで?
うーん、分からん。でも話し言葉が日本語の時点で、ものの名前の由来なんかを深く考えたら負けかもしれない。
「ふー…認めてやる!今日からお前はおれの子分一号だ!」
フレディが「しょーがないなーもー」とでも言いたげに私の背中をバンバン叩いてくる。
「ハリー!同盟相手として、おれの子分であるこいつの面倒もみてやってくれ、いいな!」
言葉遣いこそ依頼のようだが実際はただの命令にも、ハリーはこくりと頷いた。
というわけで下っ端から子分に格上げしました。
本当に格上げなのかは分からん。