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 何の用かは分かっている。

 当然、フレディの件だろう。

 引き受けたくせに全く役に立たない私に、「無理そうならやめる?」と問いかけてきてくれるのだろう。ヘレンは優しいから。


「無理する必要ないわ。元々あの子については私達も手を焼いていたんですもの」


 ほらやっぱりそうだった。

 何の成果もない現状、この言葉に頷いて、雑用という名のニートになった方が絶対に楽だろう。

 だが、その選択をしたら。

 私は本当に駄目になる予感がする。

 厚意で置いてもらっているのに、これ以上甘えたら、いざという時に二度と立ち直れないと思うのだ。

 そしてその時は、もう後がないだろう。

 今のうちに立場を確立しておかなければ、次はない。


「もう少しだけ、猶予をください」

「あら、そう?別に期限はないからちょっとずつ進歩していけばいいけど…やめたい、辛いと思ったらすぐ言ってね」


 ヘレンは包み込むように笑い、寛容にも許してくれた。

 やはり彼女の期待には全力で応えねばなるまい。




 今日もフレディの捜査から一日が始まる。

 奴はこれまで寝起きが悪くご飯の時間にならないと起きてこなかったらしいが、朝一から逃げ回る今ではそれも改善されたと言って良いのではないか。

 私も一応役に立ったのだ。無論これだけでは任務達成とは言えないが。


 今日はどこから探そうか、と悩みながらフレディの部屋を荒らす。別に散らかしているわけではないが、本人の承諾は得ていないので荒らしというべきだろう。

 奴の部屋は割と整頓されている。たまに引き出しからびっくりさせる仕掛けが飛び出してくるが、それ以外は従業員部屋とそんなに変わらない、普通の部屋といった感じだ。

 部屋の広さや家具の高級さでいったら、勿論上等だけど。


 本棚の奥にエロ本でもないかと漁ってみるが見つからない。弱みは握れなかった。

 それにしても結構分厚くて難しそうな本が並んでいる。

 フレディは文字を読めるらしいが、それでも小学生くらいの男子が読むにはちょっと難解ではないか。


 ペラペラとめくると、そこには植物の写生が大量に描かれていた。図鑑か何かなのか。それなら納得だ。

 私はまだ文字が読めない。フレディを放っておいて自分だけ学ぶわけにもいかず、手も付けていない。早くどうにかしたいものだ。


 他の本も見てみると、植物に関係するものが多かった。

 フレディはそういうのが好きなのか。奴の言動を鑑みると少し意外だが、やはりフレディという名を冠していると葉っぱに興味が湧くものなのか。


 この屋敷で植物があるとすれば、庭だろう。

 そういえば、私はまだこの屋敷から外に出たことがない。必要がなかったからだ。それと、微妙に怖かったから。

 もうそろそろ行ってみてもいいかもしれない。

 そう思って私は裏口から家を出た。




 雪は積もっていないが、寒冷地のはずなのに外は妙に暖かかった。

 名前の分からない草花が地面に密集している。飛び石はあるが、その間隔が私の歩幅からするとやや広い。何となく花を踏まないようにしながら奥に向かうと、せっせと花壇の雑草を抜いているハリーの姿が見えた。

 巨体を丸く縮めていて、窮屈そうだ。


 そして、その傍らで木にもたれかかって寝ているフレディも発見した。

 これまで家の中で走り回っていたのは何だったのかと思うほどに、あっさりと。


「…ハリーさんは、知っていたんですか?」


 驚いたようにハリーは振り返ったが、相変わらずその表情は乏しい。

 無能なのは私だし、彼を責める気はないが、少しわだかまる。

 いやいや、違う。この感情を向けるべきなのはフレディだ。

 そう思って奴の顔に視線をやる。

 憎たらしいくらいにすやすやと奴は寝入っていた。

 普段の生意気そうな顔も、人を小馬鹿にするような雰囲気もちっとも見受けられない。

 それを眺めていると、これまでの苛立ちがどこかへ消え去ってしまったようだった。


 腹立たしいことに、今のフレディはヘレンによく似ていた。

 思わず力が抜けてしまう。用意していた嫌味ではなく、ため息が出てくる。


 気づくと、ハリーが近寄ってきて一緒にフレディの寝顔を見ていた。

 彼は何だかもじもじしていた。伝えたいことがあるけど、自分は声が出せないし、相手は文字が読めないから記述もできないし、みたいな感じだ。多分。


「フレディはいつもここに?」


 質問すると、彼は少し首を傾げてから、うん、とゆっくり頷いた。

 どうにも曖昧だ。


「いつもではないけど、時々来るとか?」


 今度は大きく首を縦に振る。

 意思疎通はこんな感じですれば良いか。


「ハリーさんはいつもここでお仕事を?」


 こくり。


「そりゃそっか、庭師ですもんね。フレディとは仲が良いんですか?」


 うーん、こくり。


「ほどほどってことですかね」


 こくり。


「フレディは植物が好きなんです?」


 こくり。


「色々教えたりしてるんですか?」


 こくこく。


 何か介抱している気分になってきた。


 ともかく、フレディは見つかった。起き次第、勉強部屋に連行したいが、また逃げられる可能性は大きい。


「ハリーさんも、フレディにちゃんと勉強するように言ってくれませんか?」


 今度は頷かなかった。

 何か考えているのか、じっと静止している。

 だが、やがて一つ頷いた。


「協力してもらえるんです?」


 うん、とハリーは肯定し、何の躊躇いもなくフレディの肩を揺すった。

 何という有言実行。意外に行動力がある人なのか。

 フレディは大きく揺さぶられ「んがっ敵襲か!?何だハリーかまだ眠いぞ…おお!?お前、新入りじゃないか!?ハリーィ!裏切ったな!」とノリツッコミを披露してくれた。

 即座に逃亡しようとして、ハリーに掴まれる。


「くそお!お前、ダサい仮面め!やってくれたな!」


 ダサい仮面は元はあなたの父親のですよ。


「色仕かけか、誘惑しやがったんだな!じゃなきゃ同盟を結んだハリーが裏切るもんか!」


 ジタバタするフレディを抱えながら申し訳なさそうにハリーが顔を伏せる。

 同盟って、何かのごっこ遊びでもしていたんだろうか。

 乗った方が良いのだろうか。

 そんなことを思い付くほどには、私は毒気を抜かれていた。

 これまで散々おちょくられてきたが、相手はまだショタ。気軽にネット使ってやらかして身バレするような年齢のキッズなど恐るるに足らん。はず。

 とりあえず、試しに乗っかってみよう。


「残念ながらハリーさんは私の手に落ちました。あなたも大人しく降伏したら命だけは助けてあげますよ」

「何ぃ!偉そうに、下っ端が!お前に何ができるって!?」

「お前に勝てる。何せこっちには奥様がついてますからね」

「クッ、かあさまか…!嫌らしい手を使いやがって!」


 結構ノリノリだねフレディ君。私が来る以前、従業員の中で一番フレディと年が近いクリス、彼はこうして悪ノリはしなかったのだろうか。

 しなかったのだろう。演技とかできなさそうだし、本人の目の前で面倒くさいと本音をこぼしそうだ。


 しかし何かになりきって相手を煽るのは随分久しぶりに感じる。大型掲示板に駐在していた頃はしょっちゅう白熱していたものだが。


「ええい、ハリー、離せ!おれを見殺しにする気か!」

「フレディさん、同盟相手だというならハリーさんの気持ちも汲んであげたらどうですか」

「何い!」

「ハリーさんがタダで私の手伝いをしてくれていると、本当にそうお思いで?」


 タダで手伝ってくれたハリーは首を捻ったが、フレディはヘレンと同じ色の目をカッと見開いた。


「ハッ…お前、まさか、人質を…!」

「人とは限りませんよ。さあ当ててごらんなさい。私が彼から何を奪ったか!」

「…!ハリー、待ってろ!今助けてやるからなぁあああ!」


 その日は一日中庭を駆け回って、アタック、フェイント、ディフェンス、エスケープの繰り返しで遊んでいた。

 正気に戻ったのは例によって日が沈みかける夕方だった。

 素面になって急に頭が冷え転げ回りたい私に、汗だくのフレディは上から目線で叫んだ。


「下っ端一号!明日もここに集合な!」


 本気で勘弁してください。


「あと、おれのことは親方って呼べよ!」


 親方。

 ご主人様でも坊っちゃまでもダーリンでもボスでもなく、親方。

 …見下されてはいるが一応ちょっと仲良くなれたってことで良いのだろうか。

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