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さて次はどこを探そうか、と廊下で思案していたところで、「アンー!アン、どこだ!朝食の時間だぞ!」と大声で呼ばれる。
ダイニングの方から聞こえる、あの声はクリスだ。もうそんな時間になってしまったのか。
一旦捜索を取りやめ、向かった先で私が見たものは、
「フレディ!今までどこで道草を食っていたんだ!いつもは朝食の時間にならないと絶対に起きないくせに!いや、言わずとも分かる。アンの初日だから張り切っていたんだろう?意地の悪いと断ずるを得ないぞこれは!」
「別に早起きしたんだからいいじゃん。おれが何か悪いことしたか?おれはただ朝早く起きてご飯の時まで運動してただけだぞ。むしろ善行だ!」
いきり立つクリスにすました顔で言い返す、ちゃっかりヘレンの隣の席についているフレディだった。
私以外の従業員は揃い、料理も既に並べられている。スタンリー、いつの間に。
「おはよう、アン」
「おはようございます、奥様」
にこやかに挨拶してきたヘレンに礼を返し、空いているところに座ると、血気盛んなクリスが話しかけてきた。
「見ろよアン!こいつ、反省の色が全くない。このまま縄で縛って君にそれを引っ張ってもらいながら生活させる方がよっぽど更生できる!うん、良いアイディアじゃないか?そうしよう、僕はちょっと頑丈な縄を探してくる」
その勢いで立ち上がろうとして、ヘレンがおっとりと口を挟んだ。
「まあクリス。そこまでしなくて良いわよ。この子の行動範囲はうちの中だけだし、ペットみたいじゃない」
「そうですね。しかしそれくらいしなくちゃフレディの悪癖は治せませんよ!」
「うーん、フレディ。あんまり酷いことしちゃ駄目よ?本当に縄を付けられちゃいますからね」
「はい、かあさま」
ショタは本当に母親の言うことは素直に聞くようだ。
そういえばヘレンの前でフレディがやらかしているのを見たことがない。ということは、そういうことなのだろう。
困ったらとりあえずヘレンを連れてくれば解決できそうだ。
朝食を済ませ、解散する。フレディはヘレンの姿が消えるまでは私の隣でいかにも「僕はこれからお勉強の時間です、やるぞお」って感じのやる気に満ちた顔で大人しくしていたが、いなくなった瞬間、豹変した。
手を繋いでいれば大丈夫だろうという考えは甘かった。
奴は、手を繋いだまま、私のスカートに手をかけたのである。
そしてそのままめくりあげた。
「うわわわ!?」
下は勿論素足ではないが、咄嗟のことで悲鳴をあげ、スカートを両手で押さえる。
ハッとした時にはフレディは手元を離れ、その姿は小さくなっていった。
残ったのは馬鹿にするような笑い声ばかり。
「あ、あのショタ…」
呆れた奴だ生かしておけぬ。
決意を新たに、再び屋敷の捜索が始まってしまった。
動く前に、前回の反省をしよう。
ダイニング、客間、医務室と私の予測に沿って探してきたが、どれも外れだった。素人の推理に従うよりかはしらみつぶしに次々と部屋を巡って行った方が遭遇率は高いのではなかろうか。
捜査の基本は足を使うことだと元刑事も言っていた気がする。
よし、ではまず一階の客間からだ。
朝食で一旦リセットされたから、前回探したところにもいる可能性が無きにしも非ず。
そこが済んだら片っ端からドアを開けて覗き見るのだ。女風呂を覗く変態のごとく、余すところなく。
私を止める者は存在しない。
むしろ私が追う側だ。
ホシはサル顔の大泥棒に違いない。
結論からいえば、フレディは見つからなかった。
一階だけでなく、二階の従業員の自室以外は全て目を通したが、見つからなかった。楽観的な思考を捨てて本気で部屋をガサ入れしたのに。
狐につままれるというのはこういうことを言うのだろうか。
やはりヘレンに応援を頼むべきか。
否。
初日から根を上げてどうする。せめて痕跡だけでも見つけなければ申し訳が立たない。
私は自分でこの仕事を引き受けたのだ。ホイホイ頼るのは駄目だ。
そう思ってその日は途中クリスが呼びにきても二つ返事で昼ご飯も食べずに屋敷中を駆け回っていた。
フレディは少なくとも食事の時にはダイニングに来ているというのを思い出したのは這いずり回ってヘロヘロになった夕方ごろだった。
自分が馬鹿なのは十分承知していたが、ここまで来ると流石にショックだ。
夕食は気まずくて参加できなかった。
もう一日が終わってしまうが、せめて何か言い残そうとフレディの部屋の前に張り込んでいたら、日が落ちても全く姿を現さない。
それでも意地になって座っていると「フレディならとっくに旦那様の部屋で寝てるぞ」とクリスが教えにきてくれた。
その日は何の成果もなく、それで終わった。
その日だけではない。
次の日も、その次の日も奴は巧妙な手口で私の手から離れ、逃げ続けた。
クリスの言う通り縄でも繋ごうか、とどんよりしながら考えていると、依頼主から呼び出しを受けた。