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だが王子はむっとした様子で私の頭を掴んで強引に引っ張り寄せた。痛い痛い髪の毛抜けてハゲになっちゃう。女の子の髪の毛は命って知らんのかボンクラが。
王子は私の髪を引っ張ったまま、至近距離で怒鳴り付けた。
「お前に拒否権などない!少し容姿が良いからと言って、俺に逆らえると思うな!」
絶対炎上させる。こいつ絶対炎上させる。写真撮ってネットに載せてお前らと協力して個人情報調べて炎上させてやるから待ってろ。演者としてはピカイチでも素人に危害加えんなボケが。
「兄上、そこまでにしてください。聖女様に怪我をさせたらどうするつもりですか」
新しい奴が出てきた。王子の弟役らしい。金髪碧眼がそっくりだ。そいつの後ろにはさっき兵士達に連れていかれた女の人がついてきていて、正義感が強いのか、私の現状を目にして「な、なんてひどいことするの!」と叫んだ。
「それに、この方も聖女様です。今代は歪みが大きく、聖女は二人必要なようです」
あの女の人も私と同じ聖女らしい。役割が減ったよやったね!なんて喜ぶ訳もない。そんな設定どうでもいいから帰してほしい。もうやだ、こんな声のでかいクソと一緒にいたくない。
「俺に指図するな!」
ほらまた怒鳴った。こういう奴大っ嫌い。自分が正しいと、正義だと酔いしれている人の形したゴミが。
「兄上...冷静になってください。聖女様の協力を得られなければ、我が国は衰退し、民の心も我らから離れる。そうなれば我らがこの城を追われるのも時間の問題でしょう」
「...ちっ」
舌打ちし、ようやく私の髪を解放する。私はそいつから転がるように距離を取った。もう二度とあんな奴に近寄りたくない。
女の人が駆け寄ってきて、「大丈夫?痛かったでしょ、可哀想に」と私の頭を撫で、王子に敵意の眼差しを向ける。
あれ?
私これ、心配されてる?
ないない、私が同性から優しくされたことなんて一回もないし。この女の人は単に身分を盾に強がるゴミを許せないだけだろう。勘違いいくない。
期待して裏切られるなんぞ数え切れない程経験してきたんだから学習しなくてどうする。
「とにかく、聖女様方には部屋を用意しましたので、ひとまずはそちらでお休みください」
嫌だっつってんだろ帰らせろや。
しかし私にそれを要求する気力は残っておらず、流されるままにお部屋へと案内された。女の人とは別室だ。彼女は別れる最後まで私のことをじっと見ていた。何なのだろう。
「はあ...」
閉められた扉を背に、死守していた鞄を漁り、スマホを取り出す。とりあえずお前らに詳細報告しないと気が済まない。
だが、スマホの画面は真っ暗だった。ボタンをいくら長押ししても電源が入らない。壊れたのか。
詰んだ。
絶望に顔を上げて、私は固まった。
ちょうど窓から見える風景。綺麗な中庭が広がっているが、私が目にしたのはそこじゃない。
ひろびろお空に、さんさん太陽が、二つもある。
「何でや、ねーん」
気休めを口にしても全く休まらない。
突然現れた不思議な渦。金髪碧眼日本語野郎。召喚聖女。ファンタジー的なお城の中。太陽が二つ。
まさかまさかまさかまさか。
「異世界に来ちゃったぁ...?」
渦に巻き込まれて別世界に瞬間移動なんてするわけ...w
したあああああああああああああ!!
「うっそだろお前...」
そんな、オズのまほうつかいじゃないんですから。きっとこれは夢さ。もしくはVR的な某。
でもさっき王子に髪の毛引っ張られた時痛かったんだよね、だから夢はなし。
という訳でここはVRの世界なんだ!痛覚搭載型のVRがあったんだ、世界は広いんだ!
「ないないないないないないないないないいいいい」
認めてはならない。認めたら私が死ぬ。
「有り得ねえ...」
ここが、別の世界だなんて。