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「君って、本当に記憶喪失なの?」

「…どういう意味ですか?」

「そのままだよ」


 リオはゆるく微笑んで私の返答を待っている。


 疑われている。しかし私にそこまでの衝撃はなかった。だって普通はそうだろう。記憶がない、顔面の溶けた怪しい女。しかも、今私が着ているのは貸してもらっている寝間着だが、ハリーが助けた時に身に付けていたのはすっかりくたびれたスウェットだ。


 それに、ハリーには会ってすぐに「助けてくれてありがとう」と言ってしまった。いや、それは記憶がなくても目覚めて自分の治療跡を確認していれば「我々に助けてもらったと彼女は認識した、とハリーが考えた」としたらまあおかしくはないか。


 見慣れない服に、確実に何かあった傷だらけの体。加えて記憶喪失とくれば警戒しないはずもない。

 リオは至って正常だ。


「すいませんが、本当です」


 だが、嘘は貫き通さなければ意味がない。仮にここで私が「実は聖女召喚されてボコボコにされて追放されちゃってー」なんて言い出したら、何て面倒な物件だと疎まれるのは目に見える。何せ相手は国なのだ。下手したらエセ聖女を匿った罪で一家取り潰しに…なんてなりかねない。

 私が記憶を失っていればもし国にバレても少なくとも譲歩はされるだろう。


 ヘレンに迷惑は、かけたくない。


 偏見を持たれるのが嫌でついた嘘だけど、今はそう思う。


「そっか、やっぱり、そうなんだね…」


 ん?

 と思った時には、リオは何かを誤魔化すように明るく笑った。


「落ち着いてきたら記憶もちょっとずつ戻るかと思ったけど、やっぱり、駄目なんだね。でも大丈夫だよ。きっとゆっくり過ごしてるうちに、ふっと思い出せるよ。私達も協力する」


 前言撤回。

 リオは疑っていなかった。私を心配して聞いただけだった。

 私の勘違いだ。こんなんだから引きこもりになるんだ、私は。

 戦慄する私をよそに、スタンリーがふん、と鼻を鳴らした。


「私達だ?勝手に巻き込むなよ」

「何言ってんの、スタンリーには一番協力してもらわなきゃ。医者なんだし」

「くだらん」


 吐き捨てるように言って、スタンリーは相変わらず不機嫌そうに、しかめっ面でリオと、私を睨んだ。

 お前の嘘なんてお見通しだと言わんばかりの、全部見透かしてくるような視線だった。

 バクバクと心臓が鳴り始める。冷や汗が額に滲み出てくる感覚。

 今ここで暴露するつもりだろうか。そいつは記憶喪失になんてなっていないと。お前達を騙しているのだと。

 医者なんだから、私の嘘なんかあっさり見抜いていても驚かない。だって医者だから!


「帰る」


 しかし私の不安を裏切りスタンリーはくるりと扉に向かった。「もー!」と声を上げるリオ、無言ながら袖を引こうとしたハリーも等しく拒絶し、彼は出て行った。ぶつくさと文句を言う従業員連中にバレないようそっと息を吐く。

 私にとってはこうなってくれて非常に助かった。人嫌いという点においてスタンリーには好感を抱いているが、好感度が高いからといって信頼できるかというと、また別の問題だ。


「まあ、スタンリーもあれで本当に大変な時には助けてくれるから、心配しないでね、アン」

「はい…アン?」


 困ったように微笑むリオに頷きかけて、首を傾げる。アンって何だ。

 彼らが今まで私を呼ぶ時は「君」とか「新入り」だった。私もそれで構わなかったのだが。


「愛称だよ。君の名前、アンジェでしょ?せっかく一緒に働くんだし、仲良くなりたいと思ってね。だめ?」


 陽キャ全開のその台詞に、私は何も言えなくなった。まだ出会って五日も経っていないのに、距離を縮めてくるのが少し早くないだろうか。


「嫌なら嫌って言えよ。僕達だって相手が不快な気分になる呼び方をしたいわけじゃない。何だったら僕は君のことを新入りって呼び続けたって構わないんだ。それなら名前を覚える必要もないしね。もっとも次に従業員が加わったらその時また呼び方を考えなくちゃいけないわけだが、そうそうそんなことも起こらないだろう。元々うちでは雇用の募集はしていないし。皆まだまだ現役だし。まあ年齢で言えばスタンリーが怪しいっちゃ怪しいがあれは長生きするだろう。知っているかい、周りから疎まれるような人間は寿命が長いものなのさ」


 黙っていると、クリスが語りかけてきた。話がずれていきそうだったので「分かりました。それでどうぞ」と首肯する。リオがやったあ、と手を叩いた。


 しかしアンか。未成年の親友に酒を飲ませそうな名前だ。そういえばこっちの世界では飲酒はいくつから許可されているのだろうか。そこら辺にいちいち戸惑っていたら記憶持ちどころか異世界人だとバレそうで怖い。


 ふと、目の前の光景に何か違和感を覚えた。

 連中の数を数えてみる。

 リオ、クリス、ハリー。スタンリーはいなくなった。ということで、三人だ。

 あれ?

 そう思った瞬間。


 ガタガタガタガタ!


「うわっ!」


 ベッドが盛大に揺れ始めた!

 地震か!ここは某島国じゃないのに!

 とりあえずベッドから転げ落ちたところで、「フレディィィィー!!!」とクリスが絶叫。


「あっははははは!バーカ!」


 ベッドの下から這い出してきたショタがあっかんべーして逃げていく。

 前にもあったな、こんなこと。

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