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 ヘレンの屋敷で働くことになった。

 ひとまず私の怪我が完治するまでは無理せずしっかり養生するようにとヘレンは言いつけ、他の従業員に対しても、私をサポートするように言い渡したらしい。次の日から私の診療部屋にはこの屋敷で働いている人達が顔を出すようになった。


 一日目は髪の長い、華やかな若い女の人。黄緑色の可愛らしいエプロンをつけている。リオという名前で、料理人らしく、病人食を作ってきてくれた。鶏肉(っぽい)とトマト(っぽい)、あと何か粒々したもの(おそらく原材料小麦粉)が入ったあったかいスープはビビるくらい美味しかった。


 ハリーに怒鳴りつけていた私と同年代の青年が、執事のクリス。何だったか、燕尾服?あんな感じの服装をしている。聞けば私の一つ上だった。それなのにこの屋敷の管理を一人でもこなせるくらい有能だが、いつも騒がしい。比喩でなく思ったことを全てすぐ口に出すタイプで、黙っている時間がない。おそらくこの世で最も正直者だろう。


 従業員の健康を守るのが医師スタンリー。中年の男性で、見る度に不機嫌そうな顔をしている。私が気に入らないのかと思っていたが、誰に対しても、あのヘレン相手でも同じ態度だったため、単にそういう性格なのだろう。勤務時間外はよっぽどのことがない限り自室から出てこないそうだ。


 以上が、この三日間の私の監視員だった。ヘレンの言いつけか、皆、化け物を忌避するような言動はせず、優しくしてくれた。本当にありがたい。


 一日目はうら若き乙女リオ、二日目がマシンガントーククリス、三日目が人嫌いスタンリー。では今日の曲者は誰だ、と身構えていた私の前に現れたのは、


 短く切り揃えられた緑髪に夕日の目。見上げないと顔が見えない体格。庭師ハリーだった。


 私を発見して助けてくれた、庭師兼猟師のハリー。オレンジ色の綺麗な目をした大男だ。私を助けてくれたのは、成果のない猟の帰り道だったそうだ。獣を仕留めてくるかと思えば女子を連れて帰ってきたので、皆仰天したとか。

 この人は過去に何かあって口がきけないらしく、基本的に筆談でコミュニケーションをとっている。しかし私はこの世界の文字が読めないので、まだちゃんと会話したことはない。


 どうすればいい。付き添いの人も誰もいないし、会話が成り立たない。

 緊張で体が強張る私を余所に、ハリーは部屋の換気をしたり水差しの中身を補充したり、甲斐甲斐しく働き始めた。


「…あの、ありがとうございます」


 手持ち無沙汰で礼を言うと、ハリーはこちらに顔を向け、頷く。声を出さないのは予想通りだったが、その表情も変わらないとは思っていなかった。怒っているのか、イライラしているのか、はたまた何も感じていないのか、全く読み取れない。


 どうして彼は私を助けてくれたのだろう。今は包帯をしているからまだマシだが、あの時は素顔を晒していた。怪我人とはいえ触り難かっただろう。それを我慢してまで救ってくれた。

 クリスの言う通り、相当のお人好しということだろうか。


 しばしハリーの姿をぼうっと眺めていると、あることに気づいた。

 彼は私と一定の距離を保っていた。それを忠実に守って、決して近づいてこようとはしない。


 …当然だ。包帯が巻いてあるとはいえ、私の顔は化け物そのものだ。一切気にせず触ってきたヘレンが異常なのだ。


「あなたも大変ですね」


 無意識のうちに声が出た。


「自分の仕事もあるだろうに、私の世話まで…」


 ハリーがこっちを見た。

 目を空中でうろうろさせて、少ししてから首を大きく横に振った。

 …気を遣わせてしまった。化け物相手に。


「すいません、嫌ですよね、顔、下に向けてますから…」


 俯く。

 それ以降、会話は発生しなかった。




 次の日。


「おはよう新入りさん。今日は私が担当だよ。後ろの人達は気にしないでね」

「何だそれは、どういう意味だリオ!まさか、僕を無視するように言っているのか!?確かに今日は君が当番だが、僕は君らが気まずくならないようにと気を遣って来たんだぞ!それを気にするなだって!?」

「ぷーっ!クリスのお邪魔虫!」

「何だと!うるさいぞフレディ!僕は文量こそ多いが声量はそこまで大きくない。それで言えば君の方がよっぽど非常識さ!仮にも病人の前で、イタズラしたり騒いだり!少しは礼儀ってものを身につけたらどうなんだ!」

「クリス、お前さんは声量も大きい黙れ」

「何!?スタンリー、それは嘘だろう。少なくともフレディよりはマシなはずだ!」

「……」


 これまでの四人に加え新たに見知らぬ一人が加わった、五人だった。

 いや、一人も完全に見知らぬわけではなく、チラッと顔は知っている。ここで目覚めて一番初めに見た、身なりのいいくせに生意気そうなショタだ。


 このショタは、ヘレンとこの屋敷の主人の実の子供らしい。ヘレンから生まれたにしては品が足りないと思う。私が言えたことではないが。

 しかしメイドをお手付きにするとは、ふてえ主人もいたものだ。ちなみにその主人とはまだ会っていない。出張中らしい。帰宅して私を見るなり「うちにはもう従業員がいるでしょ!返してきなさい!」とか言われたらどうするべきか。


「ごめんね、こんな大所帯で押し掛けちゃって。でもどうしても聞きたいことがあってね」


 外見に似合わぬ落ち着いた低い地声で、少し申し訳なさそうに笑ったのはリオだった。オレンジとピンクが混じったような色の長いサラサラした髪が目に眩しい。

 リオは、ベッドの上が定位置となっている私に、笑顔のまま尋ねてきた。


「君って、本当に記憶喪失なの?」

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