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 教育係は左腕の袖をまくって肌を見せてくる。そこには覆い尽くすように赤黒い火傷の痕があった。


「我らは皆、左手の甲に刺青をしている。私はこの国に侵入する際、これを隠すために全身を焼いたが。同胞は聖女と知れば亡き者にしようとするだろう。貴様も気を付けるのだな」


 何さらっと怖いこと言ってんだ。


「女神に魅入られていないのであれば、殺す理由はない、が…貴様は仮にも聖女だ。我らに利益をもたらす存在ではない。力があろうとなかろうと、それは変わらん…やはり、存在は消すべきか」


 ぶつぶつと呟いて、教育係は懐から何かを取り出すと、突然私の顔にそれを近付けた。


「うっ」


 咄嗟に目を閉じる。手で顔を覆うが間に合わず、顔にふりかかる。

 ぬるりとした感触。

 液体だ。


 何か、ずるりと何かが、ずれたような。


「っ…?……!!」


 声にならない声が喉の奥から溢れる。


 熱い、熱い。熱が顔面を駆けずり回っている。怖くて触れない、目が開けられない。


「さようなら、聖女様」


 初めて会った時のようなにこやかな声と、何かが落ちる音、立ち去る足音が耳に入ってくる。


「あ、ま、あ…!」


 待って、と言おうとするが、声が詰まって口がうまく動かない。


 真っ暗な視界でどうにか両手と片足で立ち上がり、よろよろと歩いて、木らしきものにぶつかり、尻もちをつく。


 這いつくばって手探りで川の縁を探し当て、水の中に顔を突っ込んで冷やしてから、ゆっくりと瞼を持ち上げる。


 歪んだ水面に映っていたのは、化け物だった。


「ひっ!!」


 まさか。

 そんな訳ない。そんなことがある筈がない。

 性格が悪くても、運動も勉強もできなくても、得意なことがなくても、友達がいなくても、愛されなくても、容姿が良ければ許される。

 可愛い、それだけが、私の、


「大丈夫…大丈夫…」


 川から目を逸らす。こんなものはあてにならない。ちゃんとした鏡でもなければ…


「…あ」


 手鏡が、落ちていた。さっきの音はこれが落ちる音だったのか。奴がわざと落としたのだろうか。


 自然と早くなる呼吸を抑え、震える手で拾い、鏡を覗く。


 皮膚の溶けた醜い怪物が、そこにいた。


 あ、終わった。




 依然ナイフの刺さった左足を庇い、鈍い痛みの残る腹を右手でさすり、醜い顔を俯かせながら、進む。

 行き先などない。ただ、こんな森で死ぬのは嫌だった。せめて死ぬときくらい美しいものに囲まれたかった。

 だが、体力も気力も、備わってはいない。


「う、ぁ」


 木の根に躓いて転ぶ。痛い。何もかもが痛い。意識を保っていられない。


「助けて…」


 倒れ伏したままぼんやりと口にする。大抵の人なら、その後に誰か親しい人の名を呼ぶのだろうけれど、私は知らない。私には助けに来てくれる人なんていない。


「誰か、助けて」


 誰が私を助けてくれるというのか。

 私は見た目以外は最悪の人間だった。見た目の良さすら失われた私は、動くゴミでしかない。

 私には何も、なくなった。全部、なくなった。


「助け…」


 その時、誰かが、私の前に立った。

 接近されるまで、気付かなかった。

 顔を上げる。


 比喩でなく、見上げるほどの、大きな男の人だった。私が立ち上がっても、頭一つ…いや二つほど差があるだろうと思わせられる、大男。

 はるか高みから見つめてくる目は、夕日のようなオレンジ色だった。


「…綺麗」


 無意識に声を漏らして、私は気を失った。

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