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第1話 巻き戻る1週間①

「時間が巻き戻っているみたいなんです、先輩!」


 廿楽(つづら)鳴子(めいこ)――わたしは学校の中庭で真剣な口調で告げた。



♪♪♪



わたしがその事実に気が付いたのは、今朝のことだった。

 春休みだというのに、私はいつものように六時前に目を覚ました。二度寝という欲求にどうにか抗ってベッドから出た私は階段を下り、玄関へと向かった。郵便受けに入れられている新聞を回収し、リビングのテーブルの上に置く。そして一息つく間もなく、キッチンへと向かい、ポットに入れた水を火に掛けお湯を沸かしながら、冷蔵庫の中身を確認し始める。

 お気づきかと思うが、わたしの両親は朝に弱い。二つ下の弟も両親の血を色濃く受け継いでいるらしく、とても朝に弱い。

 二人の血を受け継いでいるはずなのに何故か朝に滅法強いわたしは、家族に変わって朝食を作ることが日課になっていた。


「あれ?」


 まだ眠気が残る頭で冷蔵庫に残っている材料を確認していた私は、可笑しなことが起こっていることに気が付いた。

 わたしは困惑で首を傾げる。

 視線の先。つまり冷蔵庫の中に、昨日寝る前にはなかった食材が並ばれていたからだ。

 でも、どこかその食材たちには見覚えがあった。朝食の準備を任されている身なので、常に冷蔵庫に備蓄されている食材は確認しているし、ある程度記憶もしている。

 その記憶の中にある数日前の食材と、今目の前にあるものが見事に合致している。

 そう。今冷蔵庫の中にある食材は、わたしが先週の土曜日に買ってきたものだ。その証拠に、買い物の帰り際に近くのケーキ屋さんで買った好物のチーズケーキがあった。


 ――これは、どういうことなんだろう?


 眉間に眉を寄せ、わたしは天井を仰ぎ見た。

 まるで冷蔵庫の中を補てんするように、先週買ってきたものが何故か存在している。昨日買ってきた覚えがないし、寝る前中に入っていたものをはっきりと覚えている。まさか、誰か家に勝手に入ったのだろうか――と考えたけれど、そんな可能性はないと即座に否定する。昔話の唐笠地蔵でもないのだから、家に無断で入る人がそんなことをするはずがない。一足早いエイプリルフールなーんていう冗談と思えない。

 わたしはもう一度冷蔵庫に視線を移した。変わらずそこには昨日とは違うものが並んでいる。

 そこで、ふと、私はある可能性に至った。


 ――……まさか。


 嫌な予感に突き動かされるように、私は先程郵便受けから回収してきた新聞紙があるテーブルに駆け寄る。新聞紙に印刷されている今日の日付を見た。

 三月二十三日。

 見間違いようもなく、それが今日の日付だった。

 そして、わたしの考えが間違いではないということが確実になった。

 何故なら、今日は――三月三十日(・・・・・)でないと可笑しい。

 けれど、新聞紙の表紙には今日が三月二十三日だとはっきりと告示されている。つまり、これは信じられないような話なのだけれど、時間が巻き戻っているということだ。

 その後、火に掛けていたポットのことを思い出し、慌ててキッチンに戻った私は、とりあえず落ち着くために朝食の準備を始める。一週間前であって一週間前ではない食材を使うという妙な感覚に困惑しながらも朝食を作った。


 丁度、朝食が出来たところで、墓場から這い出たかのような表情をさせた両親と弟が起きてきた。どうやらまだ本調子ではないようだ。

 少しだけいつもの調子な家族に安堵しつつも、朝食を食べながらそれとなく三人に今日の日付に尋ねてみる。けれど、やっぱりというべきか想像通り三人とも今日が三月二十三日だと認識しているようだった。

 念のため、と思いテレビを観てみるけれど、やはりニュースなどでも今日が三月三十日だと伝えていた。

 朝食の後、仕事がある両親と友達と遊びに行くという応答を見送ったわたしは、ひとまず洗濯ものだけを済ませてから家を出た。

 この謎の現象について何か知っているかもしるかもしれない人物に会うために。



♪♪♪



「――ということなんです! どう思いますか、先輩?」


 家を出た後、通っている中学校の中庭で私は、先輩に今朝の出来事について、分かっている限りのことを伝えた。話していた間、あまりに荒唐無稽な話にも関わらず、先輩はわたしの話を一応聞き逃すまいと、長い耳をピンと伸ばして(・・・・・・・・・・・・)耳を傾けてくれていた。


「へえ、なるほどね。それはなかなか由々しき事態だ。ただ、僕の意見としては――」


 先輩はたっぷり間を置いて、わたしの顔を見ながら告げた。


「――あははは、いやいや、ありえないよ! ぐふふふ、ぶっちゃけ、時間が巻き戻るわけないないって!」

「……、」


 間を置いて私の耳に届いた言葉は、今起こっていることに対する困惑でもなければ、興奮でもなく、ただの嘲笑だった。はっきり言って、すごくムカつく。

 わたしはそんな先輩を半眼で睨みつけた。


「あのう、先輩。人語を喋るうさぎさん(、、、、、、、、、、)がいる時点で、もうこの世界にはありえないことなんてないと思いますよ?」


 わたしが半眼で睨む先のベンチの上には、灰色の毛並みをしたうさぎが座っていた。

 辺りを見渡しても、わたしの周りには人の姿はなく、目に見えているのはベンチの上にいるうさぎだけである。

 そう。つまり、先輩と呼び、話しかけていたのは、視線の先にいるのは人ではない。ペットショップや動物ふれあい広場などでよく見かけるうさぎだ。

 彼(?)の名は、先輩。

 勿論、先輩というのは本名ではない。出会った当初から名前を尋ねても、頑なに教えてくれないので、私よりも年上という理由で勝手に『先輩』と呼んでいる。本人もこの呼び方には、何故か満足気なので、そのまま定着してしまっている。

 見かけは喋ること以外、ただのうさぎにしか見えない先輩だけれど、実はある秘密がある。その秘密を知っているわたしは、こういった事態が起こった時に物凄く頼りにしている。


「へえ、君も言うようになったね。確かにそれもそうだ。ありえない現象がすでに起こっている時点で、ありえない現象を否定しても説得力がないね」


 でもね、と先輩は一拍間を置いて言葉を続ける。


「時間は絶対的で圧倒的だ。激流に逆らって川を遡るようなものだよ。どうやっても時間を巻き戻すことなんて出来ない」


 先輩は枝葉の間から刺す木漏れ日を気持ちよさそうに当たりながら、きっぱりと断言した。


「それは……そうですけど。でも、現に時間が巻き戻っていて、わたしの頭の中にはちゃんと本来の一週間前の記憶もあるんですよ」

「きっと、長い夢でも見ていたんだろうさ」

「妙にリアルな気がします」

「気のせい気のせい」

「気のせいではないですよ」


 押しても引いても、引き下がらないわたしの様子に、先輩は観念したようにため息を吐いた。


「はあ、仕方がないね。仮に時間が巻き戻っているとしよう。で、その原因が僕にあるといいたいのかい?」

「そうは思いません。でも――」


 わたしはそこで一旦言葉を区切り、周囲に視線を配る。中庭には風に揺れる草木のさざめきだけで、人が近づいてくるような足音は聞こえない。誰もいないことを確認すると、先輩に向かってこの現象を引き起こした現象について断言した。




「――『魔法(、、)』が関係していると思います」

 草木が揺れる音が中庭に響く中でも、私の声ははっきりと聞こえた。




「へえ……魔法ねえ」


 わたしの言葉に、普段は全く変化を見せない先輩が目を細める。先輩の瞳の奥に宿る光がかすかに揺れたような気がした。

 動揺なのか、それとも緊張なのかはわからないけれど、先輩が何か思っているということは確かだ。


「時間が巻き戻るなんていうことが、普通の状態で起こるとは思えません。となると、何かしらの人知を超えた力が働いていると考えられます。その人知を超えた力――魔法使いである先輩なら、何か知っているんじゃありませんか?」

「……、」


 わたしの問いに、先輩はすぐには答えようとはしなかった。

 思索に耽っているようには見えない。ただじっと私の顔を見つめ、何かを試すように内面を見透かそうとしているような――……そんな気がしてしまう。

 やがて、先輩は大きくため息を吐き、口を開いた。


「――約四十五億年前にビックバンが起こり、現在の宇宙が生まれた。生物と呼べる存在が生まれたのはそれよりもずっと後だけれど、それだけの長い時間の中でいくつもの偶然が重なって時間が巻き戻ることはあるさ。地球という星に付随する謎をすべて解き明かせていない人類が、摩訶不思議なことが起こったからといってそれが魔法によるもだというのはおこがましいよ」

「あ……あの、どういう意味ですか? 話が長すぎて意味が分からないです!」


 何かを誤魔化すような長ったらしい言葉に思わず私は首を傾げる。


「僕たちが観測できないだけで、時間が巻き戻る・空間が歪むなんていうことは常に起こっているということさ」

「つまり、人知の及ばないことがいつの間にか起こっているということですか?」

「そういうことだね」


 頷く先輩に、わたしは納得しかけた。そう納得しかけたのだ。

 確かに先輩の言うことは正しい。自分に理解できないことが起こっているからといって、それを魔法のせいにするのは甚だ傲慢だ。

 でも、とわたしは思う。

 先程、先輩自身が言っていたではないか。


「先輩、誤魔化さないでださい」

「誤魔化してなんかないよ」


 どうやらこのまましらばっくれるつもりだ。

 そうはさせるものかと、わたしは一歩前に踏み出した。


「先程、言いましたよね? 時間は絶対的で圧倒的だって。激流に逆らって川を遡るようなものだと。そこまではっきりと断言する先輩が、何かと理由を付けて『時間が巻き戻る』なんていうとは思いません」

「……、」


 はっきりと断言する言葉に、先輩は大きく目を見開き驚く。そして、気だるげに目を細め、わたしから視線を逸らした。

 ……どうやら本気でわたしを誤魔化せると思っていたらしい。


「げぶんげぶん。鳴子……君の言う通りだとしても、やっぱり僕はまだ信じられないよ。確固たる証拠がなければ、時間が巻き戻っているとは思えない」

「じゃあ、証拠があれば信じてもらえるんですか?」

「うん……ただし、証拠があれば、ね」


 無理な要求だ。

 時間が巻き戻ったということは、証拠となるようなものを用意していても元に会った場所に戻ってしまうということだ。証拠なんてあるはずがない。

 もちろん、先輩もわかっている。

同時にわたしは先輩が、どれだけ現状について調べるのが面倒くさがっているかもわかる。まあ、実は話す前から先輩が駄々をこねるのはわかってはいたんだけど。

けれど、これはつまり先輩が首を縦に振らざる終えない状況まであと少しということでもある。あと一押し。いけいけ、わたし。


「先輩。わたしには提示できる証拠がありません」

「なら、時間が巻き戻ったなんてことは気のせい――」

「でも、証明はできます」

「……は?」


 勝ち誇っていたかのような表情をしていた先輩が、大きく口を開ける。うさぎの姿をしているので、間の抜けた表情でも愛らしく見えてしまった。


「証拠がないのに証明ができるわけないと思うよ」

「出来ます!」


 私は口の端に笑みを浮かべて、はっきりと宣言する。

 強い口調で言う私に気圧された先輩は、目だけで「まあ、言うだけ言ってみなよ」とう促してくる。わたしはお言葉に甘えて、拳を強く握り、ここに来る前からあらかじめ用意していた言葉を口にした。


「もしも、先輩がわたしと同じような状況に立ったら、先輩はどうやって時間が巻き戻っていることを証明しますか?」

「……っ」


 わたしが口にしたことは証明ではなく、問いだ。

 同時に問いではなく、証明でもある。

 そして、普通なら何の意味もたないこの言葉に、先輩は喉に言葉をひっかけたまま茫然としていた。

 やがて、笑い声を上げ、わたしの目を愛らしい双眸で見据えてきた。


「ははは……まいったな。そうかそうか……なるほどね」


 わたしの言葉の真意を理解した先輩は、自分の可愛らしい前足を上げる。一見愛らしい表現をしているように見えるけれど、これは降参という意味だと思う。


「参った。確かにそれはまさしく証明になるね、鳴子。君の勝ちだ」

「じゃあ、私の話を信じてくれますね」

「渋々――本当に渋々だけど信じてあげるよ。やれやれ、じゃあ、前置きから話そうか――」


 先輩の口から語られる言葉に、わたしは耳を傾けた。

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