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8.恵みの大樹を見に行きました。

兄さんの所属する探査魔術師科は簡単に言ってしまえば未来の考古学者や探検家を育成する所だ。後で聞いたら成績優秀者の中のさらに優秀な生徒しか所属出来ない所らしい。当然、担当する先生や教授も発掘調査員の資格を持つ人や考古学の権威でもあったりする。それで、「考古学の先生や教授」をイメージしたらどんな人を思い浮かべるかと言えば、大体の人が間違いなく凄いヒゲのおじさんだったり、アインシュタインみたいな感じの人だったりをイメージするだろう。でも、兄さんが「教授」と呼ぶ方はそれらのどれにも当てはまらなかった。


「レポートは確かに受け取ったわ。お疲れ様。」


大きなバストに、それを強調する胸元を大胆に開いた衣装。その上に着ている半袖のグリーンのジャケットは調査員の資格を持つ人にしか支給されないものらしいが、それが無ければ色っぽいエルフのお姉さんにしか見えないだろう。


でも、このお姉さんこそがボルシェーヴォ学園一いちの考古学の権威、アリシア・ルケロア教授なのだ!研究室の中は難しそうな分厚い本と何かの動物の骨格の模型とかがあって、とてもじゃないがめちゃくちゃ美人なアリシア教授には不似合いすぎる気がする。


「ありがとうございます。」


兄さんは軽く一礼する。


「ところで、今日は妹さんも同伴とはどういう事なの?」


視線がこちらに向けられた。優しそうな微笑みと右目の泣きボクロが逆に色っぽくて、私は思わず緊張してしまう。


「わ、私、その、どうしても兄さんの通ってる探査魔術師科を見学してみたかったんです!」

「へぇ、珍しいわね。兄妹揃って考古学に興味があるのね。」

「い、いえ。」

「フフ、そんなに緊張しなくても良いわ。あなた、名前は何ていうのかしら?」

「私、リオン・アディンと言います。遅くなりましたが、兄がお世話になっております!」


私はペコッと一礼した。


「……リオン・アディンさんね。覚えておくわ。レオナルド君、学園長には私から話しておくから、もう帰って良いわよ。」

「学園長は今日はご不在なんですか?」

「今日、娘さんの4歳の誕生日なんですって。50過ぎてようやく授かった娘さんだから可愛がりまくりたいんでしょうね。」

「はぁ。」

「ま、ともかく新学期まであと少しなんだから残り少ない休みを満喫しなさいな。」

「分かりました。教授、失礼します。」

「し、失礼します!」


私と兄さんは研究室を出た。


「………あの娘がリオン・アディンさんか。少しだけ噂には聞いていたけど、意外と大人しくて良い子じゃないの。やっぱり、ウワサはウワサね。」


アリシア教授はひとりつぶやく。




研究室を出て少し歩くと、私の肩にかかっていた変な重りが一気に外れて、ようやく一呼吸つけた。


「はー。綺麗な人だったー。」


私はふぅっと大きく息をする。


「どうしたんだいリオン、そんなに緊張して。」


対して兄さんは自然体だった。


「に、兄さんは何とも無かったんですか?」

「何ともって?」

「アリシア教授ですよ!あんなに色っぽい方、逆にこっちが緊張します!」

「そうかな?」

「そうですよ!兄さんは美人だとは思わないんですか?」

「そりゃ思うよ。いつも綺麗だなって。でも後は特になぁ……」


兄さんは何食わぬ顔で私に答えた。


(ええ……あんなに美人な人を間近にして特に何も無しなの……?兄さんって、そういう方面には意外と鈍感なのかなぁ……?)


前世のお兄ちゃんはアイドル好きだったんだけどなぁ……。





「お、意外と早かったな。」


校門の前でジェラルドさんは待っていてくれた。


「レポート渡すだけでしたから、そんなには。」

「そうか。じゃ、用が済んだんなら何か食いに行こうぜ?坊っちゃん達、昼メシは外で済ますって言ってきたんだろ?」


馬車の準備をしながらジェラルドさんが話しかける。


「そうですけど、まだお昼には少し早いような…」

「確かに昼の鐘は鳴ってないが、オレが腹減っちまってな。」


ジェラルドさんが笑いながら自分のおなかをさする。


「昼の鐘」というのはこの町の中央にある大聖堂の大きな塔が鳴らす正午を告げる大きな鐘の音の事だ。この世界にはどうやら時計は無いようで、町の人達はこの鐘の音を目安に動いている。この鐘が鳴るのは1日3回。私の元いた世界の(要するに現代日本の)尺度で言うと、朝の6時頃、昼の12時頃、夜の6時頃の3回鳴らしている。最初の頃はびっくりした。朝眠っていたらとびきり大きな鐘の音で目を覚まされて事故か何か起きたのかと思ったほどだ。ちなみに、鐘を鳴らしているのは教会に勤める神父さんやシスターの方々らしい。


「ま、ゆっくり遠回りすりゃあ良い時間にはなるか。」

「あ、それならジェラルドさん、私、行きたい所があるんです!」

「行きたい所?嬢ちゃんが?」

「はい!」





「ほら、『恵みの大樹』が見えてきたぞ。」


私が行きたかった所、それは「恵みの大樹」だ。そう、リオンさんが登ったこの街のシンボルとも言える大樹。大樹の周りは手入れされた芝生で広がっていてその周りには綺麗な花壇が並べられている。大樹の木陰には楽器を片手に歌う吟遊詩人や座ってパンやサンドイッチを食べている冒険者さん達、遊んでいる子供達などで賑やかだ。


「どうだいリオン、何か思い出せそうかい?」

「う~ん……」


私がここに寄った理由、それはリオンさんの記憶の中でも唯一思い出せない記憶。どうしてこの恵みの大樹にリオンさんは登らなければなかったのか。ここに来れば思い出せるかもしれないと思ったからだ。けれど、何かを見た瞬間に頭の中にリオンさんの記憶とかが流れ込む感覚は、全く来なかった。


「頭打って記憶が飛んだなんてのは無くはない話だぜ。冒険者時代、頭をゴブリンに殴られて気絶した友人を町の医者の所へ運んだ事があるが、目を覚ましたそいつは何で自分が医者のベッドで寝かされてんのか覚えてないって言ってて、今も思い出せないって言うんだ。だから嬢ちゃんも無理に思い出す事無いんじゃないか?」

「それは、そうかもしれませんけど……」


ジェラルドさんの言う通りかもしれないけど、私にはどうしても諦められなかった。何かスッキリしないのだ。


私と兄さんは馬車を降りると、恵みの大樹の近くまで寄ってみた。見上げると、首が痛くなるんじゃないかと思うほどの大樹。太さも前世に本で読んだ屋久島の大木よりも太いんじゃないかと思う。


「何か思い出せる?」

「……ダメ。何も思い出せない。」


手がかりは無し。私と兄さんは大樹を何となくぐるりと回った時だった。


「この窪みは何だろう?」


兄さんが足を止めて大樹の幹を見ている。


「窪み?」

「うん。ほら、コレ。」


兄さんの人差し指の先を見ると、大樹の幹に小さな窪みが5つあった。4つはだいたい横並びなのに1つは4つの窪みの左下に何故かあった。高さは私の頭くらいにある。これは何だろう?


「あ!上を見てみなよ!同じような窪みが上に向かって伸びてる!」


兄さんに言われるまま上を見ると、似たような窪みが上に続いていた。4つの窪みと位置のずれた1つの窪み。その1つの窪みの位置は左・右・左・右………と何故か対称になっている。


(あれ…………これって…………)


私は、窪みに指を入れてみた。人差し指、中指、薬指、小指、そして最後に親指…すると、窪みに指がピッタリとはまった。


「!!!」


瞬間、私の頭の中にリオンさんの記憶が流れ込んでくる!




「待ってなよ………動くんじゃないわよ………!!」


メキャッ!メキメキッ!


「私が行くまで………大人しくしてなさいよ………!!」


メキメキッ!ズボッ!




前世のテレビで「ボルダリング」という競技を見たことがある。スポーツクライミングの一種で、赤・青・黄色・ピンク・オレンジ等の色とりどりの石の形のような突起のある壁に掴まり、どれだけ高い所に登れるか、どれだけ難しい所に行けるかを競う競技だ。テレビに出ていたお姉さんは指先しか掴めないような突起に手をかけ、高い所へとすいすいと登って行った。


もし、その壁が掴まる所の無いつるつるとしたコンクリートの壁だったらどうなるだろうか?「ボルタリング」は早い話が手足の力のみで登る競技だ。掴まれる所が無ければ、どんなプロでも登る事は出来ないだろう。


さて、ここで「恵みの大樹」に話を戻そう。恵みの大樹の幹の表面は割りとデコボコしてはいるが、とてもじゃないが普通には登れる木ではない。掴める所が無いのだ。大樹の枝は上の方にしか無いし、幹の太さもかなり太いので体で抱えるように掴んで登るという事も不可能だ。


だけど、リオンさんは違った。リオンさんの登り方は、大樹の幹の表面を握り潰すように手に力を込めて指を食い込ませ、つまりはカギ爪の様にして登るというあり得ない方法だ!だってそうでしょう?そんな方法をやれる為の条件はものすごい腕の力と握力が必要なのだから!


でも、記憶の中のリオンさんは、大樹の幹を無理矢理掴むようにして、指を幹に食い込ませ、腕の力で登っていた……。


「兄さん……」

「ん?」

「私って……」


物凄い力持ちなの?と聞こうとして、やっぱりやめた。


「リオン?」

「いや、何でもないです。馬車に戻りましょうか……。」


兄さんに聞かなかった理由、それは聞こうとした瞬間にとある記憶が入って来たからだ。


兄さんが上級生に暴力を振るわれていた時に、リオンさんが止めに入った時の記憶。あの時リオンさんは、兄さんを傷つけていたリオンさんや兄さんよりも大きな上級生を両手で頭上に持ち上げて投げ飛ばしていたのだ。


あり得ない、あり得ないと、私は首を真横に何度も振った。


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