7.初めて学園へ行きました。
「大丈夫?テレサちゃん?」
「あだまが……ガンガンじまず……」
兄さんと学園へ出掛ける前に昨日のパーティーで二日酔いになったテレサちゃんのお見舞いに私はメイド長の部屋へ訪れていた。
「面目ありまぜん……お嬢様の従者だというのに、この体たらく……うぐ……あと少しだけやずまぜてください……少し休んだらお掃除とお花の水やりと……」
「今日は休んで!他のメイドさん達がいるじゃない!私からの命令だよ!」
「……お……お嬢様のご命令とあらば……あぐぅ……」
テレサちゃんはベッドの中でうんうん唸っていた。私はお酒なんて飲んだこと無いから分からないけど、相当辛そうだ。
「じゃあ、私そろそろ行くね。」
「あ、あの、お嬢様……」
「なに?」
「……制服、お似合いですよ……あ、頭が……うぐ…」
「あ、ありがとね……。」
そんな死にそうな声で褒められてもなぁ……ちなみにテッセンさんの部屋にも行ったけど、ドアに「面会謝絶」と札が掲げられていたので諦めるしかありませんでした。
「それじゃあ2人とも行こうか?トーマス、デボラ、ゆっくり頼むぞ。」
私と兄さんを乗せた馬車がゆっくりと動き出す。馬車といっても屋根のついてない、どちらかと言うと人力車みたいなフォルムで私と兄さんは並んで座っている。馬車を引いているのはトーマスというオスの馬とデボラというメスの馬で、おしどり夫婦のように仲が良くて2頭とも大人しい性格。そしてその馬達の手綱を握るのが、
「それにしても、いつの間に2人は仲良くなったんだ?何か変なもんでも食ったのか?」
「別に何もないですよ。僕もリオンも。」
「そうかぁ?しかし、なんつーか、リオン嬢ちゃんが何だか別人に見えんだよなぁ。」
「私は私ですよ。ジェラルドさん。」
「ふぅむ。ま、仲が良い事に悪いことは無いし、別に良いか。」
元冒険者のジェラルドさん。アディン家には専属の飼育員として働いている肌の黒いダークエルフという種族の男性。細い体だけど体は引き締まっていて、アスリートのような体つきをしている。かつてはフィアス大陸中を渡り歩く凄腕の冒険者だったのだが、ケガが元で右足の膝から下を失ったのをきっかけに冒険者を引退せざるを得なくなった。それで仕事を探していた所、アディン家の馬達の世話や馬車の手入れ等をする飼育員の募集を見て数年前に面接にやって来たのだ。
「ガキの頃は親父や兄貴達に混じって牧場の仕事の手伝いをしてたからな。馬達の世話なんて体が覚えてるさ。足はこんなだけどよ。」
面接の際の第一声が今のセリフらしい。ジェラルドさんは初対面のお父様に対して礼儀も敬語も全くなってなかったが、色々とやり取りをしている内にお父様は「裏表の無い竹を割った様な性格が気に入った!」として採用したらしい。そしてお父様はジェラルドさんの為に義足を作って、今も時間があれば改良しているとのことだ。
ちなみに出発する前、ジェラルドさんはズボンの裾をわざとめくって右足首の辺りを見せてくれた。
「何言ってんだ?オレの右足は2本目だって何年か前に話したじゃねぇか。オレの第2の足はライデンの旦那が拵えた義足だってのは頭打って忘れちまったのか?」
若い外見なのにジェラルドさんは杖を使っていたので足でも悪いんですか?と聞いたら(この時はジェラルドさんが義足ということを知らなかった)、自分の足の事を不思議そうな顔で教えてくれた。私は慌てて「そうでしたね!失礼な事を聞いてすみませんでした!」と謝ったら、逆に笑って許してくれて、「オレも気にしてないからそんくらい気にすんな。それより今度の義足は凄いぞ!とにかく軽いのに丈夫で足への負担がほとんど無いんだ!」と自慢気に第2の足を見せてくれた。
「今日は天気も良いし、風も穏やかだ。こういう日は外に出て体を動かすのが一番だぜ。」
お父様が気に入るのも分かる気がする。本当にさっぱりとした気持ちの良い人なんだ。
ポクポクという馬の蹄鉄が地面を叩く音を聞きながら、周りの風景がゆっくりと動いていく。初めて見るイセクヴェレの町並みはとても綺麗だった。明るい色のレンガで建てられたたくさんの建物。小さな喫茶店だったり、商店だったり、宿屋だったり。所々に植えられた街路樹等の緑が花を添えている。そこを行き交う人々も個性的だ。赤ちゃんをおぶった女の人が買い物をする姿、剣や盾を背負って歩く冒険者の集団(仮装とかじゃなく本物の刃物を普通に持ち歩いているのにはビックリしました)。憲兵さんに道を訪ねるトカゲみたいな人(後で聞いたらリザードマンという種族らしいです)。道を無邪気に走る子供達。皆がみんな、活気に溢れている。
「こうやって2人で出かけるのは久しぶりだね、リオン。」
「そうですね。」
「ねぇリオン。…僕も、体を鍛えた方が良いかな?」
「どうしてですか?」
「いや、何というか、もっとリオンが誇れるような兄さんにならなきゃいけないかなと思って……」
「私は今のままの兄さんで良いです。」
「このままで良いの?」
「ええ。兄さんは穏やかで優しくて博識な所が素敵なんです。私には十分誇りです。」
「そうかなぁ……」
「坊っちゃん、嬢ちゃんの言う通りだぜ?」
私達の前で手綱を操るジェラルドさんが会話に割り込む。
「オレも今のままで良いと思うぞ。筋肉ムキムキだからカッコいいなんて誰かが決めた訳でもないだろ?大切なのは中身だ。嬢ちゃんの言った事を思い出してみろよ。嬢ちゃんは坊っちゃんの中身を評価してんじゃねぇか。」
馬車が緩やかな坂道に差し掛かり、私達の体も少しだけ斜めになる。
「いくら外見が良くても中身が最悪ならそいつはナマクラの剣と同じだ。すぐに折れたりして使いもんにならなくなっちまう。お前さんは十分立派な剣だよ。オレが保証する。まぁでも、病気にならないように軽い運動をするっていうのはオススメするがな。屋敷の敷地内を軽く散歩したりとかよ。」
「ほら兄さん、ジェラルドさんもこう言ってますし。」
「そうだね。ジェラルドさん、ありがとうございます。」
兄さんは後ろ姿のジェラルドさんにお礼を言った。
「どういたしまして。」
ジェラルドさんは頭をボリボリと書いている。
(やれやれ、オレとしたことが、随分恥ずい事言っちまったなぁ……)
「ホレ、学園に着いたぞ。気をつけて降りな。」
初めての馬車は兄さんとジェラルドさんと話をしながらでとても楽しかった。トーマスとデボラの2頭にもお礼を言って首筋を優しく撫でてあげた(ジェラルドさんに馬は左側からポンポンと優しく叩くように撫でると喜ぶという事と、鼻筋を触ると驚いて噛みつかれる可能性があるから止めた方が良いという事を教わった)。
「んじゃ、オレはそこら辺で適当に待ってるからな」
「はい。ありがとうございました!」
私は兄さんと学園の門をくぐった。
ボルシェーヴォ魔法学園。
ここがリオンさんと兄さんの通っている学園の名前。小学部・中学部・高学部・大学部からなるマンモス校で、イセクヴェレに住むほとんどの学生はここに通う学生でもある。春から私は小学部の5年生、兄さんは高学部の2年生として通うことになる。淡いライトグリーンの外壁の大きな校舎で、地下室まであるらしい。前世であまり学校に通えなかった私の新しい学校がこんなに大きい学校とは……
「リオン、どうしたんだい?」
「何でもないです!待ってください!」
ぽけ~っと眺めていたら兄さんが先に行っていた。私は慌てて追いかけた。
(そういえば、ここって、『魔法』学園ってついてるけど、もしかして兄さんは魔法を使えるのかな?というか、この世界には魔法があるのかな?)
私はふと思った。そういえばこの世界は前世で読んだファンタジー小説のような世界なのだ。手から炎や風を出したり、傷を直したりする魔法があってもおかしくない感じがする。ここに来る途中で見かけた冒険者さん達の中には黒いとんがり帽子を被ってて黒いローブを着ていて、宝石か何かをはめ込んだ杖を持っているという絵に描いた様な魔法使いのような人もいた。
(まさか、兄さんって、ここで魔法を習ってるとか?もしかして、私が知らないだけで実は大魔法使いとか?)
私はそれとなく聞いてみた。
「ところで兄さんって、去年はどこのクラスに通っていたんですか?」
「クラスかい?前に話したことは………無かったね。昔はあまり仲良くなかったし。」
「あぅ……。」
「まぁいいさ。行きながら教えようか。僕は発掘調査員や探検家、考古学者を育成する高学部の『探査魔術師科』に通ってる。」
「探査魔術師科?」
「そう。古い遺跡や発掘品の知識や地理学、歴史学を主に学んでる。そして時には自衛の為の魔術も習ってる。」
「じゃあ、兄さんは魔法が………」
おっと、「魔法が使えるの?」なんて質問はもしかしたら当たり前すぎて変に思われるかもしれない、ちょっと言い直して、
「どんな魔法が使えるんですか?」
「暗い所を明るくするランタンみたいな光の玉を出したり、目眩ましに使えるような強烈な光を放ったりくらいかな。リオンみたいにはいかないよ。」
「そうですか。私みたいには…」
ん?私みたいには?
え?
「ここが教授の研究室だよ。リオンは廊下で待ってる?」
「い、いえ、私も兄さんと行きます!」
「分かった。それじゃ、失礼の無いようにね。」
ドアをノックして研究室に入る兄さんに続いて私も入る。その私の頭の中には1つの疑問が浮かんでいた。
私は、というより、リオンさんは、魔法が使えるの?
リオン達の通う「ボルシェーヴォ魔法学園」は魔法のロシア語「ボルシェープストヴォ」から取りました。せっかくなので豆知識をひとつ。