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6.兄さんが帰って来ました。(その2)

「そう不安にならないで下さい。私がついているじゃありませんか。」

「うん……」

「あ、もしよろしければ私が先に部屋に入ってみましょうか?それでお嬢様が入りやすい雰囲気を私がお作りいたしますので。」

「いいの?テレサちゃん?」

「お任せください!」


テレサちゃんが胸を張って応えてくれたので、そういう段取りで行くことにした。兄さんの部屋に向かう途中で給仕室に寄り、テレサちゃんはサンドイッチと紅茶を用意した。そして、私達は目的地であるレオ兄さんの部屋の前にたどり着いた。


「それではお嬢様はしばらくこちらでお待ち下さい。」

「うん……」


私が部屋の前で待つとテレサちゃんは紅茶のセットを片手にコンコンと兄さんの部屋のドアをノックした。


「若様、テレサでございます。お茶とサンドイッチをお持ちしましたがいかがでしょうか?」

「ああ、テレサかい?ありがとう。お茶はさっきもらったけどサンドイッチはせっかくだからもらおうかな。」

「では、失礼いたします。」


テレサちゃんは兄さんの部屋に入っていった。


「お勉強中でしたか。お邪魔じゃありませんでしたか?」

「いや、ただの読書だから気にしないで。それで、何を持ってきたんだい?」

「本日はフルーツとクリームをはさんだサンドイッチをお持ちいたしました。」

「へぇ、甘いサンドイッチか。美味しそうだね。」

「ありがとうございます。ところで若様、それは何の本ですか?」

「ああ、これかい?3000年前に存在したとされる天空王国の遺跡の調査を記録したものだよ。もう10年以上前に発刊された古本だけどね。今回の旅学りょがくで自分へのお土産として買ったものなんだ。」

「若様はいつも勉強熱心ですね。」

「僕は力は弱いからね。おまけに運動音痴だ。勉強だけしか取り柄がないって言ってもいいや。だからリオンにがっかりされてるんだろうけどね……。」

「そんなことございませんよ!お嬢様は数日前の若様の手紙でもうすぐ帰れるっていう知らせを聞かれて、早く若様に会いたいとおっしゃっておりました!現に今もドアの前で待ってらっしゃいます!」

「えっ!?どういう事だい!?」

「お嬢様は若様に今までのことを謝りたいとおっしゃってるんですよ!」

「僕に……?」


私はそのタイミングで静かに兄さんの部屋に入った。


「兄さん、失礼します。」

「リオン!」


兄さんは私を見て目を丸くしている。


「兄さんは、とっても立派でカッコいいと思います!」

「リオン?」

「私は兄さんが誇りです。兄さんは発掘調査の旅学りょがくを無事に終えて、この家に帰って来ることができました。きっと私が思っている以上に道中は大変だったと思います。でも、それでも、兄さんは最後までしっかりやり遂げました。」


テレサちゃんが私を見守っていることを視界の端で確認しながら私は続ける。


「これだけの事を成し遂げたんです、兄さんを弱いなんて言うことはできません!私が許しません!だから…」


私はすぅっと息をすると、


「私が許さない前に、私を許して下さい。兄さん、今までごめんなさい。」


そう言ってペコリとお辞儀した。


兄さんは未だに固まっていたけど、


「若様、私からもお願いします。お嬢様をお許しになって頂けませんか?」


と、テレサちゃんが横から助け舟を出してくれた。兄さんはメガネの位置を直すと、


「…リオン、いつの間に君はそんなに優しくなったんだい?」

「兄さん?」


顔をあげると、兄さんは私に微笑んでいる。


「僕はこれまで、自分の弱い体をコンプレックスに思っていた。だから勉学にずっと打ち込んできたんだ。体の弱さを頭で補うんだと決心してね。だけど、それがリオンに嫌われるきっかけだったね。」


兄さんは思い出すように話し始めた。


「………あの時の事は覚えてるよ。上級生に絡まれていた所をリオンに助けられた事。何で殴らなかったんだってリオンに怒られた。確かにあれはリオンの言う通りだった。兄として情けない姿を妹に見せたんだからね。だからリオンは謝る必要は無いんだよ。」

「でも、兄さん!」

「聞いて、リオン。今回の旅学りょがくは実は教授達には止められていたんだ。君は確かに同行の条件は満たしているが体力的に厳しいんじゃないかって。」

「そうだったんですか?」

「うん。でも、僕はこれはチャンスだと思ったんだ。もし、この旅学りょがくを最後までやり遂げる事ができれば少しは強くなれるかもしれない、何かが変わるかもしれないと思ってね。だから厳しさを承知で志願したんだ。」

「…………」

旅学りょがくは想像以上に大変だったよ。体力的には辛かったけど、幸い病気になる事は無かった。そして、僕は旅学りょがくに出て本当に良かったと心から思ってる。僕に貴重な宝物を授けてくれたからね。見たことのない外国の土を自分の足で踏めた事、貴重な遺跡の内部に入れた事、キャンプや宿で歌って踊って騒いでとても楽しかった事、そして……」


兄さんは私の顔を見ながら、


「リオンに誇りだって言われた事。これが一番の宝物だね。」


と微笑みながら私に言ったのだった。レオ兄さんの優しさに、私の胸は暖かくなる。


「兄さん、私を許してくれるんですか?」

「許すも許さないも無いよ。リオンは僕の大切な妹だ。今までからずっとね。……僕の方こそ、こんな頼りない兄で良いのかい?」

「構いません!兄さん、ありがとう!」


私は思わず兄さんの胸に飛び込んだ。


「リオン!優しくなっただけじゃなく、甘えん坊にもなったのかい?」

「私は、兄さんにずっと会いたかったですから…」

「はは……ありがたいんだけど、この部屋には僕達兄妹以外に第3者がいるのを忘れてないかい?」

「だいさんしゃ?」


視線を感じて振り向くと、テレサちゃんが顔を真っ赤にして口元を両手で押さえている。あれ?何かにやけてるような……


「あ……」

「良いものを見させていただき……じゃなくて、私はお邪魔なようですね~。」

「て、テレサちゃん、皆には内緒で……その……」

「分かってますぅ~。後はおふたりで大丈夫ですね~。私は失礼しますね~。」

「ちょ、テレサちゃん!」


バタン


「ありゃ?旦那様に奥様にテッセン様?皆様揃って壁に耳をあててどうかされたんですか?」

「!!!」


ウソ!?何でお父様とお母様とテッセンさんがいるの!?


「あ、いや、何でもないわい!壁に白アリがいないかチェックしてたんじゃ!なぁ母さん!」

「そ、そうよ!壁の中に変な虫がいないかチェックしてたのよ!ね、テッセン!」

「え、ええ。特に異常は無かったですけどね、ハハハ……さ、皆様行きましょうか。」


うわぁ……………


「フフッ。皆、変わり無いようで良かったよ。」


私はとても恥ずかしかった。兄さんだけが笑っていた。





「明日、もう学園に行くんですか?」

「うん。学園長先生と担任の先生に報告に行かなきゃならないからね。」


テレサちゃんの作ったサンドイッチを2人で食べながら私達は話していた。何でも、旅学りょがくの間にまとめたレポートも提出しなければいけないらしい。


「それが終わって、初めて旅学りょがくは完了したと見なされるんだ。少々面倒だけどね。」

「……私も一緒に行きたいですけど、ダメですか?」

「構わないけど、レポートの提出と報告だけだよ?きっと退屈だよ?」


兄さんが不思議に思うのも無理は無い。記憶を辿るとリオンさんは退屈なのが苦手。そして学園生活は一番退屈な場所と認識していた。うんざりしながら授業を受けていた記憶が私の頭に入って来たのだ。でも私は転生してから外の世界を見たことが無い。頭の中にあるのはリオンさんの記憶だから自分では知らないのだ。それに、これから私が通う学園ってどんな所なのか、お屋敷の外はどうなっているのかを自分の目で見たかったのだ。


「退屈でも良いです!お願いします!」

「分かったよ。父上と母上には僕から話しておく。お昼前に出発しよう。」

「はい!」


こうして私は明日、初めてこの世界の外に足を踏み出す事になる。一体、何が待っているんだろう?


「あ、そうだ。リオンにお土産を渡してなかったね。」


兄さんは私に細長い小さな箱を手渡した。


「これはなんですか?」

「開けてごらん?気に入ってくれれば良いんだけど。」


箱を開けると、細長くて赤い綺麗な布が入っていた。


「何これ!すっごく綺麗!」

「絹製のリボンだよ。……どうかな?」

「兄さん、ありがとうございます!大事にしますね!」


私は早速もらった赤いリボンをつけてみた。兄さんに似合うかどうか聞いてみたら、「とても似合うよ」と笑って答えてくれた。





「それでは、レオナルドの旅学りょがくからの無事の帰還と誕生日祝いと、リオンの快気祝いを祝して、乾杯!!」

「「「乾杯!!!」」」


その日の晩は兄さんの旅学りょがく終了祝いと私の快気祝いのパーティーとなった。私達家族だけじゃなく、このお屋敷で働くメイドさん達や植木職人、飼育員さん達まで皆集まってのパーティーだ。


「レオ、リオン、本当にお疲れ様。」

「母上、ありがとうございます。」

「お母様、ありがとう。」

「ガハハ!2人とも好きなだけ食え!遠慮するな!テッセン、お前もだ!」

「あの、旦那様、私はお酒はあまり……」


楽しい夜だけど、ほんのちょっとだけ申し訳なくも思う。本当は私じゃなくてリオンさんがここにいるべきなのに、ここにいるのはリオンさんの体に宿った私だ。


「おじょうしゃま~、わたくしはいっしょうおじょうしゃまにおちゅかえしましゅからね~」

「わぁ、テレサちゃん!?」

「だぁれですかぁ!?てれささまはわるよいしやすいのにおさけをのませたボンクラはぁ!?」

「て、テッセンさんまで!?」


2人の酔っぱらってる姿がとても面白くて、私の中の申し訳無さは何処かに消えた。そして心の底から大笑いした。そして思った。そうだ。この体はリオンさんが私にくれたものなんだ。私はリオンさんの分までしっかり生きなきゃいけないんだ。リオンさんが味わうはずだった楽しいことも悲しいことも感じなきゃいけないんだ。前世の私はそれをあまりする事ができなかった。その私にリオンさんは手を差し伸べてくれたようなものなのだ。リオンさんにはこれから一生をかけてでも礼を尽くさなきゃいけない。だから、私は心の中で再びお礼を言ったのだった。


(リオンさん、本当にありがとう!私、とても幸せだよ!だから、リオンさんの分まで強く生きる事を神田 莉緒は心から誓います!)








ちなみに翌日、テレサちゃんとテッセンさんは二日酔いで職務をお休みしました。

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