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4.目覚めるとお嬢様になっていました。(その3)

「お嬢様~!お召し物置いておきますね~!」

「テレサちゃんありがと~!」


あの日以来、私とテレサちゃんはとても仲良くなった。相変わらずテレサちゃんはお礼を言われたりすると、ビクッと反応することがあるが、最初に比べれば幾らか和らいでいる。ところで、今、私は温泉に入っている。別にどこかの旅館とかに来ている訳じゃない。なんとこのアディン家には天然の温泉があるのだ!お父様の曾祖父位の代に発掘されてから1日も枯れることなく温かいお湯を湧きだし続けているらしい。


自宅に温泉があること自体がすごいと思ったのだが、テッセンさんに聞いたらこの辺ではそれほど珍しくないらしい。自宅内に温泉がある家は割と多くあるし、無い家でも近所には効能の違う銭湯がちょこちょこと点在しているから、この町の住人達は皆温泉を楽しんでいるらしい。


というのも、それは私が転生した町「イセクヴェレ」が、この「フィアス大陸」でも有名な温泉地だったのだ。


『冒険者としてあちこちを旅するなら、引退前には必ず寄りたい町ランキング』の上位に毎年食い込んでいるらしく、お祭りとかのない平日でも色んな種族の人達が温泉を楽しむために足を運んで来ている。長い冒険の疲れを温泉で癒し、火照った体の冒険者さん達は冷たいお酒で乾杯し、陽気に歌を歌いながら夜明けまで楽しく過ごす、というのが日常の風物詩みたいになっている。


そして私も温泉を楽しんでいる一人だ。入院中はお風呂に入るなんて事はもう出来なくなってたし、タオルで汚れを拭き取るんじゃなく頭までお湯に浸かりたいとずっとずっと思っていた。まさかこんな形で願いが叶うとは思わなかったが…


「はぁ~~~」


とても気持ち良い。こんなに広い温泉に私だけが入っている。ほとんど貸し切りだ。こっそり泳いでみようかなと思った時だった。


「リオン、一緒に入って良いかしら。」

「お母様?」


脱衣所へつながる竹の扉がゆっくりと開かれる。


(わぁ……!)


雪のように白い純白の肌、出る所は出てて締まってる所は締まってる体、サラサラな長い金色の髪。お母様はまるで絵から出てきた女神様だ。


お母様は風呂桶き温泉を汲むと、大理石の椅子に座って体を洗い始めた。


(キレイな背中……)


後ろ姿も綺麗だった。そういえば今の私の体であるリオンさんはお母様の子供の頃みたいだ。リオンさんはお母様似なんだな。あれ?それじゃリオンさんはお父様のどの辺を受け継いだんだろう?


「あの、お母様?」

「なぁに?」

「変なこと聞きますけど、私ってお母様似なんでしょうか?」


お母様は泡まみれの乾燥したヘチマで体を洗いながら答える。


「そうねぇ、確かに体つきは私かも知れないけど、目は間違いなくお父様よ。」

「そうなのですか?」

「ええ。ドワーフだから髭だけじゃなく眉毛もモジャモジャだけど、あの人意外とつぶらでかわいい眼をしてるのよ。」

「意外とかわいい……?」

「そうよ。私と知り合ってそんなに経たない頃だったかしら?二人で飲み比べの勝負をしたのよ。勝った方は負けた方に恥ずかしい事をするっていうルールで、東の国の焼酎だの、蜂蜜酒だの、とにかく強いお酒を飲みまくって…」


二人とも、お酒強いんだなぁ。前世で読んだ物語でドワーフはお酒好きで酒に強いっていうのは知ってるけど……


「小さな焼酎の樽を一樽二人で空けて、強めの蜂蜜酒を5杯、どぶろくとかいうお酒を7杯、ワインを15本、麦酒を21杯飲んだ所でお父さんがとうとう酔いつぶれてイビキかいて寝ちゃったのよ。私はまだまだだったのにね。」

「うそ!?お母様が勝ったの!?」

「ええ。それで皆で宿屋にお父さんを運んだあと、私はコッソリお父さんの眉毛、両方とも剃ったのよ。」

「!!」

「朝起きて鏡を見たお父さんの顔は忘れられないわ~。『なんじゃこりゃあああ!』って大きな声で叫んでね。それで私初めて見たのよ。お父さんのつぶらな瞳。可愛かったわぁ~。」


うわぁ……


「でね、リオンとレオの顔見るといつでも思うのよ。ああ、目元は間違いなくお父さんだなぁって…」

「レオって、レオナルド兄さん?」

「そうよ。あら、あなた久々にレオの事『兄さん』って呼んだわね。」

「え?」

「いつも呼び捨てだったのに…まぁ良いわ。それよりリオン、さっきレオから手紙が届いたわ。レオがもうすぐ発掘調査の旅学りょがくから帰ってくるって返事が来たのよ。」

「発掘調査?」

「忘れたの?大学部からの推薦で教授さん達から特別に見習い調査員として3ヶ月前に出発したじゃない?あの子、頭は良いけど体力はあんまり無いから心配だったけど、無事に調査が終わってもうすぐ帰るって手紙にあったから、ホッとしたわ。」

「……ああ、そうでしたね。私も早く兄さんに会いたいです。」


私の頭に兄さんの情報が入ってくる。この町の学園の高学部所属で将来は考古学者を夢見ている。兄さんはとても頭が良くて(大学部のトップレベルらしい)、それを教授さん達に見込まれて特別に調査隊に入れたのだ。


「そうね。私も会いたいわ。さぁ、リオンはそろそろお風呂から出た方が良いんじゃない?のぼせない?」

「あ、そうですね。先に上がりますね。」


久しぶりのお風呂が少し名残り惜しかったけど、湯あたりを起こしたら大変なので、私はゆっくりとお風呂場から出た。


「わぁ、お嬢様がつるつるたまご肌ですぅ~!お体拭きますね~!」

「いいよそれくらい自分でやるよぉ~!」


テレサちゃんが待ってましたとばかりに大きなバスタオルで私を包む。私は断ろうとしたけどニコニコしているテレサちゃんを見たら断りきれなくて、結局、色々やってもらった。





(兄さんに会いたいです…か。)


母エレナは自分の娘リオンの言葉を思い出す。リオンは体力の無いレオナルドをあまり高く評価してなかったはずだ。体力の無いレオナルドは気も弱く、数年前に上級生とのケンカになった時もなすがままにされてたのをたまたま通りがかったリオンが止めたのだ。その時に、「男なんだから何でパンチの一発もしないのよ!」と言って逆にレオナルドに怒っていた。それ以来、リオンはレオナルドを「もっと男らしくしなよ!」って言ってたし、あまり良く思って無かったように見えたのだが…


(やっぱり、長い間会わないと恋しくなるのかしら?でも……)


湯船に浸かりながら、エレナは娘の変化に変な想いを巡らせていた。




「お父様、何してるんですか?」

「何って、見りゃ分かるだろう?眉毛の手入れだよ。」


お父様は洗面台の鏡を覗きこみながら小さなハサミで眉毛を丁寧に切っている。


「昔言わなかったか?ワシらドワーフは髭も良く伸びるが眉毛も結構伸びるんだ。1日1回は細かくやっとかんとぼうぼうになっちまう。よし、こんなもんか。」


お父様はハサミを専用のケースにしまうと鏡を見て眉毛のチェックを行う。


「………もし、眉毛を全部剃っちゃったらどうなりますか?」

「ぶふぅっ!?」


ふと思った疑問を口にしたらお父様は何故か吹き出した。


「お前、さては母さんからワシの眉毛が剃られた話を聞いたな!?」

「はい、さっきお風呂で……」

「だぁぁっ!母さんめ、あの話は子供達にはしないでくれってレオを身籠ってるときに約束したじゃないか!」

「約束してたんですか?」

「そうだとも!あの時の情けなさは忘れたくても忘れられん!同胞達からゲラゲラ笑われ、女達から意外と可愛いってからかわれ、酒場のマスターからワザとあんた誰って笑いながら言われて、ワシのドワーフどころか男としての誇りが無くなった悪夢の日々であったというに…!」

「確かお母様はお父様が飲み比べで負けたからって…」

「ああそうじゃそうじゃ!あん時はワシも青かったからな!まさかハーフエルフの女に負けるとは思っておらんかった。じゃが、あんな酒豪だったとはなぁ……」


感慨深げに呟くお父様。どうやら完敗だったらしい。


「でも、そういう所に惚れたんでしょう?お父さん?」

「あ、お母様。」

「こら!娘の前でそういう事を言うんじゃない!」

「フフっ。お父さんったらそういう所もかわいいんだから。昔もそうだったわ。手を繋ごうとすると「よさないか」って赤くなりながらもしぶしぶ繋ぐ所とか。」

「やめないか!ああもう、父としての威厳が…」

「ね、リオン。お父さんって意外と可愛いでしょう?」

「フフ、そうですね。」


思わず私は笑ってしまった。


「と、とにかく、今後はワシのその話は禁止じゃ禁止!わ、ワシは部屋で彫刻の続きがあるから邪魔するでないぞ!」


お父様は立派な髭や見事な眉毛があっても隠せないほど赤くなりながらずかずかと早足で自分の部屋に行ってしまった。


「失礼します。奥様、お嬢様、入浴後のアイスティーの準備ができました。」


入れ代わるように入ってきた人間のメイドさんが私達に声をかける。


「分かったわ。ありがとう。さ、リオン、行きましょうか。」

「はい。」


私とお母様は入浴後の熱を冷ます為に茶室へと向かった。


「ところで奥様、さっき旦那様が早足で自室へいかれましたが、何かあったのですか?」

「いいえ、何も無いわ。ね、リオン。」

「はい、お母様。」


私達親子はニッコリと笑いながらメイドさんに答える。メイドさんは良く分からない様子で小首をかしげていたままだった。


リオンさんのお父様もお母様も良い人で良かった。さて、もうすぐ帰ってくる私の新しい兄さんってどんな人なんだろう?




莉緒の転生した町「イセクヴェレ」は温泉のドイツ語「ハイセ・クヴェレ」から取りました。ふと思いたったので豆知識をひとつ。

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