10.新たな学園生活の始まりです。(その1)
(どこもおかしい所無いよね……よし。)
ワインレッドのブレザーに青いスカート。数日前にも着た学園の制服を身につけた私は自分の部屋の鏡で服装のチェックをしていた。
(「1000年に一度の暴風の化身」って言われないようにしないと……)
そう思いながら最後に兄さんからもらった赤いリボンを髪に結ぶ。兄さんが話した私のあだ名、「1000年に1人の暴風の化身」。どうしてこんなあだ名がついてるのかは分からないし今は何も思い出せないが、リオンさんは本当に何をやってしまったんだろう?
(「私はどれだけ暴れん坊だったんですか?」なんて、家族の皆に聞けるわけ無いしなぁ……)
とにかく、何だか凄い事をやらかしたのは事実のみたいだ。あの時に出した怪力。大人3人がかりでも動かせなかった重たい剣を動かした私の怪力。これで何かやったっぽいのは間違いなさそうだけど………。
コンコン
「失礼します。お嬢様、若様が玄関でお待ちです。」
ドア越しのテレサちゃんの声で私は我に返る。
「あ、テレサちゃん、もう少ししたら行くって兄さんに伝えてきて!」
「かしこまりました。」
ドアの外でスタスタと足音が遠ざかる。
(よし、とにかく行かなきゃ!)
今日は学園の始業式。私は可愛いデザインのワインレッドのベレー帽をかぶって革のカバンを持つと、で待つ兄さんの元へ向かった。
「カミさん、元気出して下さいや?」
「ちょっと今日は無理かも………。」
もうすぐで玄関に着くという時だった。お母様とジェラルドさんの話し声が玄関から聞こえてくる。しかもお母様は落ち込んでいるようだ。
「はぁ………」
お母様のため息だ。一体何があったのだろう?一緒に朝ごはんを食べていた時は何もなかったのに。私は玄関にいる2人の元へ行ってみた。
床に座り込んで顔を両手で覆うお母様。そのお母様をジェラルドさんがしゃがんで慰めているようだ。
「おはようございます、ジェラルドさん。」
「おう、嬢ちゃん、おはようさん。」
私はジェラルドさんにペコリとお辞儀をする。お母様は魂が抜けたかのように床に座って落ち込んでいた。
「あの、お母様、どうかされたのですか……?」
私はお母様に何があったのかを聞いてみた。
「ああ、リオン………ハァ……」
お母様は私に顔を合わせたが、すぐに顔を下に落とした。
「母上、元気を出して下さい。ほんの一部じゃないですか?」
「あ、兄さん。」
すると、兄さんが外から玄関に戻ってくる。
「確かに…一部かもしれないけどね…レオ…あれはカブの中でも高級な赤カブなのよ?」
え?何でニンジンの話になるの?
「しかしオレも知らなかったなぁ。カミさんの家庭菜園の中に『ガーネットローズ』があるなんてなぁ」
「………ガーネットローズ?」
聞いたことのない言葉だ。ガーネットって宝石だよね?
「お母様、もしかして指輪か何か落としたのですか?」
「指輪?なんで?」
「だって今、お母様、ガーネットって…………」
そこまで言うとジェラルドさんが、
「嬢ちゃん。『ガーネットローズ』ってのはカブの種類のひとつだよ。」
と教えてくれた。
お母様の趣味は家庭菜園。アディン家の庭の一角で花や野菜やハーブを育てている。お母様は子供の頃から(といってもお母様はハーフエルフなので約70年くらい前から)花や植物を育てるのが好きで、お父様と結婚して冒険者を引退しても、この趣味だけは止めることは無かった。
それで、『ガーネットローズ』というのは赤カブの一種で、とても甘い味の高級なカブらしい。お母様は知人から数ヵ月前に種を分けてもらい、端正込めて育ててたのだが、
「後少しで収穫っていう時に、動物に食べられてしまったんですか?」
「ああ。それも器用に『ガーネットローズ』の所だけな。」
落ち込むお母様の代わりにジェラルドさんが答えてくれた。玄関の片隅に竹製のカゴがある。中には実の部分だけ食べられて茎だけになっているガーネットローズが2株あった。
「まさかウチも被害に遭うなんて……」
「母上、『ウチも』というのは?」
兄さんがため息をつくお母様に尋ねる。
「ご近所さんで噂になってたんだけどね、何だか最近、野菜とかハーブが何かに食べられたっていう話があったのよ。」
「食べられた?」
「……妙だな。農家の知り合いからそんな話は全然聞かないが。」
私とジェラルドさんがお母様の話しに続く。
「それが、狙われてるのは家庭菜園で育ててる野菜やハーブばかりで、被害も今回みたく少量みたいなの。牧場や農家からの被害は恐らく出てないはずよ。牧場や農家が害獣や害虫に対する防衛術を施すのは義務だし、それが突破される程の被害が出てれば今頃大騒ぎになってるわ。」
「……ふぅむ。犯人は防衛術のされてない家庭の小さな畑を狙ったって事か……」
ジェラルドさんが腕組みしながら呟く。私も兄さんも自分の頭で考えていた時だった。
「おや、若様にお嬢様。まだご登校されてなかったのですか?」
廊下の奥からテッセンさんが現れた。
「まだ時間は大丈夫なのですか?恐縮ですが、新学期初日からの遅刻はいかがなものかと思うのですが…」
あ、そうだ。今日は学園の始業式だ。確かに遅刻はまずい。
「リオン、そろそろ行こうか。犯人探しは皆に任せよう。」
「そうですね。行きましょうか、兄さん。」
私は兄さんに続いて玄関をくぐる。眩しい朝日が私を包み込む。
「では、行ってまいります。」
「行ってきます。」
朝日を浴びながら私は皆に挨拶をした。
「2人共気を付けてね。」
「いってらっしゃいませ。」
「気ィつけてな。」
3人の声を背に受けながら、私はボルシェーヴォ学園へ出発した。ランドセルは革の手提げカバンになっちゃったけど、この感じは懐かしい。
(ちなみにお父様は朝の鐘と共に仕事場に出勤してます。アディン家当主となって下に指示する立場になった今も新人の作業員に混ざって温泉の点検や鉱石採掘などをやってます。アディン家に代々伝わる家訓に「仕事は上下の意見を満遍なく聞くべし。底辺だからといって侮るなかれ」というのがあるからです。)
「兄さん、今さらですけど馬車でも良かったんじゃないですか?」
「そうかもしれないけど、これからは旅学の時みたく毎日ヘトヘトにならないようにしないといけないからね。ジェラルドさんの言う通り、少しは体力付けなきゃ。」
以前、ジェラルドさんの操る馬車に乗って兄さんと学園に行った時に「家から結構距離あるなぁ」と私は思っていた。前世の通学路よりいくらか長い。
「それに、旅学に比べれば、通学なんて大した事ないよ。」
「…でも、無理はなさらないで下さいね?」
実は今まで、兄さんは通学には登校時のみ馬車を利用していた。距離はそれなりにあるし、学園前の上り坂が当時の兄さんには負担が大きいだろうと思われていたからだ。リオンさんは兄さんと時間をずらして通学していた。
道を歩くと、私や兄さんと同じ格好をした人達が沢山歩いていた。長身で金髪のエルフに、犬のような耳や尻尾を生やした人(人?)、兄さんと同じ格好なのに恰幅の広くてお父様のような立派なヒゲもじゃのドワーフ(ヒゲもじゃだけど10代ですよね?)、背中に透明な羽根を生やして飛んでいる小さな妖精みたいな子。本で読んだような世界がそのまま広がっている。
(……ホントにファンタジーの世界なんだなぁ……)
と、思ってた時だった。
「あ、あのう………」
後ろから声をかけられたので振り向くと、私と同じ格好の同じくらいの背丈の女の子がいた。髪の毛は紺色に近い青で小さなツインテールにしている。肌は色白で赤い目をしていた。
「や、やっぱり、リオンちゃん…だよね?」
えっと、リオンさんの知り合い?友達?誰だろう、名前が出てこない。私がリオンさんの記憶を思い出そうとしていた時だった。
「やぁ、アトリさん。おはようございます。」
「はぅっ!!」
その子が兄さんに声をかけられた瞬間だった。女の子の顔が一気に赤くなる。と、同時に、
バサァァァァッ!!
背中から大きな翼が飛び出した。それも、悪魔のようなコウモリの羽根のような翼が!!
「!?!?!?」
「あぅぅぅ…つばさが…つばさが…!」
私が悪魔のような羽根に驚いて声を失っている間に、女の子はぎゅっと目を閉じていた。その間に背中の羽根が背中の中にしまわれていく。
「はぁ……お、おはようございます、レオナルドさん。」
翼をしまい終えた女の子は兄さんにペコリとお辞儀をする。そして私は思い出した。
アトリちゃん。
アトリ・アーチェクエコさん。
リオンさんの友達の1人で、悪魔のような身体的特徴をどこかに持つ種族「デビリッシュ」、別名「魔族」の少女であるということを。